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月影映る・海  作者: 林伯林
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 薄暗闇の半透明な空間を通り抜けた、と思ったのはほんの数秒だったと思われた。


 だがその数秒がことのほか長く。


 ぐにゃりと己の身体が歪に曲がるような心地がした。



 その空間には、様々な映像が次々に現れた。


 吟遊詩人が朗々と歌う様。


 それを愛でる翼持つ美貌の人外。


 どこかの森の祭壇。


 竜の住まう海。


 海底の光る森。


 飛び交う精霊たち。


 月の神殿の棺。


 嘆き悲しむ精霊。


 海を渡る妖精。


 闇の祭壇に横たわる渡り人。


 血と精に汚され、悲鳴を上げる少女。


 光り輝く金の髪を頂く人物の涙。




 気が付くと、暗闇の中にいた。


 手の中に小さな光を灯して、それを宙に飛ばす。


 何が見えるかと探るが、ただただ真っ暗な場所だった。


 「アディ、エイファ」


 暗闇に呼びかけてみるが応えは無い。


 声は反響するでもなく籠るでもない。


 足裏の感触は固い平らな床。


 深く息をついて、目の前へ火弾を打ち出してみた。


 一瞬眩く光り、まっすぐ飛んで行ったが、何かにぶつかるでもなく消失した。


 どうやら、どこか特定の場所ではなく、これまで何度も見せられてきた「異質な空間」であると理解した。


 闇が濃い。


 動き回るのもいたずらに体力を失うばかりと思われ、どうしたものかと考え込む。


 


 暫く立ち尽くしていると、数メートル先に唐突に白い炎が浮かんだ。


 背中の剣の柄を掴んで鞘から抜きかけると、刃が呼応するように反応している事に気づいた。


 そのまま抜き放って、切っ先を炎ヘ向ける。


 炎はちらちらと瞬いて揺れると、すっと遠ざかって止まった。


 ついてこい、と言っているようだった。


 ガイキは溜息をついて剣を鞘へ戻し、炎の後を追う。



***



 「あ~、離されちゃったかなあ」


 先ほどまでいた氷の花の花園とは違い、周囲は薄暗く、足元は動くと砂利を踏む音を立てる。


 学者はたった一人で立っていた。

 

 道でも草原でもなく、何かを採掘するような足場の悪い所にでも飛ばされたかと小さな灯りを手の内に作り出して飛ばすが、暗さは解消されない。


 完全な暗闇ではなく多少でも光があるのは辺り一面にぽつぽつと何かが光っているからだった。


 それが何かとしゃがんで良く見ると、砂利の中にある石がほのかに光っているようだった。


 そのうちの一つをつまんで取り上げ、魔核であることに気がついてもう一度周囲を見回した。


 これらが全て魔核であるならばとんでもない宝の山だ。



 「アディ~!」



 遠くからエイファの呼び声が聞こえ、学者はほっと息をついた。


 「エイファ!」


 「ああ、良かった!」


 一直線に学者の胸元へ飛び込んでくる。触れ合えるわけではないのだが、受け止める気持ちで手を伸ばした。


 「大丈夫かい?」


 「うん。アディは?」


 「僕は何も問題ないよ」


 半泣きだったエイファは深く呼吸するとそっと胸から離れた。


 「ここ、どこだかわかるかい?」


 小さな魔核の光が幾つも灯る地面を見回して学者が尋ねる。


 「多分ね、古い火口」


 「ああ、そうなんだね」


 周囲に草木の存在が全く感じられないのでそう言われてみれば納得もする。


 「臭いはないけど、火山ガスとか出てたりする?あまり動き回らない方がいいのかな」


 「ううん。もう噴火はしないはず。それよりこっち」


 エイファは先導するように前方へ飛んだ。


 歩き出すと、足元は相変わらず砂利を踏む感触がする。躓いたりしないように、魔法灯を足もとに漂わせた。


 「何故こんなところに呼ばれたんだい?理由はわかる?」


 「ここに来なくちゃいけなかったみたい」


 「そうなのかい?てっきり用があるのはガイキだけだから弾かれたのかと思ったよ」


 「う~」


 エイファは何とも言えない顔をして前方から学者の傍へ戻ってきた。


 学者は不思議そうに首をかしげる。


 申し訳なさそうにエイファは学者を見上げた。


 「ごめんなさい。私が一緒だったせいでアディはこっちに来ることになったみたい」


 「え、また何で」


 「私と繋がりが出来てしまったから。私はここに来なきゃいけなかったみたいなの」


 それが何故自分を伴うことになるのか。契約者である以上、力の関係ではあろうが、と学者は予想する。


 エイファはそれを感じ取ったらしく更に申し訳なさそうな顔になった。


 「とにかくこっちへ来てくれる?」




 砂利を踏みしめながら歩くと、やがて、崩れた神殿らしきものの影が見えてきた。


 薄暗がりなので目を眇めてみたが、四本の柱らしきものしか見えない。屋根もない。


 「おや」


 近づくにつれ、四本の柱の真ん中には、何かの像が立っている。


 何かというが、今まで幾つも見てきた神像に間違いはなかった。


 シリル・バトゥ。


 そしてその神像の足もとに、ほのかに全体を光らせる苗木が一本宙に浮いていた。


 「これ、何?」


 しゃがんでそっと指を伸ばしてみる。


 指先に触れたそれは、ほのかに光ってはいるが単なる苗木でしかない。


 「これここに植えたいの」


 エイファが言う。


 「ああ、うん」


 根の部分は光の粒子が覆っていた。


 「これ植えるために呼ばれたの?」


 頷いたエイファに言われるまま、苗木の下の砂利を土魔法で掘る。石交じりではあるが土も出てきた。


 掘り返した土にエイファは何事か呟きながら魔力を注いだ。砂利は細かくなり、含まれた魔核も土に混ぜ込まれた。


 充分に魔力を馴染ませ解した土の中に適度な穴を作って柔らかな光に包まれた苗木をおろした。


 エイファはずっと歌か呪文か判らないものを囀り続け、根を包むように土をかぶせた。


 それを聞いているうち、学者は何かに捕らわれたようにぼんやりとして、右手の星は暗く光を帯び、身体は勝手に土を動かし、根を埋めて周囲をならした。


 「静音様には及ばないけれど、これで大丈夫でしょう」


 漸く歌いやめたエイファは疲れたように溜息をつきつつ呟いた。


 学者も不意に力が抜けたような気がしてぺたんと座り込んだ。


 「ああ、アディ、大丈夫?」


 エイファが慌てて寄ってきた。


 学者は頷いた。


 何度か深呼吸して、座りなおす。


 「大したことしてないのにすっごく疲れた……」


 学者は半ば呆然としたように呟いた。魔力が予想以上に抜けているのを感じる。


 「ごめんね、あれ植えるのすごく消耗するらしいの。通常であれば魔力量の豊富な人にお願いするべきなんだけど、でも、今非常事態だから」


 「いや、うん。どういうこと?」


 ぼんやり光る苗木だったものは、ふんだんに土に塗された魔力と不可思議な歌によって見る見る育ち始めていた。


 慌てて距離を取ると、あっという間に一抱えもあるほどの幹に成長した。


 「これは金木って言って、本来は南の大陸にしか生えない木なんだけど」


 「おお、これがそうなのかい」


 途端に学者は瞳を輝かせる。


 古代の文献に残る、精霊たちのみの大陸。そこにしか生えない樹木の森がある、と記述だけは見たことがあった。


 海を渡るのは現状人間には不可能である為、それが実在するのかどうかすら確かめようがないものだった。


 「どうしてここに?ここって南の大陸なのかい?」


 突然の空間転移だった為、ここがどこなのか見当もつかない。


 「いえ、そもそも金木の苗木を植える事自体非常事態なんだけども……」


 はあ、と溜息をついてエイファは見る見る高くなっていく樹上を見上げた。


 更に大きくなる気配に、学者はまた立ち上がってよろよろとその場から遠ざかる。


 木の後方にあるはずの神像がどうなっているのか。急成長する幹に押し倒されたか呑みこまれたか。そう言えば、周囲に立っていた柱ももう見当たらない。




 「幹から枝はあまり出ないんだねえ。樹上にしか枝葉が無い」


 幹は太くなるばかり。


 「うん」


 二人は座り込んで漸く成長が一段落したらしき金木を見上げていた。


 金木の柔らかな金色の光で辺りが照らされ、漸くここが火口であると学者にも視認できた。


 火口の崖は急ではあるが、なんとか登れそうではある。


 ふと顔を上げると、その崖の方に一際赤い光がある。


 何だろうかと見ていると、それが見る見る大きくなり、やがて、精霊がこちらへ近づいてきているのだと気が付いた。


 エイファが出迎えるように飛び上がった。


 「こんにちは」


 エイファの挨拶に、赤というより、オレンジに近い光のその精霊は止まった。


 「リルの縁者の方……?」


 その精霊は、渡り人の契約精霊の名を出した。


 「私はエイファ。こちらはアディトリウス。渡り人静音は「学者」って呼んでたわ」


 「ああ……」


 その精霊は何かを思い出すように頷いた。


 「浄化の旅の随伴者ですね。私の名はカエン。今は渡り人静音の元に身を寄せています」


 「え、君渡り人縁の子なの?」


 学者がエイファの後ろから尋ねる。


 「ええ。私はかつてオウナにて魔導士と契約を結んでおりましたが、その魔導士が夜を渡りましたので、願ってこちらへ身を寄せました」


 「オウナ、こちら……。じゃあ、ここはアルトナミではあるんだね?」


 学者は次々与えられる情報に目を白黒させながらもそう尋ねると、エイファが振り返った。


 「あのね、ここ静音様のおうちなの」


 「え、そうなの!」


 学者は素っ頓狂な声を上げた。


 王家がさんざん探させ、大陸中に調査員を派遣したと言われているが足跡の一つも見つからなかった渡り人静音の住処。


 「大洋の真ん中にある島です。古の昔は、キシュキナと呼ばれ、海洋国家として栄えていた島の一部です。召喚と浄化の返礼として与えられました。静音様は嫌がっておいででしたが」


 「……それは、誰に……?」


 当然の疑問ではあるが、カエンは微笑んで応えなかった。


 「島は暗闇に閉ざされてしまいましたが、この火口は静音様が置いた神像と神殿によりもたらされた結界により、なんとか維持できております。島の精霊たちも半分はここに避難してきました」


 「精霊たち……」


 学者はじっくりともう一度周囲を見回してみた。


 そうして、光源は主に成長したばかりの金木と薄闇にぽつぽつと光る魔核のみであると思い込んでいた視界に、眩いばかりの細かい光の粒子の乱舞が飛び込んできて、思わず目を閉じて手で顔を覆った。


 「ああ、アディ、大丈夫?」


 考えなしに、彼の視覚に魔力視を付与してしまったエイファは慌ててその効果を取り消した。


 「ごめんなさい」


 「いや、大丈夫」


 そろりと用心深く目を開き、元の薄闇に戻っている事にほっとした。まだ目の前がちかちかしている。


 「今の世に、いわゆる「庭」でない場所にこんなに精霊がいるものなのか」


 学者が呆れたように尋ねるとカエンは微笑んだ。


 「魔力脈に曝された地層ごと地の底から噴きあがったこの火口の土砂はそれだけで精霊を生むのでしょう。まして静音様はここを「聖域」としてしまいました」


 「聖域、だって?」


 「ええ。静音様はここに神像を置き、その周囲に柱を立てて、手を打ち合わせたそうです。その音によってこの場は清められ、聖域となり、結界が施された。闇は入ってこれない」


 カエンは頭上を見上げた。


 通常の闇とは質の違う、真っ黒な闇がそこにあった。


 「今の世で、ここほど精霊の生まれている場所はないでしょう。まして島は居心地の良い場所でしたし」


 神子とされる渡り人静音の清浄な気に満ちてもいた。


 学者は、火口中央の、今や聳え立つほどに高くなった金木を見やった。


 「その神像も神殿も、あの木によって押しつぶされたように思うんだが、良かったのかい?」


 にっこりと笑ってカエンは頷いた。


 「ええ、勿論。あの苗木は恐らく静音様によってもたらされたものでしょうから」


 「え、どういうこと?」


 学者の視線はカエンとエイファの顔を行き来する。


 「うん、多分ね、まず私とリルは魔力脈に返る前、何らかの関係があったんだと思うの」


 エイファが首を振りながら話しだした。


 そう言われて、そういえば、と学者は思う。


 薄緑の光を放つリルと、やはりこれも風の属性らしき同色を帯びたエイファはどことなく質が似ているなと最初に思ったのだった。


 「憶えていないから確かな事は言えないけれど、なんとなく、こう、魔力が引きあうというか、多分、同じ場所にいたんだろうと思うの。で、静音様はそれが判っていたんだと思うの」


 「おや。ではここに呼び寄せたのはセラだったのかい」


 学者は渡り人を本来の名前で呼べない事が惜しいと思った。今までも思っていたのだ。何しろ精霊や竜は彼女の名前をきちんと呼べていた。


 今は違和感さえ覚える。


 「ううん。あのね、リルは静音様の存在が解かれてしまって、とても悲しんだの。悲しみのあまり、抵抗もせず闇に呑まれてしまったのだけれど、静音様の「粒子」がそんなリルを守ったの。囲って封じて、傍にいた金木に渡したの。金木は魔力脈から直接魔力を得ているから、闇に飲まれてもその存在を保つことが出来るし、結界も得意なの。手渡された金木は深い眠りに落ちたままのリルを直前の約束通りに自分の枝を揺り籠として守ろうとしたのだけれど、リルは、その身を苗木に変えてしまった。リルは元々は緑の精霊だったから……」


 「え、風じゃないの?」


 「そうなの。本来なら一つ所にじっとして、移動もしない性質の筈なのに、流浪が好きな変わった子だったの。それが静音様と一緒にいるうち、更に変質して、もう何の精霊なのかよく判らなくなっていたのだけれど、深く眠る事によって本来の性質が出たんだと思うわ。それくらい悲しみが深いんだと思う」


 エイファは学者の肩に降りた。カエンは逆の肩に。同時に学者の身体がふわりと浮いた。


 「え、ちょっと、エイファ」


 「絶対落とさないから、ちょっとじっとしてて」


 慌ててじたばたしかけた学者はしかし、そう言われて大人しくなった。


 下を見るとよくない気もしたが、好奇心に負けてちらりと目を向けてみた。が、全体に薄暗い上、一番の光源の金木に近づいている為、ただ薄暗いだけで判然としない。なんとなくがっかりした学者だった。


 ふわふわと幹に沿って浮き上がり、ついに枝の張り巡らされた樹上へ着く。


 真ん中は若干開いていて、そこに、一つの光の繭が置かれていた。


 学者はその傍へおろされた。


 繭はうっすらと透けて、中には眠るリルが横たわっていた。


 「苗木に変じたリルはこの島に帰りたがったようなの。金木は夢伝えに静音様にそう告げた。だから静音様は苗木をここへ移動させたの。でもどう植えるべきか判っている者はいなくて、カエンが、月の方の神殿にお伺いを立てたの」


 「ここから?どうやって?」


 「島には小神殿があります」


 横からカエンが答えた。


 「静音様と誼を通じられ、自らお建てになりました。今この島で闇に侵されていない場所はこことその小神殿の二か所です」


 月神と交流があったということなのだろう。学者は色々尋ねたいことを堪えて頷いた。


 「月神様は、あなた方をお呼びくださいました。エイファは植える場所も方法も理解していました。感謝します」


 ああ、ではガイキの剣が帯びていた風の魔力は月神の呼び立てだったのか。


 「私、最初はそちらに呼び出されていたの」


 エイファがふわふわと繭の上を飛びながら言った。


 「月神様が色々教えて下さったわ。あと、契約主と力を合わせなさいって」


 にこにこしながらエイファは学者を見上げてきた。


 「うまくいってよかった。協力してくれてありがとう」


 学者はその笑顔になんとなく力が抜けて微笑み返した。


 「どういたしまして。役に立って良かったよ」


 うふふ、と笑いながらエイファは学者の肩へ再び戻った。


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