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月影映る・海  作者: 林伯林
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106




 「あ」


 静音はのんびりとグレーの空間の上空を見上げた。


 一条の光が真っ直ぐにドームに突き刺さった。


 水晶が砕ける音とともに、結界がほどける。


 青白い光は半身を爆ぜさせた闇竜に降り注いだ。


 失った半身の飛び散ったかけらは光がじりじりと溶かした。


 同時に失われた竜の半身が最構成されていく。


 見ている間に、ゆらゆらとした魔力粒子の濃い陽炎に包まれた青白い竜が完成した。


 そして、天上から、真っ黒い髪をなびかせた一柱の神が降りてくる。




 その姿は、静音にとっては見慣れた姿だった。


 同じく、隣に立つ学者にとっても。


 竜の傍らに降り立った神は、閉じていた瞼をうっすらと開いた。


 青く光る瞳が覗く。


 その眼差しが、静かに広間側を見渡す。


 玉座側に固まっていた人間達はその視線にとまる事を恐れて震え上がった。


 氷河のような冷ややかな瞳だった。


 それに向かって膝を折り、祈りの姿勢をとったのは公爵夫人と令嬢。


 視線はそれを通り過ぎ、やがて静音をとらえた。




 「久しいな」


 果たしてそれが、以前己に声をかけてきた神官なのか、神像に刻まれた原初の精霊であるのか、静音には判断がつかなかった。


 「あなたが私の知っている神官であれば、久しぶりですね」


 そう応えた。


 だがしかし彼は恐ろしい程の神気をまとっていた。


 一度相対した実体は、これほどの圧は無かったと記憶している。


 「正確には同じではないのだ。だが、確かに一時、そなたとともにいた者だ」


 静音は首をかしげた。


 「シリル・バトゥもそのような者ですか?」


 「そうだ。それ故、シリル・バトゥと名乗ろう」


 「はあ」


 同じであって同じでない、という事らしい。


 「で、御用向きは?」


 「アルケの魂を掬い上げに来た」


 静音は瞬きし、横たわる竜へ目をやった。


 「まだ()()にあるのですか?」


 自らをシリルと称した神は軽く指先を動かした。


 竜の全身を神気がスキャンしたらしいと静音は見て取った。一瞬の出来事だった。


 ゆらめいていた魔力粒子の陽炎が強風にあおられたように一斉に一方向へなびいた。


 やがてぐるりと廻ったそれの中から、魔力粒子が練って固められたかのような丸い塊が浮かび上がった。


 静音は目を眇めてその中を見透かした。


 「あれ、黒玉じゃありません?」


 「核はな。あれにアルケの残滓がある」


 静音は顔を歪めて収納空間から己が浄化しきった黒玉の核を取り出した。


 「差し上げます」


 つまんだ手を突き出すが、シリルは目もくれず竜の上に浮かび上がった玉を手繰り寄せた。


 「それはそなたが浄化し尽くしてアルケの残滓はないよ。持っておくがいい」


 「正直言うと持っているのも嫌なんですが」


 「ああ……」


 シリルはそれがどのようにして浄化されるに至ったかを思い出したらしい。


 「手放す時はおのずと判る」


 そう言って、やはり手を出そうとはしなかった。


 静音は大きく息をついた。


 「あなたに言うのが適当かどうかは判らないんですが……」


 ゆらゆら陽炎を漂わせる石を掌で転がす。


 「私、いつまで与り知らない誰かの意思に翻弄されなきゃいけないんでしょう」


 シリルはそれを聞いて瞬いた。


 「()()()()()()()()()この世界がある事が見返りだと言われましたが、見合っているとも思えませんし」


 死ぬまで世界があるのは当たり前なのだ。


 今更ながら、妙なレトリックで煙に巻かれた気がしている。


 どこか必死な神官の様子にほだされもしたのではあったが。


 そう思って、もう一度シリルの顔を見る。


 あの時の神官の妙に人間臭い表情はどこにもない。


 「魔沼を浄化する事が条件だったはずです。それ以降の事は関係ないと思うんですが、放っておいたらまあ、無茶苦茶になってましたよね?」


 「……そうだな」


 「自覚がおありですか。それは良かった」


 「……」


 少し距離があったので、静音はゆっくりと歩み寄った。


 シリルのもとへ。


 倒れ伏した竜のもとへ。


 戦いが終わって、一息ついたガイキのもとへ。


 ガイキは背中へ剣を戻し、涼しい顔をしていた。


 「お疲れ様でした」


 静音が言うと微かに頷く。


 「冬の精霊ではないが、力が通りやすかったように思う」


 静音は首をかしげた。


 「今回は歌っていませんが」


 「いや、余波はあった。それとエイディスの石と、後は」


 ガイキは離れた場所からこちらを眺めている学者を見やる。


 「精霊の力が確かに後押ししてくれた。契約したんだな」


 「彼は精霊に好かれやすいそうですよ」


 「そうか」


 ガイキは次にシリルと向き合った。


 「トーヤの子か」


 シリルは遠くを見晴るかすような眼差しをした。


 ガイキは、これまでに何体も見てきた神像と同じ顔をした男をしみじみと眺めた。


 強烈な神気を放ち、魔法視のあるガイキにはそれらが眩く、思わず目を眇めた。


 「今更アルケの残滓をどうなさるつもりです?」


 ガイキは尋ねた。


 「どうするかは、これから考える、と言うしかない」


 シリルは驚くようなことを淡々と言う。


 「アルケは「歪められた者」だから」



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