表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月影映る・海  作者: 林伯林
101/143

100


 氷の花園の真ん中にぽつんと建つ神殿の前にアルトナミ王国シラサギ伯爵家の紋章を控えめにつけたいささか周囲とは異質な馬車が停まっていた。


 二頭の馬は世話する者もなく待たされている間、特に不満を見せる事もなく、氷の花をぱくりぱくりと気まぐれに食んでいた。心なしか満足げに見えた。


 不意に馬は顔を上げた。


 神殿の扉が開かれた。



 神殿から出てきたのは、まずは神殿の主である全身が真っ白な氷の化身であるがごときアルデシオン。

 次に、同じく真っ白ではあるが、瞳の色だけが紫水晶である竜の化身。

 続くのは、アルトナミ王国筆頭公爵家の夫人と娘。

 最後に「役割は随伴」と言うシラサギ伯爵家の息子と、完璧なまでに気配を消してつき従っていた御者を務める男。


 前者四人は車内の座席へ乗り込み、シラサギ伯の息子は御者席、己の護衛の隣に座った。


 「あら、そちらでよろしいの?」


 エスコートだけして車内へ乗ってこず、扉を閉めて御者席へ行ってしまった男に公爵夫人が尋ねる。


 「ええ、申し訳ないですがこちらの方が気楽ですので」


 オブラートに包むこともせず正直に言う男に竜が笑った。


 「威圧しているつもりはないのだが、済まぬな」


 「いえ、そもそもどこに座ればいいのか判断もつきませんし」


 確かに、母娘の横も竜と精霊の横も座していいのかどうか判断に困る。

 なるほど、と竜は頷いた。


 「済まぬな」


 もう一度詫びると男は笑って「お気になさらず」と答えた。


 「では出します」


 中に声をかけて、御者は馬を促した。


 氷の花園の中、どちらへ向かって馬車を走らせるべきなのか、御者も馬も判っているようだった。


  

***



 王子が破壊された神殿跡に浮かぶ魔法陣の調査から早々に戻ってきた。


 長らく行方不明だった塔の変人学者と高名な剣士を連れて。


 二人は王への謁見を願い出ており、王子から緊急性と事の次第の報告を受け、王はその日の予定を全て脇へ置いて謁見の場を整えた。




 学者は王に対して臣下の礼を取ったが、剣士はその後ろに控えて立つ。


 剣士ガイキは王にさえ礼を取る事をせずに済む許しを得ていた。その昔、王都へなだれこもうとした魔獣の群れを門外で一人で倒しつくした時から。


 「報告は受けておる。面を上げよ」


 学者へ告げたのは宰相。


 「魔法陣の向こうへ行って、何を見てきた」


 学者は顔を上げた。


 いつも人をからかうような眼差しをしているが、今回はそれはなく、冷ややかな視線を王へ向けた。


 「見てきたものは、竜と門と渡り人です。竜と門は封印されていましたが、竜の封印は渡り人が解きました。門の封印は竜が解くことを保留にし、渡り人は関心を失くしてそのままです」


 「門の向こうには何があるのだ。封印を解く必要があるのか」


 「私には判りません。竜は自らを封じてそこにいたようですので、不本意なようでした。渡り人に八つ当たりしていましたよ」


 「八つ当たり……」


 宰相は絶句した。

 そもそも、竜の存在は、この魔物や魔獣が湧く世界でも別格であり、滅多に人前に現れず、世界を滅ぼすと言われる力も相まって殆どおとぎ話に近いと思われていた。

 その出来に、どう動くべきか判断がついていないのだった。


 「渡り人が竜の封印を解いたのは何故なのだ」


 「それも私には判りません。話をする必要があったと言っていましたが」


 「何の話だ?」


 「我々があの空間へ辿り着いた時にはその話は終わっていましたし、彼らが口外する様子もありませんでした。我々が無理やり尋ねるような事ではありませんし、そうする力もありませんし」


 学者は唇に皮肉な笑みを浮かべた。


 「伝言があるという事だったが」


 学者がその笑みを浮かべると、話が明後日の方角へ飛んで行ってしまう可能性があるため、宰相は軌道修正のつもりでそもそもの用件を切り出した。


 学者は頷いた。


 「国王陛下にお尋ね申し上げる。古の呪われた術を行使し続けた反動をその身に受ける覚悟はおありか」


 「なんだと……」


 謁見の間にいたのは王と宰相と大臣たちに加えて近衛騎士たちだったが、全員が色めきたった。


 「不敬であるぞ」


 近衛騎士が声を荒げたが、学者は肩をすくめた。


 「私は渡り人の伝言を申し上げただけです。

  「為したことに対する責任はとらねばならぬ」と」


 「何をするつもりなのだ……?」


 「私は伝言をお伝えしに来ただけですので」


 にこにこしながら学者は無邪気に繰り返した。



 「今、我の世に返ると、そう言うのか」



 王の声はきしむようだった。


 「運が悪いとでも仰せでしょうか。ご自身に罪が無いとお思いであれば理不尽なことでしょうね」


 学者の言に王は顔をしかめる。


 「歴代の王が同じことをしてきたのだ。我にだけ報復がなされるのは納得がいかぬ」


 「墓を掘り返して全ての王に償いをさせるべきだと?」


 「それが公平というものであろう」


 「過去、術を受けてきた者たちもそう言うでしょうね」


 笑顔のまま、学者は王の言を肯定した。

 王は片眉をぴくりとひきつらせた。


 学者は腰のバッグから小さな水晶玉を取り出した。


 見る間に学者の掌の上で、青白く発光しだす。


 「この水晶玉の中には、過去王家の術にさらされた者たちの思いが詰まっております。恨みが凝っているとも言えますが、時間も数も数百どころか千を超え、万を超え、熟成されて、これで一つの呪いのようでございますね」


 すっとそれを前へ差し出すと、王のわきに控えた側近たちが思わずといったふうに後ずさり、左右へ避けた。


 「そのようなものを何故持ち込んだ」


 宰相が青い顔をして問う。声も若干震えていた。


 「本来なら竜がこれらすべてを受け取って自らとともに封じ、眠りにつく筈だったのですが、渡り人が目覚めさせましたのでね」


 「何故そのような余計な事を」


 「竜はこれ以上恨みを受け入れる事は放棄したからですよ」


 「どういうことだ」


 王が戸惑うような顔をした。


 「古の竜は、アルケ・アルトナミと一つの契約を交わした。闇精霊を媒介にして。魂縛の恨みを一手に引き受け、それらすべてをこちらへ封じ」


 水晶玉を持った手を軽く持ち上げる。


 「限界まで達すると、竜はそれを自らとともに封じて眠りにつく」


 青白い光は時折うっすらを赤を混ぜ、いかずちのような色になった。

 目を凝らすと、玉の表面は細かく震え、輪郭を宙に滲ませていた。

 実体は玉などではなく、何かが凝り固まって球をなしているのではと想像させた。


 「竜一頭で間に合わなければ、他に竜を用意すればよい、とアルケ・アルトナミは安易に考えたのか、一頭が眠りにつくと、時空を曲げて、「封じられていない」竜を呼び出す仕掛けを考えました」


 球体の周囲にじりじりと光があふれ、波打ちだす。


 「竜はアルケの闇精霊ウ・ルフィネラと特別な結びつきがありました。それがため、アルケの意図を正確に理解し、あらがいようもなく、受け入れざるを得なかった」


 王家に対する負の感情を極限まで蓄積した水晶玉とともに眠る「仕掛け」の一部となる事を。


 「それなくば、王家はこれほど長くは持たなかった事でしょう。ですが、竜がその代償に求めたものは、平穏です」


 竜の求める平穏は、国が乱れぬ事ではなく、魔力が乱れることなく地を巡り、世界を安定のままに保つこと。


 「魔力暴走は、王家が先導したようなものでした」


 「そんな、一万年も前の話を……」


 宰相が呻くように言ったが、学者はそれを聞いて笑う。


 「年月で無効を言うなら、この契約はそのもっと前に交わされたものですよ。当然、無効で良いという事ですよね」


 言われてぐっと黙り込んだ。

 余計な抗弁は不利になると悟ったのか。


 「ま、竜はぎりぎりまで見守る心積もりはあったようなのです。闇精霊との絆はとても深かったようですし、その闇精霊が愛した世界の事でしたからね」


 その闇精霊が弱って最終的には肉体を捨てて王の元を去っても。


 「ですがここ千年で数回、召喚が行われましたね。こちらの理の外にある者を招いた。それが、時空を曲げたアルケの術で歪んでいた理を更に歪ませた。その結果、アルケとの契約は緩み、竜は我に返った」


 周囲で何が起こり、何が行われているのかを真の意味で漸く理解した。


 学者は冷ややかな笑みを上座の王へ向ける。


 ウ・ルフィネラは確かにアルケの魔力に惹かれて近づきはしたが、その後は余程魔力の波長の合った王にこれ幸いと魂縛の術で捉えられていたに過ぎない。

 証拠にウ・ルフィネラの名づけは行われていない。真に精霊が望んだ名づけでなければ成立しないし王もその必要を感じなかったのだろう。

 ウ・ルフィネラの名は闇精霊が前の主から得た名だった。

 受肉させたのも容易に逃げられないためで、真に妻にと望んだためではなかった。


 「つい先だって召喚の成った渡り人がございますね。彼女の召喚が最後の歯止めを壊したのです。浄化の旅の仕組みも彼女によって壊されました。図らずも終端を迎える役割を果たした事になります」


 ゆらり、と水晶玉のまとう光は液体のように波打ち揺れた。


 その時、謁見の間の扉が音もなく開かれた。


 最初に気が付いたのは学者と剣士で、二人が後ろを振り返ると上座の王たちも視線を向けた。



 開かれた扉の向こうに、女性が二人とその後ろにこの世の者とは思われぬ美貌と雰囲気をまとった背の高い人物が二人。どちらも髪の色から衣服まで真っ白で雪をまとっているかのように寒々しい気配の持ち主だった。一人の瞳の色は紫水晶で、そこだけが唯一色味を帯びていた。


 手前の二人は、いや、その片方は、その場にいる者たちも良く知る人物だった。


 神殿で、強大な治癒魔法を持つが故に聖女とも言われていた公爵家の娘。


 先だっての火魔獣の襲来により、自失状態に追い込まれて伏せっているとの情報だったが。



 娘ともう一人の女はゆっくりと優雅に淑女の礼を取った。



 「そなたら、何故ここに……」



 声を出したのは、側近として傍にいた大臣であり、筆頭公爵家当主であり、娘の父である男。



 「お呼びによりまかり越しました」


 答えたのは娘の隣の緑の瞳が印象的な若い女だった。公爵の娘と同年代かとも思えたが。


 「レイメ」


 公爵の威圧のこもった声に周囲は、では、あれが噂に聞く先見のできる後妻かと一瞬ざわめく。


 「そなたらなど誰も呼んではおらぬ。どうやってここまで参った」


 怒声を寸前で堪えているような声で公爵は叱責するが、レイメと呼ばれた妻は一向構う風でもなく、玉座の前に立つ学者へ目を向けた。


 「お待たせしてしまいましたか?」


 学者は微笑む。


 「いえ。良い按配でしたよ」


 答えと同時に、水晶玉はついに球の形を崩して小さな青白く炎を帯びる竜となった。


 「アディトリウス!そなた勝手にあれらを呼び寄せたのか!いや、その前にそれは一体どういうことだ!」


 公爵の声に学者は笑って小さな竜を停まらせた手を差し出す。


 「可愛いじゃないですか。恨みの凝った呪いの玉が変じたとは思えないでしょう」


 小さな竜は公爵へ向かって翼を広げ、羽ばたいて見せた。


 そして学者の手からふわりと離れると広間の中空をゆるりと円を描いて飛び、慄きながらも目を離せないでいる王一同の上を通り過ぎて学者の背後に立っているガイキの肩へ降りた。


 「居場所はそこかい?」


 学者が尋ねると竜は瞳を光らせ、小さく炎を吐いた。

 炎は青白く渦を巻き、天井近くまで浮かび上がるとそこで止まった。


 

 「アルケ・アルトナミの罪はその恩恵を受け続けてきた王家が償わねばならぬ。これは理である」



 そして竜は声を上げた。

 けっして大きな声ではなかったが、魔力を帯び、稲妻のように広間に響き渡った。

 

 


話数が三桁になってしまいました。

こんなに続く予定ではなかったんですが……

もう少しお付き合いください。


暑さで体調崩し気味です。月一検査もあまり良い数値ではなく、溶けだしそうです。

皆さま方もくれぐれもご自愛ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ