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月影映る・海  作者: 林伯林
111/143

110



 ---静音、静音




 呼びかける声に目を開ける。


 流れ星の一つがひゅんと長い長い尾を引いて、落ちてきた。


 落ちて、燃え尽きる事なく静音の胸元に着地した。




 「私の胸は、小さきものを乗せる台じゃないんだけど……」




 面倒の予感にぼやくように言って起き上がる。


 胸の光はころりと膝へ落ちた。




 「静音、私よ」




 それは、静音に呼びかけた。


 星の光を保ったままちかちかと明滅している。


 ひどく焦っているように見えた。


 そして、その光は虹色だった。


 「……察するに、リルかな」


 「そうよ」


 リルらしき星の光は、大きくため息をついたようだった。


 そして単なる光は、漸く見慣れたリルの形をとった。



 「ずっと呼びかけていたのに、全然応えてくれないんだもの」


 リルは唇を突き出して不満そうに言う。


 「あら、そうだったの。悪かったわね」


 静音は首をかしげながら詫びるが、リルの呼び声を聞いた記憶は無い。


 「聞こえてなかったのは判ってるわよ。適当に謝んないで」


 腰に手を当てて傲然と顎を上げる。


 「判ったわよ。悪かったわ」


 その姿に笑いながら静音は更に応えた。幼子が精一杯虚勢を張っているようにしか見えず、何をしても可愛いだけだ。


 「だから謝んないでってば」


 リルは腕を組んで軽く睨んできた。


 「静音、竜の門が開いたわ」


 唐突に告げられ、静音はそれが何だったか一瞬考え込んだ。


 そして、そもそもの始め、銀竜が封印していた門があったことを思い出す。


 それを解くの解かないのと話していた事も。


 「そうなの。良かったわね」


 それに拘っていたのはリルだったはず。


 「静音、あの門は渡りの門よ。魔力さえ充分供給できれば、行きたい時、行きたい場所へいけるわ。膨大な魔力が必要だけど、元の世界へだって戻れる可能性があるわ」


 リルの言葉に、絶句する。


 暁の神官は、送り出すことはできても、送り出した先の制御は出来ないと言っていた。それ故、その先がいつの時代、どのような場所になるかは予測が出来ず、また、空間を潜り抜ける際、身体に受ける負荷についても予測がつかないとも。


 それが安全に叶えられると言うのか。



 既に人の身でなくなった今。



 ああ、しかし、人の身でなくなったからこそ、それが可能なのかもしれない、と静音は思い直す。


 膨大な魔力の使役が可能な今なら。


 静音は目を閉じ考える。


 あちらの時と場所を特定し、空間を超える際に己を防御できるだけの魔力量を。


 「リル……」


 「なに?」


 「この星の魔力を半分以上使う事になるだろうけどそれでもいいの?」


 「別にいいんじゃないかしら」


 即座に何でもない事のようにリルは応える。


 リルにとって、静音とはそういう存在なのだ。


 契約した時から。


 「魔力脈は衰えるわ。一時的かどうかも判らない」


 戻らないかもしれない。


 「別にいいんじゃないかしら」


 更にリルは応えた。


 「こちらは静音に幾つも借りがある。その見返りなんだもの」


 本来なら、呼びつけたアルトナミ王家が支払うべき代償だったものを。


 「流石にね、いくら「どうなってもいい」世界とはいえ、あなた方という繋がりも出来たわけで……。それがどうなってもいいとは思えないわよ」


 静音の苦笑を見て、リルはうっすらと泣き笑いの表情を浮かべた。


 「そうなの?私は静音の為なら別に消えても構わないわよ?」


 消える、という言葉に、そう言えば精霊とは魔力が凝った生き物だったと思い出す。


 この世界から半分魔力が失われれば、精霊たちはどうなるのだろう。


 皆、巨木のように眠るのだろうか。


 それとも再び魔力脈へ返るのだろうか。


 「私が構うわよ。そういうのは望んでないわ」


 溜息をつきつつ、手を伸ばして指先でリルの髪を撫でる。


 相変わらず、実体が伝わるわけではないのに、薄緑の髪は楽しげに指に沿って流れる。今は毛先が黒く染まっているのがなんとも残念ではあるが、面白いポイントになってもいる。


 「あの後どうなったのか聞かせてくれる?」


 静音の問いにリルは頷いた。



***



 間一髪、闇に覆われる直前に中へ飛び込んだのはリルだった。


 光の繭の中で、静音は身体を丸めて眠りこんでいた。


 どんなに呼びかけても応えない。


 必死になっていたリルの頭の中に不意に響いた声がある。


 ルーだった。


 ルーは今回同行せず、ハブ中継部屋で謁見の間の様子を見ていた。


 静音が幾つか飛ばした魔力蛍は広間のあちこちに張り付き、小さな魔法陣をこっそり展開していた。


 「私とリンク出来る以上、「外」の情報は伝えられる」


 ルーは伝えてきた。


 静音と契約した者たちはいつでも念話出来る。


 闇に阻まれるかと思ったがそうではなかったらしく、リルはほっとした。


 謁見の間に突然開いた異空間はそのままに、結界は解除され、玉座の周りにいた者たちは外に出る事が出来た。


 竜は消えたが、王も消えた。


 第一王子は緊急事態にて代理王として全てを差配する事となった。


 これもまた、突然降臨した「神」は巫女を内包した闇の繭を異空間に置いたまま謁見の間のなくなった壁を再び出現させた。


 巫女がよく使用していたという、一部がグレーに不透明になる結界、それを用いて壁とした。


 その為、謁見の間からそちらの様子は普通の人間には伺う事が出来ず、だが、シリルと剣士と学者、それに祈りの乙女だという公爵夫人と令嬢が出入りできた。


 出入りできると言っても、シリルは中に入ったまま出てこず、剣士と学者もたまに出てくると言った程度。


 公爵夫人と令嬢は半日を中で過ごして祈りを捧げている。


 一部始終を見ていた者は王子を始め国の中枢にいる者たちでもあり、己らの力の及ぶ存在ではない者がすぐそばにいるという事実に身を縮みこませて日々をやりすごしていた。


 神殿跡の魔法陣は依然として王都の空に浮かび上がっている。


 城で起こったことは、民には知らされていなかったが、城が何度も揺れ、何度も光が走った事は遠目に明らかであったため、「何事か起こった」事は隠しようもなかった。


 「祈られても……、いや、それよりシリル達は何をしているわけ?」


 静音の意識は繭の中にはない。


 何の意味もない。


 「シリルはアルケのわずかな意識を拾い集めているわ。あの闇の繭の中から。そしてなんとかその繭を割りほぐそうとしているみたい」


 「また面倒な事を……」


 「剣士と学者は見学」


 「物好きな事を……」


 「静音については「眠っている」という認識。まあ事実なんだけど」


 リルは静音ともリンク出来る。


 意識的に静音が遮断しない限りは。


 それ故、静音の夢に入り込んだ。


 「応えてくれてよかった……」


 恐らく最後の状態だと、無視される可能性が高いと思われていたのだろう。


 静音は苦笑した。


 「竜の門は、今は使わないとして、この後どうするの?」


 「そうねえ……」


 ここでこのまま眠って過ごしてもいい。


 だが、実体を包む闇の繭の傍には、シリルがいて何やらやっているらしい。


 「転移する?」


 闇の玉の中に閉じ込められるとは、浄化の旅の最後と同じではないか。


 あの時は外に転移して、剣士と学者の前へ現れたが。


 「ああ、今回も二人は近くにいるんだったわね」


 ふと気が付いたように静音は一人ごちた。


 「学者は好奇心だろうけど、ガイキは気を使ってくれてるのかしら」


 リルはくふふ、と妙な笑い方をした。


 「気を使ってもくれてるんだろうけど、学者と同じく好奇心も間違いなくあると思うわ。あとシリルの見張り」


 学者の見張りでもあるのではなかろうかと静音は思う。


 「ガイキって意外と苦労性なのかしら」


 「面倒見はいいと思うわ」


 「学者が破天荒すぎるのよね。まあ気に入ってるから傍にいるんでしょうけど」


 あの学者は変り者と言われているが、不思議と憎めない人物でもあった。


 静音はアルトナミの人間には不信感を募らせていた為、なるべく接触を避けようとしていたが。


 「シリルはアルケの残滓を拾って何をするつもりなの?」


 「判んない。本人もそれでどうするかは今のところ考えてないって言ってたじゃない」


 「う~ん、じゃあ、黒い繭を割り解いたとして、その後どうするつもりなのかしら」


 静音を包む結界の繭が現れるはずだ。


 「私もひっぱり出そうとするかしらね」


 「それも判んない。だって、静音が眠っていようと起きていようと、生きてこの世界に存在していればそれでいいんだもの」


 「あ~……、なるほどね」


 であれば、あの空間を閉じたまま、静音は放置される可能性もあるわけだ。


 「まあ、それでもいいんだけど」


 放っておいてくれるならもうそれでいい。




 その時、ふっと夜空から何かの気配が降りてきた。


 静音はリルを「引き寄せ」て腕の中へかばいこんだ。




 夜空を紫に染めて、雷撃が金木に突き刺さった。


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