09
「あら」
浜辺の結界の中へ帰ってくると、テーブルの傍の椅子にルーが座っていた。
「来てたの。夜はメンテナンスではなかったの?」
ローブを脱いでぽいと収納空間へ投げ込む。
この島で暑苦しい恰好はしたくなかった。
「維持槽に入っている時間は一時間程度でいい。異常がない限り」
「異常あった?」
「なかった」
「そう。良かった」
昼間の攻撃でどこかに異常が出ている可能性もあったのだ。
「私が十全でないとあなたに何か不都合があるのか?」
「ないけど……」
不思議そうに問うてくる魔導人形に何と答えたものかと言葉に詰まる。
「折角知り合ったのだし、健康な方がいいでしょ?」
「そういうものか?」
「そういうものよ」
静音は微笑んだ。
「あなたの使命はキシュキナの警備と保全。それ以外はないのでしょ?」
「そうだ」
「なら私はあなたを信用できる」
ルーの前の椅子に座り、静音は茶を入れ始めた。
「この世界に来て、初めて信用できる存在に出会えたわ」
ミントとレモングラスに似たハーブが混ぜられた茶は南の海辺にふさわしい香りと味だった。
静音はルーの分も用意した。
「私に人間と同じ飲み物は必要ないと言ったはずだが」
「いいじゃないの。前に置いておくだけでも、一緒にお茶している気になるのよ」
ふふと笑って静音は答えた。
「私は一人でいるのが好きな人間だけど、たまに友人とお茶を飲むくらいはしていたのよ」
「友人?私は魔導人形だ」
「この世界にいる限り、私はもう人間を信用できないわ」
静音は静かに言った。
学者とガイキは多少信用できるかもしれないが、それでもこの世界の人間である。
完全に信用する気にはなれなかった。
「こうやって来てくれる以上、あなただって私の事を「要注意人物」としてのみ扱っているわけでもないのでしょう?」
魔導人形は口を開きかけて止まった。
本当に人間くさい、と静音は思う。
「私は、あなたに、興味がある、のだ」
ルーはぎこちなく言葉を発した。
「私の、人工頭脳、には、そういった「余白」を持たせてある」
言葉にするのがもどかしいのかルーは眉をひそめた。
「だが、こういった、「意味のない」行動をするのは初めて、だ」
首を振ると、青銀の髪がさらりさらりと音を立てて肩から落ちた。
何もかもが完璧に美しく、静音は眩暈を覚えた。
一体この失われた国は、何を考えていたのだろう。
「あなたの容姿って誰かをモデルにしているの?」
「いや。私の容姿は新ラインの標準として当時のデザイナーが考えた。特にモデルはないと聞いている」
「そう。じゃあその人が理想の全てを詰め込んだのかしら」
静音は溜息をついてルーを見つめた。
「私は容姿より、人工知能の「余白」に困惑している」
ルーは本当に困惑しているようだった。
静音は笑った。
「自分でなぜそうしてしまうのか判らない、すごく人間っぽいわね」
「そうなのか?」
「そういうこともあるわね」
一万年も人間を見なかったのなら、それに興味を覚えても仕方ないのではないかと静音は思うが、人形であるルーにはそれが理解できないのだろう。
「まあでも私に興味があるなら、好きなだけ観察するといいわ」
「いいのか?」
「気にしないわ。私も好き勝手動くし。お互いがお互いを邪魔しないようにすればいいだけでしょ」
「そうか」
「私、もう寝るわね」
静音はそう言って、立ち上がった。
「寝室までは招待しないわ」
「判っている。当然だ」
ふふと笑って静音はシェルターの中へ消えた。
魔導人形の前には茶器が残された。




