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月影映る・海  作者: 林伯林
103/143

102



 ぴしりと王の身体の中心に黒い線が走る。




 咆哮を上げ続ける王の口の真ん中にも。




 ずるりと桃の皮が剥けるように人であった表皮が分かれ、中から青白い魔獣が現れた。




 ぐんぐんと身体を膨張させ、旅の途中で見た火魔獣に似た形態になる。




 王の周囲にいた者たちは今度こそ恐れおののいて王から遠ざかった。



 

 魔獣に変じた王はその巨体で一歩を踏み出す。謁見の間の内装が崩れ落ちる。




 開け放たれたままの扉の向こうから悲鳴が聞こえてきた。




 シャンデリアが落ち、静音達の頭上で一度障壁にはねられて魔獣との間にずり落ちぐしゃりと砕けた。


 魔獣はそれを踏みしだいた。




 「部屋が狭いか」



 男が呟く。


 

 「城が潰れるかしらね」



 静音が答える。


 別段それで構わない、という程度に、静音は王にも城にも無関心だった。


 男もそれが大したことであるとも思っていなかった。




 「あの……」




 声をかけたのは公爵令嬢だった。


 「城が潰れるのはあんまりでは。何か手はございませんの?」


 「城には務めている人間も多々ございますし、避難する間だけでも」


 公爵夫人も言い添えた。


 ふむ、と男は考え込み、窓の外を見やった。


 「ではこうするか」


 男がひらりと手を振ると、空気圧のようなものが横殴りに魔獣を叩いた。


 室内の人間は一斉に強風にあおられた気がして目を閉じた。


 再び目を開いた時には、窓があった方の壁が丸ごとなくなって、四角い開口部が出来ていた。


 「まあ」


 謁見の間の外部に面した壁側は城の奥に向いていた。


 城の奥は深い森で、そちら側へ都市を広げる事は避けるように触れを出している。天然の城壁である。


 勿論石の城壁はその手前に分厚く高く築かれている。





 が、今、外の風景には森どころか、木の一本も見えず、ただ、灰色の空間が広がっていた。





 風圧で叩きだされた魔獣はその灰色の空間に倒れ伏していたが、よろよろと立ち上がるのが見えた。


 男が瞬時に空間を操作し、場を拡張したのだと悟り、王の側近たちは戦慄した。


 これほどまでの力の持ち主に、一体、何をどうして抗えると言うのか。





 「順に行こうか」





 魔獣から立ち上る炎と殺気を見て、男は振り返った。


 進み出たのは冬の精霊の隣に立つ、銀竜の化身。




 灰色の空間へ入ると、魔獣は間髪入れずに襲い掛かってくる。

 銀竜は人の姿のまま、それをひょいひょいと避けると、掌から静音の杖の竜が出したと同じ炎の塊を魔獣へ向かって幾つも投げつけた。


 魔獣はその炎を食らうたび、呻き、叫び、狂乱する様を見せる。




 その一つ一つが、アルトナミ王家が過去作り上げてきた闇魔術による怨嗟であった。




 一つ一つが、過去の所業に対する反動であり、時空に溜まった澱であり、歪であった。




 魔獣は一つ一つを身体に取り込み、そして、変容していく。




 青白かった炎は黒く染まり、鳥に似た姿に変じ、最後には竜に似た姿となった。





 黒い黒い、光を全て呑みこむ影のような竜。





 「見事な闇の生き物だ」





 楽しげに呟いたのは、王へ怨嗟の炎を投げつけていた男。


 王の側近たちはあまりな事に言葉を失い、ただ見ている事しか出来ずにいた。




 闇の竜と変化した王は既に苦悶も浮かべず咆哮する事もなく。



 ただ、深淵のような黒い影としてそこにあった。




 「アルケ・アルトナミ。そこに、いるか」




 闇の頭部に二つの目が開いた。


 仄暗く光る赤い色。



 

 「聞こえているか、見えているか。そなたが築いた国は栄華の絶頂で崩壊した。大陸の半分を道連れにして。満足か?」




 銀色の佳人は一つ呼吸した。


 そして見る間に銀の鱗の竜に変じた。




 見守っていた人間達は息をのむ。




 「それとも半分では不足だったか?」




 闇竜は赤い瞳に殺気をみなぎらせ、大口を開けると一足飛びに銀竜の喉元に食らいついてきた。




 銀竜はその牙を素早く避け、爪で迎え撃った。




 二体の竜は灰色の空間を目にもとまらぬスピードで移動しながら絡み合うように牙と爪を交えはじめた。





 「大元を呼び出すためとはいえ、わざわざ強化してから対戦するなんてね」


 それを眺めながらのんびりと静音は言うと、男が肩をすくめた。


 「そうせねばそもそも戦う意味もない」


 「あの弱々しい王ともども、王家を皆殺しにしてしまえばよかっただけでは?」


 「現状の王家を絶えさせた所で、無かったことにはならぬよ。先ほどそなたも同じような事を申したではないか」


 「ああ……」


 そう、結果が消滅しても、過程が無かったことにはならない。


 「そなたがぎょくの隷属を跳ね返した反動でそもそも王は弱り切っていた。「あれ」の媒介とするのに持つのかどうか冷や冷やしたが、アルケの血は強靭だった」


 何代も経って、血縁同士の婚姻はあったとしても、相当薄くなっているのではと思うのだが。


 「アルケの執念というべきか」


 男は溜息のように言った。




 がきんと硬い物がかみ合う音がして、闇竜の牙が空を食む。


 間一髪でそれをかわした銀竜があざ笑うように空に舞う。


 闇の翼が羽ばたきその後を追う。


 銀竜は更に高く舞い上がる。




 「あれも執念なのかしら」


 執拗に銀竜の喉を狙う闇竜に静音は首をかしげる。


 旅の最後の竜「飛来する嵐」は雷撃を放ってきたが、闇竜は牙と爪の攻撃が主だった。


 魔法は使えないのか……と思った時、闇竜の全身から黒い炎が噴き出した。


 それを待っていたかのように、銀竜は青白い炎でそれに対した。


 二色の炎はぶつかり合い、轟音を立てた。


 


 「それほどまでに壊したいという事?私でさえそこまでではないわよ」


 静音の言に苦い顔をしたのは冬の精霊。


 「あれのやりようは破滅願望ででもあるかのようだ」


 「何故また……」


 「それは本人に直接確認せねばわからぬ事ではあるが」


 ふむ、と静音は考え込む。


 アルケはその最初から、他者を信じることをせず、力で支配し、力で奪った。


 精霊も国も人の心も。


 勿論、幼少の頃からそうだったわけではないのだろうが、正史に刻まれた最初の頃には既にそのようであったのだ。


 「よっぽどひどい目にあったのかしらね。まあ、それなら仕方ない面もあるのかもしれないわ」


 アルデシオンは二、三度瞬いた。


 静音は肩をすくめた。


 「世界を一つ壊したい程の恨み。ないわけではないと思うわよ」


 「それは、中に住む数多の生命をすべて滅ぼす重みと引き換えてもいい程の事なのでしょうか」


 精霊の代わりに声を発したのは、レイメ、公爵夫人だった。


 静音はやはり肩をすくめる。


 「構わないからそうしているんだと思うわ」


 この奥方とて、その力のせいで両親を殺され、自由を奪われ、望まぬ男の子さえ産まされた。精霊空間へ心を逃さなければ、今まで生きていられたかどうかさえ疑わしい。


 恨みの感情を知っている筈。


 「それでも、この世を滅ぼそうとまでは……」


 「では、あなたはとても強いのだわ」


 静音の言に驚いたような顔をする。


 「私は、何も出来ない無力な人間です」


 しかし静音は首を振った。


 「いえ、あなたは運もあったのでしょうけど、強かに「生き残った」のよ。強くないわけがないわ」


 生き物として強い。それはもしかしたら静音以上かもしれない。


 ちらりと玉座方向へ目を向ける。


 そちらには、王の側近や大臣や近衛騎士たちが固まっていた。


 謁見の間から出ようにも、扉側は、静音達がいる上、結界に包まれて蓋をしている状態の為、扉が開かれ出口がそこに見えているのにもかかわらず辿り着く術がなく、玉座の裏や隣室へ続く隠し扉もどういうわけか何かに塗り固められでもしたかのように開かない。


 扉の外からは近衛騎士が必死に剣をふるっている様子が見えるが、彼らの刃が目に見えない結界を突破する様子もない。


 逃れる術もなく、閉じ込められている事にそうして気づいたのだった。


 青い顔をしている大臣の一人がレイメの夫だった。


 下町から年端もいかぬ娘を攫い、抗議してきたその親を殺し、成人まで待ったとは言え、親子ほども年の違うその娘を無理やり妻とした。


 先見の能力を独占する為結婚という形態をとったが、それがなければ屋敷に閉じ込めるだけで、子をなせば殺して終わりだったかもしれない。


 じっと静音に見つめられて、男は青い顔をしかめた。


 尊大で厳めしい顔をした男だった。


 旅の前に謁見の間で見た顔でもあった。


 謀ばかりがうまい男。


 静音は興味を失って視線を逸らした。


 「そなた……」


 だが男の方はそうではなかったらしく、声を発した。


 静音は視線を戻す。


 「妻と娘を呼び出したのは何故だ」


 「役割があるのだよ」


 答えたのは学者の形をした男だった。


 「そなたが攫って無理やり妻とした娘は、今のアルトナミでは滅多におらぬ精霊の愛し子で、まずは「見届ける」義務がある」


 その言葉にスカートをつまみ、レイメは静かに頭を下げた。


 「古の約束事なのだ」


 男の言葉に公爵はますます顔をしかめた。


 「本来はそなたのような俗物と接点があるような娘ではなかったのだがな」


 ため息交じりに吐きだす男を公爵は睨む。


 「言わばそなたは、我々から愛し子を奪ったのだが、睨むところを見るとその自覚は無いのだな」 


 「下町から拾い上げて教育を受けさせ、磨いてやったのは私だ。私の妻にしてやり、何不自由ない生活をさせてやっている。私の元でそれを享受している以上それは私のもので、苦情を言われる筋合いもない」


 公爵の物言いに、男は答えずレイメを見やった。


 レイメは肩をすくめた。


 「私ははっきりと「親と一緒にいたい」「あなたと結婚などしたくない」と言いました。来なければ家族がどうなるか判らないぞと脅しつけられ、仕方なく大人しく言う事をききました。結局、両親はその後すぐ殺されていた事を知ったのはだいぶ後になってからでした」


 じっと公爵を見つめる。


 意志のこもった澄んだ瞳で。


 「それを知った時、お腹には子供がいました。あなたはそれが目的だったのだろうから、産み終えたら屋敷を出るつもりでいたのですが、生まれた子が問題でした」


 レイメは隣に立つ娘を見る。


 娘は黙って母を見つめ返した。


 面差しは母によく似ていた。


 「この子は「私の子」であって、あなたの子ではありません」


 公爵は不可解な顔をした。


 レイメはゆっくりと娘の頬を撫でた。


 「判りませんか?この子にあなたの因子は一つもないのです」


 するりと頬から手を放す。


 娘は久方ぶりに母の手に触れられて、懐かしい思いにとらわれた。


 そう、幼い頃はこうして、母のしなやかな手で髪や頬を撫でられたものだった。


 「精霊たちが私を哀れに思ってそうしたのです。あなたの思惑は外れた事になるのでしょうが、あなたの因子の代わりを精霊が力で補ったために光魔法を発現し、結局は精霊たちの思いやりは逆効果になってしまったようでしたが」 


 ふう、と息をつく。


 「この子の強すぎる光魔法は、幼い身体を損なう危険性があり、本人が魔力をうまく調節できるようになるまでは私が傍にいる必要がありました。私自身に大した魔力はなくとも、精霊たちがそれを補助してくれたのです。制御する術をあの屋敷で、あなたや侍女たちの目を盗んで教え込みました。それも精霊たちが協力してくれました。あなたは知りもしなかったでしょうが」


 きらきらと、レイメの指先が光っていた。


 それが精霊なのだろうか、と公爵は目を眇める。


 己の因子がどうのと聞かされても、公爵は大した問題とは思わない。ショックもない。実感が無いせいもあるが、戸籍上己の娘であることに変わりない以上、己の磨くまま、最上の宝石のように育った利用価値のあるただの駒だ。


 「この子の力のある部分は制限をかけて殺しています。あなたの教育の通りに育った子には不要で危険なものだったからです」


 それを察したようにレイメは告げた。この男に何を言っても無駄と諦めたように。


 指先の光は指から離れ、そよ風に舞うようにふわふわとアルデシオンの周囲を戯れるように周り、渡り人の目の前で止まった。


 渡り人はその光を見て、何事か囁いた。


 光は急に勢いづいて、くるくると小さな竜巻のように回転し、渡り人の肩にいる竜の身体へ飛び込んだ。


 火の粉が散るようにぱっと弾け、竜は形を崩して炎のぎょくとなった。 

 

 元の水晶球とは違い、中の炎に呼応するように火の粉がぱちぱちと弾け、衛星のように水晶の周囲を回っている。


 「歌に歌われた娘達」


 渡り人は言った。


 「あなたの妻と娘は、古歌に歌われた娘達だ。人の世を救うように月神に一心に祈った」


 ぱちぱち弾ける火の粉をまとった球を掴み、渡り人は謁見の間の隣に開けた灰色の空間で絡み合い、噛みあっている竜たちの戦いへ目を向けた。


 「此度も歌うか、それは彼女たちに任されている。また、それを月神が聞き届けるかどうか月神次第」 


練りすぎて別物になりそうになったので、この辺で一話上げます。

切りどころも判らなかった……

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