11
朝、目覚めて、シェルターを出ると、サマーベッドの上には横たわるルーがいた。
目を閉じていたので声はかけず、維持の魔法を解いて焚火の火を強くした。
火の上に小さなフライパンを浮かべると、ベーコンを焼き、裏返して卵を割りいれた。
手の中に少し水を出し、フライパンへ入れると蓋をする。
いい塩梅になった所で、フライパンを浮かせたままテーブルへ運び、椅子に座ると、大皿の上にパンを並べ、カップにミルクを注いで魔法で温度を上げた。
手を合わせてから、食事を始めた。
「それは一体なんだ」
ふと気が付くと、ルーがテーブルの傍にいた。
視線の先には、静音が持っている箸がある。
森で硬めな木を探し、乾燥させて削り出したものだ。
「私の国のカトラリーね。箸っていうの」
フライパンのベーコンをつまみあげてパンの上に乗せる。
「大きなものがある場合はどうするのだ?肉の塊とか」
「齧る」
真顔で答えるとルーは驚いたように固まった。
それを見て静音は笑った。
「大きいものは事前に切って出されるのよ。そもそも私の国の料理に大きなものを丸ごと出すって文化はなかったの。魚くらいかな。でも魚は熱を加えるとほぐれるから」
箸で充分だったの、と静音が言うと、ルーは小首をかしげた。
「肉は食わないのか?」
「それは昔の話で、現代では外国の食文化が入ってきて色々変わったわね。勿論肉も食べるし、ナイフもフォークも使うわ。ただまあ、箸の方がなじみ深いというか、色々便利なのよね」
ベーコンを乗せたパンを食べ終えると、今度はフライパンの上で卵の白身の端をを少しずつ箸の先で切って、パンに乗る大きさに整えると、ひょいとすくい上げてパンに乗せた。
「ああ……なるほど」
それを見て納得したようにルーは頷いた。
静音は黄身の中央をほぐし、塩と胡椒を出して振りかけた。
「食にこだわりがある方ではないけど、米が食べたいのよね。どこかで栽培されてないかしら。ルー知らない?」
「米?」
「穀物よ。こんなの」
静音は水でスクリーンを作りだし、そこに稲穂の実った田の風景を映し出した。
「この稲穂を脱穀した中身がこれ」
白い米が升に山盛りになっている様を映す。
「水入れて「焚く」とこんな感じ」
茶碗に盛られた炊き上がった米と、握り飯を映す。
「私の国ではこれが主食だったの」
もぐもぐと黄身の乗ったパンを咀嚼しながらスクリーンを消す。
「小麦やパンがあるんだから米だってあっていいと思うんだけど。知らない?」
ルーは少し考えるような顔をして額の石に触れた。
「中原の国にそういう穀物を食べる民がいたとの記録がある」
「アルトナミの大陸じゃないのよね?」
ルーは頷いた。
「北半球にもう一つある大陸だ。オウナ大陸と呼ばれていた。今どうなっているかは判らんが」
「かつては交流があったのね」
「『海上の橋』があったしな」
ルー曰く、『海上の橋』とは、かつてアルトナミと海洋国家を繋いでいた橋と同種の物でもっと大がかりなものであったそうだ。
魔法で掛けられたその橋がもう一つの大陸近くまでかかっていたという。
「近くまでってどういうこと?」
「アルトナミから遠ざかるにしたがって魔力が薄くなっていく。限界がそこだったという事だ」
「え……じゃあそのもう一つの大陸って魔法使えないのかしら」
「使えない事は無い。個々人の魔力量によるが」
「え……」
静音はそこで聞き捨てならない事を聞いた。
北の神殿遺跡で得た魔導書にあったとおり、魔力脈はこの地の全てを網羅している。
それにもかかわらず、魔力の発動がアルトナミでない大陸では難しかったと言われている。
遠ざかるほどに「薄く」なると。
アルトナミだけが「魔導国家」たりえた理由はそこにあった。
「南の大陸でも同じだったのかしら?」
念のために聞いてみる。
「南は精霊と妖精の住処だったので、人の住まう地とはまた違っていて、魔力の発動はアルトナミより容易だった」
予想を上回る回答が返ってきた。
「その「薄くなる」って、何故だったのかしら?」
気を取り直して尋ねる。
「大陸全体の地殻に、一層アルトナミに無い地層が存在し、それが魔力発動を阻むのではないかと言われていた。実際、火山活動や造山運動で地層がひっくり返ってしまった場所等では魔力発動が容易だったらしい」
「あら、じゃあ……」
静音はぽんと手を合わせ、その中に魔力蛍を作りだした。
「魔力暴走でひっくり返ったんだし、そっちの大陸も魔力発動が簡単になったんじゃないかしら」
そう言って、上空へ魔力蛍を飛ばした。
上空から見た所、ルーに頼んで見せてもらった以前の地図からは大幅に面積を減らした北半球のもう一つの大陸であったが、都市の姿などがあり、むしろアルトナミより栄えているようにさえ見えた。
いくつか魔力蛍をばらまき、それらはゆっくりと地表へ降りていく。
港からは船が出て、大陸周辺を航路にしているようだったが、外海にでていく気配はなかった。魔物がいるのだろう。
同時に空気中の魔力粒子の濃さも探ってみた。
アルトナミと差があるようには思えなかった。
ただ、上空から魔力視を使って眺め下すと、魔力脈の「見え方」がまだらだった。薄い所もあれば、逆に、異様に濃い場所もある。
目立った都市へ魔力蛍を散らしながら、一つをその明らかに「魔力だまり」と思われる場所へ近づけた。アルトナミの北方山脈と同じような凍った頂きにある古い火口だった。
魔沼があるわけでなく、雪で覆われた下には凍てついた火口湖があるだけだった。
無人島の火口から飛び出したものを思い出し、下手なものを見つけてしまうのも面倒だと視線をそらす。
都市には城が見え、裕福な民が住むエリアと下町が見えた。繁華街があり、にぎわってもいた。アルトナミの王都や遠征時に立ち寄った街に劣る所はどこもない。
その時、魔力粒子の濃い場所、氷の頂から、何かがひゅんと飛びだした。
意識をそらしていた為、魔力蛍に当たりそうになって慌てて避ける。
実体を伴っているわけではない為、当たった所でどうという事もないはずなのだが。
飛び出したそれは、都市のひとつへ飛んで行った。
---あなた、誰?
見送っていると、全く気が付かない間にすぐ傍へ近づいていた存在に、無防備に話しかけられてぎょっとした。
それは魔力視では小さな光の塊でしかなかった。
魔力の塊だった。
だがよくよく見ると、次第に人の形が見えてきた。
---ねえ、私が「見えている」のでしょう?
更に話しかけてくる。
静音は、魔力蛍や魔力糸をもっぱら「見る」と「聞く」にしか使ってこなかったので、意志の疎通をどうするか少し考えた。
---ねえ。
必至にそれは言い募る。
静音は魔力蛍から魔力糸を伸ばした。
そっとそれの前まで持って行く。
それは手らしきものを伸ばして、糸の先に触れた。
---私の名前は静音。あなたは?
糸を通して意志を伝える。
それは少し驚いたのか震えたが、糸の先を離さず、逆にぐっと握りしめた。
---私の名前はないの。生まれたばかりだから。名前を付けて。
すがるように言われて、静音は溜息をついた。
目の前に座っているルーから問うような視線を向けられる。
「魔力溜まりみたいな所から飛び出してきた小さな人型に「名前つけてくれ」って言われたわ。これ、もしかしなくても名づけに意味があるのよね?」
ルーは目を見開く。
静音は、テーブルの真ん中にスクリーンを浮かばせ、そこへ今見ている映像を映し出した。
ルーはじっとスクリーンを見つめた。
瞳はオパールのような遊色がちらちらとまたたき、めまぐるしく色を変える。
「名前、つけてやるといい」
そして言った。
「ええ……」
静音は面倒事は嫌だとばかりに顔をしかめる。
「これって妖精とか精霊とかそういうものでしょ?」
「恐らく……。直接きいてみればいい」
渋々静音は意識を向けた。
---名前を付けたことによって生じる諸々が面倒なんだけど。
正直に伝えてみた。
---あなたに迷惑はかけないわ。
---あなた精霊とか妖精とかなんでしょ?
---精霊だけど……もうすぐ消えちゃうわ。名前を付けてもらえないと存在の輪郭がほどけて、魔力粒子に戻っちゃう……
「名付けてやるといい」
頭を抱えた静音にルーがもう一度言った。
「名付けの代償に魔力を奪われるが、それだけだ」
「ええ……」
本当に面倒そうに静音はルーを見たが、ルーは真面目な顔でじっと見つめ返した。
相変わらず瞳はゆらゆらと遊色をまたたかせている。美しい。
「ルーのデザイナーの名前って?」
溜息をつきつつたずねる。
「リ・ルルクローシェ」
---リ・ルルクローシェ。
魔力糸にその名を伝えると、「それ」は薄緑に発光した。
するりと魔力糸を吸い込み、魔力蛍を取り込み、一直線に静音のいる浜辺まで飛んでくると結界をすりぬけてテーブルの上へまっさかさまに突っ込んできた。
静音は咄嗟に「それ」を球形の結界の中に囲い込んだ。
出しっぱなしだった茶器や皿がテーブルから吹き飛ばされていたが、下が砂浜だったので壊れてはいないようだった。そのままだとテーブルも砕かれていただろうがぎりぎりで無事のようだった。
静音は大きく息をついた。
ルーは無表情なまま「それ」を見ていた。
そして「それ」は結界の壁を叩いた。
「何故閉じ込めるの」




