表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月影映る・海  作者: 林伯林
106/143

105


 ガイキは竜の爪と牙の攻撃を避けながら、何故魔法を使ってこないのか不思議に思っていた。


 確かにその巨体に似合わぬ素早さ、というかもはや瞬間移動かと思われるような身のこなしを見せている為、致命傷は与えられずにいるが。


 じわじわと増える全身の傷。


 血に染まっていく身体。


 真上から叩きつけるような尾の攻撃を跳び退って避けた瞬間、多少距離を取って巨体の全体を見渡す恰好になり、その時、竜の青白く変じた半身が流れ出す闇の血のせいで覆い隠されつつあることに気が付いた。


 竜がどういうつもりでいるのか遅ればせながら理解したガイキは舌打ちすると、染まっていない闇色の方へ攻撃を集中させようとしたが、竜もその意図を読んで巧みに青白い方の半身を盾にしてくる。


 もう一度舌打ちしたガイキは魔力を込めて中空で剣を振った。


 氷の雫を滴らせる刃は、その一振りで水を生み出し、竜の全身を洗った。


 目論見を邪魔された竜は怒りの咆哮を上げた。


 ドームがびりびりと震える。


 それを隙ととらえ、ガイキは氷の雫をまとわせたままの大剣を首筋へ叩き込んだ。


 今度の傷は一瞬で凍りついた。


 散るはずの血しぶきは凍った傷口でとまっている。

 




 「考えましたね。ダメージは入るでしょうけど」


 静音が呟くと、学者は目を眇めた。


 ドームは精霊の浄化魔法を帯び、闇竜の力を時折内部で弾いている為、透明ではあるが中が見通しにくく、戦闘が激しくなればなおさらだった。


 静音は学者の肩のあたりにふわふわ浮いている精霊を見やる。


 「中を見やすくしてあげて」


 精霊エイファは静音の言葉に顔を見上げ、それからドームへ視線を戻す。その身体から薄緑の柔らかな光が風を運んだ。


 「おお……」


 学者は思わず声を上げた。


 その瞳周辺は薄緑の光を微かに帯びている。


 そしてその視界にはドームの中がはっきりととらえられていた。


 「便利だね。エイファありがとう」


 精霊はにこにこして学者を見上げて頷いた。


 「ダメージは入っても、あれじゃ半減って事を言おうとしたの?」


 学者は明瞭になったドームの中の様子を伺い、静音の先ほどの発言の続きを促す。


 「ま、出血を押さえているわけですし」


 「普通の生き物と同じに考えて良いの?」


 「基本的には……。ああ、でもそうですね。闇竜の血は、負の気を帯びているというか、負の気そのものというべきか。あれが全身廻って穢れを保っているのですよ」


 あれもまた、魔沼と同質。


 故に近衛の一人が言った通り、静音が立ち向かう道もあった。


 状況もそれを前提に動いているようであった。


 ここまで巻き込まれてしまったのもそれが故であっただろう。


 だが静音は主体である事を拒否した。


 月神も何も言わなかった。


 その代りのように、太古の精霊の生き残り、二人の祈りの乙女、剣士ガイキが呼び寄せられた。


 静音も呼び寄せる事には協力した。


 竜との約束もあったが、契約精霊の懇願のせいでもあった。


 リルには弱い静音だった。




 学者は「負の気」と呟いて考え込んだ。


 ガイキの剣が与える傷は凍りついて出血を止めてはいるが、それでも傷が清浄な半身につくのはあまりよくないのではないかと思われる。


 実際、ガイキもなるべく浄化されていない方へ剣を繰り出しているのだが、竜は巧みに身をかわし、尾や爪をふるい、剣士を防いでいる。


 そして、今やそれが必要、とばかりに雷撃を繰り出し始めた。


 ガイキは自身の周りに結界を張ってそれを叩きかえしている。


 「あ、あれセラと同じ感じ?」


 学者は精霊に与えられる視界で初めてそれを認識したかのようだった。


 「似ていますね」


 応える静音を上から下までしみじみと眺めた。


 「ああ、そうか。こんな風なんだね」


 そして感嘆するような声で言った。


 「いつもなんとなく感じてはいたんだけど。見事なものだね」


 全身をぴっちりと隙間なく覆った魔力粒子。


 ごく薄く張り巡らせたそれは、隠蔽も混ぜている為滅多な事では気付かれる事もないが。


 「お気づきでしたか」


 「軽く違和感を覚える程度だったけどね。僕ほど君に興味があってじっくり観察している人間でない限り誰も気が付かないと思うよ」


 静音は苦笑した。


 「旅の道中、暇だったので散々魔力操作の練習をしていたんですが、誰にも何も言われなかったので気づかれないものだと思い込んでいたんですよ。皆さん私に興味が無かっただけなんでしょうかね」


 「いやいや、多分、魔力感知が育ってないんだよみんな」


 学者も苦笑しながら首を振った。


 「太古の昔と違って、我々の能力はごく低い。いずれ人間世界から魔法はなくなってしまうだろう。魔力感知なんて鍛える状況も必要もないから」


 塔の人間ですら、大して高い感知能力は無いだろうと学者は言う。


 「それでも、あなたのように魔力に敏感な人間もいるはずなのでしょう?」


 「そうだね」


 学者はドームの方を見やる。


 「何人かは気が付いていた者もいたかもしれないね」


 静音もドーム内のガイキを見やった。


 彼はその出自もある上、静音と同じ魔力視を持っている。隠してはいるようだったが、学者は知っているのかもしれない。結構な時間を彼と二人で過ごしていたようだから。


 「で、あれ、大丈夫だろうか」


 学者は気を取り直したように静音に問うてきた。


 「そうですね……」


 ガイキの剣はトーヤが与えたものだという。


 恐らくトーヤが作ったのだろう。


 最上の素材と最上の魔力で練り上げて形成され鍛え上げられた。


 闇竜にとっては、この上ないダメージを受ける武器。


 「「あの時」と同じでいいんですけれども、あの竜の闇玉よりはこちらが遥かに強大なので」


 一太刀で消滅させてしまったあの北の荒野に出現した闇の球体を思い出した。


 「ああ、あれはこの竜と似たものだったの?」


 「これに比べればずっと弱い存在でしたけれどもね」


 「浄化をまとわせた刃で一刀両断というわけにはいかないんだね」


 「浄化をのせているとは思います。あの魔核がうまく誘導してくれたようです」


 静音はドーム内でひらりひらりときらめく刃を目で追っていた。


 氷の雫をまき散らすそれには、浄化の魔法も薄く均等に張られていた。あの時よりはるかに熟達した技のようだった。


 魔法の発露を解放されてから短期間で習熟に至ったようだった。だいぶ訓練もしたのだろう。


 「あの魔核は、エイディスの鳥の瞳ですか?」


 「そうらしい。エイディスに片方渡されたまま、返しそびれていた」


 「そう言えば、彼はどうしたのです?」


 「月神は我々二人を竜の元へ送り、彼には別の頼みがあると留まらせた。それが何かは聞いていないから判らない」


 「そうですか……」


 静音は考え込むように首をかしげた。


 「月神は、今回かかわるつもりはないと思っていましたが違うのですかね」


 「え、そうなの」


 学者は驚いたように静音を見た。


 「何も聞いていらっしゃらない?」


 「手を貸してほしいと言われただけだよ」


 完全な傍観者でいるつもりもないわけだ。


 静音は取り敢えずは見えない所へ押しやっていた感情がゆらりと腹の底にわき上がるのを感じた。


 「怒っちゃだめだよセラ」


 不意に宥めるように学者が言った。


 視線を上げると、学者は少し困ったように眉を寄せていた。


 「我々は神様の掌の上だ。逆らっても無駄、というか、腹を立てる事さえ彼らの計算のうちかもしれない」


 そう言われて、静音は深呼吸した。


 「そう、ですね。我々は所詮人間ですものね」


 静音の言に、学者は目を見開いたが、首をかしげた静音に笑って見せてそれ以上何も言わなかった。




 ばちん、と硬く弾ける音がしてドームの方へ目を向ける。


 ついにガイキの剣によって、闇竜の半身が爆ぜた。


 凍りついた血肉がかけらとなってはじけ飛ぶ。


気が付いたら半月更新が止まっていました。申し訳ないです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ