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月影映る・海  作者: 林伯林
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 宇宙からその星を見れば、南半球のある一点から瞬く間に広がった闇が星の表面を覆い尽くして真っ黒に染まる様を目の当たりにすることになっただろう。




 ルーはハブ中継部屋で、魔導衛星から送ってこられる映像を見ていた。


 この部屋は地上とは次元の違う空間に存在している。星を襲った闇魔法の影響は全く受けない。


 ただ、魔法陣の置かれた場所からの映像は全てブラックアウトしていた。


 衛星軌道からのものを除いて。


 先ほどまで送られてきていたリルからの映像も暗転している。




 ルーは魔導人形らしからぬ溜息をついた。


 金木やリル曰く、静音は魔力粒子に変じて「ある」という。


 であれば、この星は何があろうと生きながらえる筈であった。


 暁の神官との間にそのように約定を結んだのだから。


 あれ程長い時をキシュキナを保全する使命に捧げてきた身でありながら、今、それが闇に呑まれた所で何の感慨もない事に多少驚きながらルーは首を振る。


 周囲を見回し、部屋には何の影響もない事を確かめて、繋がっている筈の静音がシェルターと呼ぶ空間を確認する。


 寝室を含め、静音が出入りを許した場所へは出る事が出来た。


 更にそこからキシュキナの温泉へ出ようとしたが、そちらはぴったりと閉ざされたかのごとく反応が無い。


 静音の寝室の壁は、こちら側からは外部が透過して見える筈だったが、塗りつぶされたように真っ黒だった。


 ハブ中継部屋へ戻りながら、リルに呼びかけてみる。


 意識の繋がりは切れてはいないが、今は沈黙だけが返ってくる。


 あれは今、悲しみに沈んでいるのだ。


 「静音」という存在を愛しすぎていたが故に。




 ルーは魔法陣を設置した場所を順に追っていった。


 反応がある場所もあった。


 これもまた次元を隔てていた為に何一つ影響を受けなかったと見られる、アルトナミ王城謁見の間の結界の壁に隔てられた空間。


 シリルと学者と剣士がいた。


 シリルの前にあった筈の闇の繭は、今、透明な水晶の塊に変じている。


 その表面は魔力を帯びて微かに振動しているように見えた。



 アルトナミ王都の外れにある、森の中の洞窟。


 そこもまた、別次元に当たるのだろう。吟遊詩人が竪琴をつま弾き続けていた。月神の言葉を守って。


 神像は水の中でこれも僅かに振動していた。


 水面が揺れ、輪郭を歪ませている。



 オウナ大陸、荒れ野の地下にある月神の神殿も春の日差しに満たされていた。


 ここは魔力脈の枝の先に実った果実のようなもの。


 金木と同じく、地上の闇の影響はないのだろう。


 常と変らず、花は咲き乱れ、きらきらと光る精霊たちが飛び交っている。


 その映像の中に、金色の光が映りこんできたかと思うと、こちらを覗き込んできた。



 「よかったわ。()()()と完全に繋がりが途切れたかと思っていたの」


 イェルキラが胸をなでおろすように言ったが、ルーは苦笑する。


 「私と連絡が取れたとて、リルは反応が無いし、静音はもう茫漠とした存在としか感じられない。意味が無い」


 「それでも、そちらがどうなっているのか全く分からないよりはマシよ」


 イェルキラは溜息のように言った。


 「……様は、飛び出て行ったきり戻ってこないし、外の様子って、やんわり感じる程度しか判らないのよ」


 「ああ、それは……」


 「何が起こって、今どういう状態かは大体わかっているけれどもね」


 「そうか」


 月神は神殿にはいないという。


 ではどこにいるのだろう。


 地上は闇に閉ざされているのに。


 「……様は、どちらにおいでかは判らないわ」


 思考を読まれたわけではなかろうが、イェルキラは不意に言った。


 「何処かにおいでなのは判っているのだけれど」


 繋がりは未だ強固であり、地上の変事に影響を受けてはいない事は確かだという。


 だからこそ、常のように平然としていられるのであろうが。


 「()()装置、どのくらい地上の事が判るの?」


 イェルキラの問いに再びリルは苦笑する。


 「ほぼ判らない。真っ暗だからな。今画像が生きているのは、そちらを除けば次元の壁の向こうのみだ。静音の結界越しに外を見る事もしてみたが、何も見えなかった」


 「シリルと話すことはできるかしら」


 「それなら何とかなる」


 あの空間には静音の魔力蛍が幾つかと、リルの目があった為、最初は魔法陣を置いていなかった。


 だが、リルが何を思ったか竜の倒れたすぐ後に目立たない場所に魔法陣を描いた。


 静音がシリルへ怒りを向けている最中だった。


 その直後、闇の玉が溶け落ち、静音をとらえこもうとし、リルはそこへ飛び込んで静音の結界繭の中にどうにか滑り込むことが出来たのだ。


 何かの予感があったのかもしれない。


 その上、剣士にはマーカーがついている。


 これは静音の魔力蛍だったが、常に使用するそれと違って自動で魔力を僅かずつ周囲から吸収して自然消滅しないよう設定されていた。


 時の向こうで不測の事態が起こった時の為にそうしていたのだったが、何がどう役に立つか判らないものだとルーは思う。




 魔法陣が突然起動し、スクリーンが宙に浮かぶと、流石のシリルも多少驚いたようだったが、ルーがいつもの事務的な口調で月神の神殿のイェルキラが話したがっていると告げると何も言わずに頷いた。


 「お久しぶりと言うべきか、初めましてと言うべきか」


 シリルの顔を見るなり、イェルキラは呟いた。


 「初めましてが正しいな」


 シリルは真面目くさった顔で答えた。


 「性格は以前のシリルとほぼ同じようですね」


 溜息をつくように言ってイェルキラは苦い顔をした。


 彼女にとって、シリルの思い出とはそういうものだった。


 苦く、辛く、胸が痛む。


 「この結果があなたの望んだ事でしたか?」


 「そんなわけが無かろう」


 シリルは相変わらず無表情ではあったが直ぐに否定した。


 「アルケの残滓を探したのは、こういう事態を避ける為でもあった。あれは暴走する負の魔力因子だ。放置できない」


 「まあ、昔の事はお忘れになったの?」


 イェルキラは呆れたような顔をした。


 「あれを最初に放置していたのは()()()()でしょうに」


 シリルは初めて表情を変えた。





 創造神の落とした負の因子とは何だったのか。


 神はこの星に殆ど興味を失くしていた。


 一撃で壊す事も考えたが、せめて壊れる過程によって少しでも「気」を得ようと考え、一垂らし、変容因子を加えたのだった。


 穏やかに緩やかに進む世界に落とされたほんのわずかの劇薬。


 耐性もなかった世界にとって、それらは瞬く間に広がった死に至る病に似ていた。


 負の特性を帯びた魔力、負の特性を帯びた「人」。


 とりわけ「人」は神の毒に捕らわれやすく、見事に仕上がったのが「愛し子」だった。


 神殿は、その人間をそう呼んだ。


 強大な魔力を持ち、魔法の才能に優れ、神殿で熱心に神に祈り、負の因子によって見せられた夢を啓示と捉える。


 熱に浮かされたように神を信じ崇め、愛し子として振る舞い、人々は彼によって齎される諸々を神の慈愛として尊んだ。


 やがて愛し子を神と同一視するに至るは必然でもあった。


 神はその「気」を吸い上げ、己がエネルギーとした。


 熱病のように広がる信仰により存分に吸い上げつくして、愛し子が頭上に冠を頂いた時、地は割れた。


 山々は火を噴き、海は荒れ狂い、大地は引き裂かれ、人々は逃げ惑い愛し子に救いを求めた。


 愛し子は一心に祈った。


 それまでのように、全身全霊で。


 愛し子は己の卓越した魔法でもって周囲の人間を救いもしたが、世界中にその力を及ぼすことなど当然出来ない。


 それ故に祈った。


 祈り続けた。




 祈りは聞き届けられることはなく。


 目の前で多くの人と大地は逆巻く海へ沈んでいった。





 大地を半分でも救ったのは、創造神でもなく、愛し子でもなく。


 「神の愛し子」を遠巻きに眺めていた者たち。


 「神の声を聞け」と説く愛し子に首を傾げ、それがため、愛し子は彼らを侮り、「見捨てられた者たち」と誹りもした。


 太古の昔から地に現れては人と交わり、和やかな関係を育んでいた「古い精霊たち」の王。


 かつてこの地と同時に生を受けたとされる月と太陽の神だった。




 愛し子の心は闇に塗りつぶされ。


 祈りの声は消えた。




 創造神に見捨てられた世界から、吟遊詩人の詩のみ残し、月と太陽の神も姿を消した。


 人々は不自然なほど創造神への熱狂を忘れ。


 暫くは細々とその生を繋いでいたが、やがて、傑出した一人の魔法使いにより大国を築く。


 魔法使いは王となり力のある精霊と契約を結び、国を富ませ、国土を広げた。


 幾つもの小さな国を攻め滅ぼしながら。


 魔法使いが祀ったのは神ではなく、魔法科学。


 神殿も神官も存在してはいたが、そこに集うのは治癒の魔法能力を持つ者たちだった。


 国の全ては魔法によって統制され、王は時に苛烈な振る舞いで人民を恐れさせた。



 王の名はアルケ・アルトナミという。



 魔導王国アルトナミの始祖王であり、その昔、創造神の愛し子と呼ばれた者であった。



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