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月影映る・海  作者: 林伯林
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 「あれを、あなたは、()()()()()放っておいたではありませんか」


 イェルキラは静かに言った。シリルと同じく無表情に。


 「そなたらとて同様であろうよ」


 シリルもまた静かに答えた。


 イェルキラは溜息をついて目を伏せた。


 「そうですわね。ですが、私たちは月神を失う寸前でそれどころではなく、そもそもアルトナミに意識が向いていなかった。気が付いた時にはウ・ルフィネラは捕らわれていました」


 長い眠りについた月神は暫くその存在さえ危うかったのだ。


 「ですがあなた方は、あれがアルトナミに人の国を作った時さえ沈黙していたではありませんか。それ故、私たち以上にもうこの世に興味は無いのだろうと思っていたのですよ」


 責める口調ではなかったが疑問を浮かばせた言葉ではあった。


 実際、太陽神を失ってしまったシリル達にとって、この世はもう何の意味もないと言っても過言ではなく、嘆き悲しむ事さえ忘れて呆然自失の体で暫くは地上を見ていなかった。


 彼らと太陽神の住処であった大陸に、アルケがその魔法で持って掬い上げた人間達を移住させ、国を築いた時も、やがて人間達が旺盛な繁殖力を持って住処を広げ始めた時も、関わり合いを避けるかのように姿を現さなかった。


 もともとの住人であった精霊や妖精たちは、人という存在にすぐに慣れ、「たまに遭遇する隣人」程度の付き合いでそれなりに住み分けもでき、様々な物語が生まれもしたが。


 「自失状態だったのだ。そのまま消えてしまう者もいた。だが、我らの主がその身を挺して救った以上は、何とか維持させねばならないと漸く踏ん切りがついたのが、アルケも老齢の頃だった。あれは人として数百年生きたが、我らが目を向けた時、まだ存命で驚いたものだ」


 「創造神の加護を受けた身ですもの」


 「そうだな」


 「その長い生があれを更に歪めたとも言えますが。創造神がそれすら想定の内だったとするなら、残酷な事です」


 「そうだな」


 シリルは深く息をついた。


 シリルやイェルキラ達がその主に向ける愛は深く、だからこそアルケの創造神に対する執着も理解は出来た。


 その意思を果たそうとする事も。


 創造神が望んだのはこの世の終わり。


 最大限まで文明を高め、その「気」を創造神へ捧げた後、滅亡する。それがアルケの献身だった。


 既にその神から見向きもされていなかったとしても。



 創造神は見事に破滅の神子を作り上げた。



 「あれは破滅の種を残して長い生を終えましたが、終わりを自らの手で導かなかったのは、何故だったのでしょうね」


 「さあな。最後まで再び神と相対する事を願っていたからかもしれん。神殿に祀ることはせずとも」


 「姿も啓示も幻でしたのに」


 「幻でも、もう一度見たかったのだろう」


 夢は二度と訪れなかった。そのように最初から定められていたから。


 イェルキラは暗い顔でまた溜息をついた。


 「終わってしまった事はあれこれ考えても仕方ありませんが、これからのことはどうお考えですの?」


 「どう、とは?」


 「静音様をこのままにしておきますの?」


 「それが太陽神の望みだ」


 我らに否やは無い、とシリルは言った。


 イェルキラはゆるりと首を振った。


 「あの方は絶望しておいでなのですよ。このままで良いわけはないでしょう」


 「生の形を歪めてしまったのは我々だ。何が出来ると言うのだ」


 「あなた方は、本当に「この世がありさえすれば良い」の?それがどんな形でも?主が絶望していても?」


 信じがたいとイェルキラは目を見開く。


 月神に対する敬愛は何物にも代えがたく、そもそもこの世に存在するのは主あるが故と言っても良いイェルキラにとってシリルの言動は理解が出来なかった。


 「我らの太陽神は、静音ではない」


 シリルの声は冷ややかだった。


 「確かに静音の中に太陽神の名残りはある。あの力の源、操る魔力の色まで、太陽神そのものだ。だが、あれは我らの太陽神ではない」


 彼らの主は、その身をこの世界に捧げ、暁光と化してしまった。


 慕い、尊重すべきは暁光であって、静音ではない。


 「……そう」


 イェルキラは溜息をついた。


 「つまり、あなた方にとって、静音は存在してさえいればいい、という事なのね」


 視線をシリルの後ろへやって、イェルキラはもう一度溜息をつく。


 そこには、薄緑に光る精霊が浮かんでいた。


 その精霊の契約主である学者もいるのだろう。護衛である剣士も。


 「あなた、エイファ、と名を得たのね。あなたも同じ意見なのかしら」


 イェルキラの問いに、呼ばれた小さな精霊はふわふわとシリルの前へ出てきた。


 「私の契約主はアディトリウスだから、アディの意見に従うわ」


 にこにこ応えるエイファに微笑を浮かべ、イェルキラは画面に映っていない後方へ目をやる。


 「ではエイファを名付けた契約主たるアディトリウス、あなたはシリルと同じなのかしら」


 「……このままで良いとは思わないが、単なる人間に何ができるのか判らない。現状を打破する方法があるのなら手は貸すよ」


 学者の声が聞こえた。


 「もうひと方いらっしゃるわね。剣士ガイキ。渡り人の息子。あなたはどうなの」


 「……同じく手を貸すのにやぶさかではないが、ただの人間に出来る事があるのか?」


 剣士の声も聞こえた。


 「アルケも静音もただの人間だったのよ?」


 イェルキラの応えに、学者は面白そうな顔をし、剣士は苦い顔をしたが、画面の向こうには映らなかった。


 「さしあたっては、二人の「乙女」を呼び出さなくてはなりません。そちらに出入りしていたと聞きましたけど、事が起こった時は外にいたのですね?」


 「そうだね。呼び出す方法はあるの?」


 それが公爵夫人とその娘の事だと思い至って学者が尋ねる。


 画面が切り替わって、シリルが外れ、学者と剣士が映し出された。


 「あの二人は恐らく「庭」にいると思います。精霊が常に傍にいたはずですし」


 一度精霊の庭に滞在したことがあるものは、渡りが容易になる。精霊の守りがついていたのであれば、闇に呑まれる前に保護されているだろうとイェルキラは言った。


 「「庭」って精霊たちが住む場所の事?僕たちが冬の精霊に会った場所のような」


 ただ馬車で慣れた道を走っていたはずなのに、気が付くと見知らぬ不思議な花園にいた。いつ移動したのかもよく判らなかった。


 「ええ。精霊はこの世界とわずかにずれた位相に庭を作り、自由に行き来が出来るのです」


 「へえ。「神の住まい」だね」


 学者の言葉に、イェルキラはちらりと視線を上げたが、直ぐにそらした。


 「神はそんな所にいませんよ。そもそも上位の存在に実体などありません」


 「そうなんだ。神殿の連中に聞かせてやりたいな」


 にやにやしながら学者は言うが、イェルキラは首を振る。


 「神殿はこの際どうでもいいです。役に立ちません。それより問題は、そちらと連絡が取れるこの装置が、二人の庭には設置されていない事です。精霊同士であれば念話も可能ではありますが、二人の守護精霊を私は知りません。エイファはどうなの?」


 イェルキラはばさりと神殿の話題を切ってふわふわ浮いている薄緑のエイファに尋ねた。


 エイファは首を振る。


 「気配はあったけれど、姿は見なかったわ。積極的に交流する気が無いんだと思って近づかなかったの」


 「では直接は無理ですね」


 イェルキラは学者を見る。


 学者は不可解そうな笑みを浮かべて小首をかしげる。エイファはその横で浮かびながら同じようににこにこしていた。


 「冬の精霊、アルデシオン様をお呼びください」


 「え、僕が?どうやって?」


 流石の学者も驚きに笑みを消した。


 「あなた方は一度冬の庭へ入ったでしょう?あなたは言葉を交わすことさえした」


 「そりゃまあ……。いやでも、アルデシオン様とは殆ど話してないよ」


 「認識されている、という事が大事なのです。方法はエイファが知っています」


 学者は己の契約精霊を見やった。


 薄緑の光を放つ小さな精霊は機嫌よさげににこにこしながら学者を見返した。


 姿を認識され、言葉を直接交せることが喜びなのだ、と聞かされた。


 任せて、とばかりにくるくると舞うと、何故か隣に立つガイキの方へ近寄った。


 「え、なんでそっち行くの」


 学者が慌てたように手を伸ばしたが、エイファはその手をかいくぐってガイキの頭の周りをくるりと一周した。


 ぱたぱたと羽ばたく薄緑の羽から金色の粉が散る。


 ガイキは目の前を舞う光の粒に眉を寄せた。


 「ああ、なるほど」


 イェルキラが頷いた。


 金の光に応えるようにちりちりと細かく震えているのはガイキの背中の大剣だった。


 「隠蔽で消していらしたのね」


 先ほどまでガイキの背中にはうっすらと力の輪郭は見えていたが、誰もそれを気にかけていなかった。それが隠蔽というものだった。


 「持ち込むことを禁じられているわけではないが、目立つのでな」


 騎士以外の王城への武器の持ち込みは制限されているがガイキにそれを言いだす者はいない。そのまま知らん顔で入ってくればいいものを意外なところで気を遣う質らしい。


 「あなたではない力が反応しています」


 ガイキは背中から剣を引き抜いた。


 青白い刃が震えて表面にさざ波を立てている。


 先だってまといつけた魔核の魔力だ。


 「闇竜の傷を凍らせる時に使いましたか。氷の魔力がさざ波立っていますね」


 「エイディスは氷系の魔力持ちだったかな」


 学者が首をひねる。


 そもそも、彼が魔法に長けているとも聞いたことはなかった。


 「その剣でもって闇竜と戦い、あなたもまた冬の庭に入った人ですね。なるほど、学者殿だけではなく、あなたもともにある事に意味があると」


 イェルキラはエイファを見る。


 エイファはにっこり笑ってイェルキラを見返す。


 そして学者の肩にとまると、誘うように剣士の傍へ導いた。


 アディトリウスの右手がゆっくりとエイファによって刃へと近づけられると、掌に刻まれた星がほのかに輝きだした。


 「まあ……それを手に受けるなんて……」


 イェルキラが思わずといった風に呟いた。


 それを聞いて学者は苦笑いする。不可抗力だったのだが。


 指先が僅かに刃に触れると、ぱっと小さな光が弾けてたらりと一滴の血が伝う。


 エイファの導きだったので黙って見ていたが、ガイキが慌てて剣を引こうとしたその腕にエイファが飛び移った。


 小さな精霊にがっちりと固められて、ガイキは動けず、学者の指先から落ちた一滴が刃の表面の力のさざ波に乗って広がる。


 氷の魔力に覆われていた刃は、精霊と契約した人間の血を帯びて薄緑に変じた。


 エイファがガイキの腕から離れて刃の周囲をくるくると何度か回った。


 学者の右手の星も、薄緑の光に変じた。


 エイファの背中の羽根がぱたぱたとせわしなく羽ばたく。


 「ああ、繋がりましたね」


 イェルキラのどこかほっとした声を最後に、学者と剣士はぐんと未知の力に引かれてたたらを踏み、気が付いた時には、冬の庭に移動していた。


また遅くなりました。


ここ数日寒かったですね。

雪の多い地方は大変だったようで。皆様ご自愛くださいまし。

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