10
シェルター内の寝室からは外が見えるようにしてある。
静音はゆっくり風呂に入ってから寝台に横たわり、ふと外を眺めて笑みを浮かべた。
ルーが広げたままのサマーベッドに座って夜の海を見つめていたからだ。
小さな熾火のまま維持の魔法で火を残してある焚火の灯りがほのかにその横顔を映しだす。
「本当に綺麗ね」
思わず呟いた。
---あの外見はキシュキナの『妖精』を模して造られた。
答えが返ってくるとは思っていなかったので静音は驚いた。
とっくに去ったと思っていたのだ。
---かつてこの国には『海洋の妖精』がいて、稀に姿を現していた。デザイナーはそれを見た事があったらしい。
『妖精』がいる……。
静音は時が過ぎるごとにますますファンタジー味を増していくこの世界に正直どう対応すべきか事ここに至って途方に暮れていた。
大昔は魔導国家が栄えるほど文明が進んでいたと聞き、その結晶であるかのごとき存在、魔導人形を「そういうもの」として受け入れる事は出来た。
だが、妖精とは……
「今はいないのですか?」
念のために聞いてみた。
---魔力暴走の折り、全て巻き込まれて消えて行った。
淡々と語る言葉の奥に、悲痛なものを感じ取って静音は少し目を見開いた。
---妖精とは魔力粒子が凝ったものだ。魔力暴走は魔力によって生命を得ている全ての存在を引き裂き吸収し魔力脈への贄とした。
という事は今では存在しないということか。
ルーはその存在の唯一の名残りとでも言うべきか。
---懐かしい姿だ。
神官は穏やかな声で言った。
サマーベッドの上でルーはぼんやりと海を見つめたまま姿勢も変えていなかったが、その内部で激しく魔力が逆巻いている事が魔力視で見てとれた。情報を処理しているのだろうと思われたが、本当にそうかどうかは判らない。
「万物を見通す神官様、ルーが一万年前からここにいる事、ご存じなかった?」
多少の皮肉を混ぜてみたが、神官は気にした様子もなく答える。
---我らは大ざっぱにしかとらえられぬのだ。そなたとて、土くれの中の微生物をいちいち意識はせぬだろう。
そうか、我々は神の視座からは微生物か。
静音は思った。
まあ、そういうものだろう、とも思った。
「では、ルーのような存在は他にもいるかもしれないという事ですね」
---そうだな。
「アルトナミを引き裂いた魔力暴走ですが、他の大陸にも影響があったのです?見たところ、北半球に大きな大陸がもう一つあって、南と南極に一つずつあるようですが」
---どこも大規模な被害を受けている。南の大陸はその時二つに別れた。
聞けば聞くほど迷惑な話である。
---人口も極端に減った。暫く天候も安定せず、人にとって住みよい場所は殆どなくなった。
「よく滅亡しませんでしたね」
---人は思った以上に逞しいものだ。
この世界が生体活力とやらが低いのも仕方がないのではないかと思う。
それほどの天変地異の後、例え一万年あっても傷は完璧には癒えないだろうと思われる。
滅亡の恐怖は遺伝子レベルで刻み込まれるのではなかろうか。
そうなると必要なのは、「治療」なのでは、と思うのだが。
神官が何をどうしようと考えているのかは、判らない。
判る必要もないか、と考え直す。
「頑張ってください」
静音は軽く言って、毛布を引き上げると目を閉じた。
***
眠りについた静音の傍に、ふわりと神官は降り立った。
時折像が揺らぐのは、実体ではないからだ。
その何にも触れられぬ手を伸ばし、神官は静音の額に触れようとして、寸前で止めた。




