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王宮の噂

 結局、イレーネはその後、三日も寝込んでしまった。医者を呼ぶというリリーを止めてただ身体を休めた。医者に見てもらうなんて恥ずかしくて嫌だったのだ。リリーが心配するから彼女にも何も言わず誤魔化した。この事は誰も知らない様子で少し安堵したが、アランと会ったらどうしたら良いか分からなかった。自分自身かなり衝撃的な出来事だったが、その後、何も言ってこないところをみると彼にとっては何とも無い事だったのだろう。やはり間に合わせの手頃なものぐらいにしか思われていないかもしれない・・・


 後宮には魅力的で美しい女達が沢山いる。彼が花園と呼ぶのもわかるような気がした。アランはナイジェルに言ったように本当に沢山の花を愛でているのだ。その花々に比べると自分はかなり貧相な花だ。そう思うと悲しくなったが、あの日はアランを慰める事が出来て良かったと思っている。


 三日振りに仕事に戻ろうと王子の下へ向っていたところで、呼び止められた。先日、王子を亡くした妃の一人だ。彼女は王の叱責を受けて近々、後宮を追われる立場となっていた。王はナイジェルに暴言を吐いたように女を捨てない訳では無い。女達を次から次へと入れるが捨てるのも容赦無いのだ。ナイジェルが言ったように心が無く愛でているからだろう。昨日まで睦みあっていたものでも次の日に勘気に触れればあっさり捨てられる。今更ながらイレーネはアランが昔のナイジェルと同じく、誰も愛さない孤独な人だと実感するのだった。


 呼び止めた妃を見れば、子を失ったばかりとは思えない様な煌びやかな衣装を身に纏っていた。王を繋ぎ止めていた子供がいなくなったらどうでも良いとでも思っているのだろうか?それともまだ諦めず、王に媚を売りたいのか?彼女の評判は後宮の中では悪かった。

 その女は美しく紅をひいた唇を意地悪くゆがめてイレーネに囁いた。


「あなた、上手くやったわね?あの夜は私が陛下をお慰めしようと思っていましたのに・・・興味ないと言う顔をして上手く陛下の気を惹いたのでしょう?でも、いい気にならない方が良いわよ。あなた帝国では元皇后様だったそうね?皆知っているのよ。陛下は昔から向こうの皇帝陛下に敵対心をお持ちだったの。だから分かるでしょう?興味津々で同じく味見がしたかっただけ・・・だから向こうで捨てられたあなたに陛下も固執なさらないわ。ふふふっ、でも皇帝仕込みの閨技で陛下を繋ぎ止める腕をお持ちなら別ですけれどね。私はもう此処を去らなければならないけれど、あなたはまだレミー王子がいらっしゃるから大丈夫かしら?せいぜい気を付けることね」


 イレーネは血の気が引いて真っ青になった。一人知っているなら全部、後宮中に知れ渡っているだろう。皆には向こうで捨てられた女が此処で返り咲きを狙う卑しい女と思われているのだ。以前、自分が冗談でアランに言って怒らせた通りのように・・・しかも女の言った事はこれも前に彼がナイジェルを愚弄したような内容だ。アランは確かに言った。自分に閨教育をしろと・・・そんなこと自分が出来る筈も無い。


 だがイレーネは、はっとして更に青くなった。彼女は何と言ったか?レミーに気を付けろと言ったのだ。彼女の子が死んだのは池での事故だと聞いている。しかし度重なる死は呪いという不確かなものより意図的なものを感じた。流石に今回で周りも勘づいているのだろう。しかし肝心の王は呪いを信じている様子だった。刻印の子は誰よりも厳重に守られるから今まで隙が無かったのかもしれない。しかし油断は出来ない・・・自分の名誉よりも幼い王子が大事だった。イレーネは急ぎレミーのもとへと向った。


 三日振りに現れたイレーネに王子は直ぐに飛びついて来た。何時も面倒をみている乳母や侍女は微笑ましく見守った。レミーが良く懐いて本当の親子より仲が良いと思っている。以前何人か教育係りとなった者達が来たが、出会った時から懐いたのはイレーネだけだった。他の女達はアランが言っていたのは大げさでも無かった様子だったらしい。

 イレーネは優しく微笑みながら王子の頭を撫でた。アランとそっくりな髪だ。ふと微笑みが深くなる。

「レミー様。申し訳ございませんでした。お休み致しまして」

「大じょうぶ?お熱、でていたのでしょう?」


 心配する王子の言葉に誰かが反応した。誰かの影が揺れたのだ。イレーネはふと顔を上げると其処にはアランが立っていた。いつの間に来たのか?それとも其処に今までいたのだろうか?存在感のある彼が分からないぐらい自分は焦っていたのかもしれない。

 しかし目が合ったと思ったのに彼は視線を外した。


 アランは先程から其処にいた。イレーネが真っ青な顔をして現れたのを黙って見ていたのだ。彼女は一目散にレミーに駆け寄ったので自分には気が付いていない様子だった。イレーネが寝込んでいるとは聞いていた。ショックの余りに熱を出したのだろうか?それだけの事を自分がしたと自覚している。彼女を気遣うレミーに、思わず自分も大丈夫かと駆け寄りたかったのを堪えた。その原因を作ったのは自分だから言える訳もない。


 ブレスレットで隠しているようだったがレミーの頭を撫でる手にはあの夜の縛めの痕がチラチラ見えた。彼女の両手の自由を奪い犯した証拠だ。アランは胸に痛みを感じながらそれから目を逸らした。

 イレーネは彼が何を思っているのか分からなかった。だが明らかに以前は無かった壁を感じた。

「イレーネ?大じょうぶ?」

 イレーネははっとした。そっぽを向くアランを見つめていたのだ。慌てて視線をレミーに戻して微笑んだ。

「大丈夫でございますよ。では王子にはわたくしがいない間、何をされていたか教えて頂きましょうか?」

 レミーは瞳を輝かせて話だした。イレーネは何故か無言で二人を見守るアランの存在を肌で感じながら王子の話に集中したのだった。


 それから本当にアランの態度は目に見えて違っていた。声をかけるどころか目さえ合わせ無いのだ。流石にイレーネも落ち込んでしまった。期待する心は昔使いきってしまってそんな感情は湧いてこない。しかしこの切ない心はどうする事も出来なかった。ナイジェルを想って泣いた夜よりも辛いのだ。自分の気持ちを言う事も出来ない。きっと誤解されるに違い無いからだ。誰もが自然に思う誤解―――皇帝に捨てられた女が今度は王を狙っているというように。


 それに結局、自分はナイジェルに相手もされなかった妻だと彼は知っているのだ。つまらない女だと実感したのだろう。イレーネはツェツィーリアに嫉妬して醜い女になった事もある。そんな自分が許せなくて悲しくて何度後悔して何度泣いただろうか・・・・そして立ち直ったと思ったのにまた自分が嫌になっているのだ。


 イレーネは王子が他の事をしている間の待ち時間は刺繍をする。しかし大好きな刺繍も進まない。この糸はナイジェルの瞳の色だが、アランの怒った時の瞳の色でもある。いつも直ぐ怒る彼に腹を立てたが彼の瞳の色が変わる瞬間が好きだった。この糸を見ているとそれを思い出して胸が熱くなってしまう。刺しあがっている紫の花にそっと頬を寄せた。愛しい人を思い浮かべながら・・・・


 その様子を紫の瞳が見ていた。それは情念の炎を燻らせていたのだ。あの男は言った。


〝ただ一つでも大切な花を見つける事が出来たなら幾万の花々にも敵わない〟

 と―――聞いた時はそんなものは馬鹿が見る幻想だと思った。


そして言われた〝この喜びを知らないアラン殿のほうが気の毒だ〟

 とも・・・今なら分かる。その通りだと大きな声で言えるだろう。


 他の女達が面倒になって、全てが色あせて見え出したのはいつ頃だろうか?どんな花よりも彼女だけが鮮やかな花に感じだしたのはいつ頃だっただろうか?どんな女を抱いても虚しく、それなら一人が良いと自室で眠りだしたのはいつからだったのか・・・彼女の肌の温もりを知ってからは他の女に触れることも無くなった。未だに手に残る彼女の肌の温もりを汚したくなかったのだ。


 溺れるほどの情が溢れるアランは身を焼くような激情に焦がれていた。他の男を想い浮かべながら愛しげに紫の刺繍に頬を寄せるイレーネをただ見るしかなかった。そして震える手を見た。それはあの夜、彼女に触れた手だ。それを思い浮かべその手の平に口づけをする・・・・呪いからイレーネを守る為、彼女の代わりに何度そうしたか・・・・


 クロードは黙って王のする事を見ていたが、もう我慢の限界だった。実に彼らしく無いのだ。こんな彼に自分は心血を注いで尽くしている訳では無いと思った。都合良くアランが彼の執務室にふらりとやってきたのをきっかけに、とうとうその件を進言した。

「陛下、何をなさっているのですか?イレーネ殿をどうされるおつもりですか?噂はご存知でしょう?貴方が手をつけたと分かり、帝国で捨てられた皇后がこの国で王子に取り入って、王の気を惹いたがあっさり捨てられた――」


 クロードは淡々と言っていたが最後まで言えなかった。アランが怒号をあげたからだ。振向いた顔は目がつり上がり、髪の毛も逆立っているかのように見えた。


「何だと!誰がそんな事を言っている!言っている奴を一人残らず此処に連れて来い!舌を引き抜いて首を落としてやる!」


 王の狂ったように暴れていたあの日と変わらない様子に、クロードは流石に怯んでしまった。にじり寄る彼に一歩一歩と下がる。

「ご、ご存知なかったのですか?もう後宮どころか王宮中にその話が回っております」

 アランは紫色になった双眸を見開き愕然とした。

「イ、イレーネはその事を?」

「もちろんご存知だと思います。しかしあの方は誠に立派でございます。気にもされていないのでしょう。全く態度が変わらないのでございますから・・・」


 アランは違う!と言って机を両拳で叩いて首をふった。


「違う!そうじゃない!そう装っているだけだ!あれは平気な顔をして嘘をつく・・・傷付き易い心にいつも呪文をかけているようだった。大丈夫だ、自分は大丈夫だと・・・向こうにいる時もそうだった。平気な振りをして薄情な元夫の前に立っていた。だいたいあの男も何を考えているのか分からん!彼女を丁重に扱えば扱う程、周りから浮いているのに気がつきもしない!イレーネは皆が崇めるような立派な貴婦人の鎧で固めて自分を守っていた。だからそれに気が付いて守ってやらないといけないのに・・・約束したのに・・・くそっ!」

 アランは歯軋りをした。悔しさで噛んだ唇から血が滴っていた。

「そうです。陛下、貴方が彼女を傷付けているのです。貴方が動かれないのなら私が処理いたします。これ以上、王宮が混乱しても双方の益にはなりません。イレーネ殿を解任して帝国へ帰って頂きます」


 イレーネが帰る?あの人でなしの男の下へ?




<閑話> 静かな夜Ⅱ


 イレーネは溜息と共に昔を思い出した。ナイジェルを想って泣いた夜もこんなに静かな夜だったと・・・着飾って彼の正面で話しかけても、読んでいる本から視線をちらりとも上げてくれなかった冷たい夫。公式の場だけ触れてくるその手も冷たかった・・・

イレーネはふと微笑んだ。辛い昔とは違う今を思い出したからだ。

 

 あの日も―――


「イレーネ様、今日はどのドレスになさいますか?」

 リリーが髪を結い上げながら聞いてきた。それによって髪型も考えるからだろう。

「そうね・・先日、ツェツィーから送ってきてもらったのにしようかしら?」

「わぁー素敵です!帝国の最新流行ものですからね!」

「そうねツェツィーには感謝しなくてはね。ここのどの店に並ぶよりも早く送ってくれるものね」

 ツェツィーはイレーネがよく使っていた仕立て屋に作らせたドレスを時々送ってくれるのだ。それは着心地がいいのでイレーネはとても気に入っていた。そして空色のドレスに袖を通した。

「本当、ツェツィーは私の好みを良く知っているわ」

 イレーネが全体の姿を鏡に映す。


「リリー、少し髪型が派手じゃないかしら?」

「そんなことありませんよ!とってもお綺麗です!せっかくの新しいドレスなんですから思いっきりお洒落して下さいませ」

イレーネは眉をひそめた。

「お洒落って言っても見せる人はいないのですから・・・」

 続きの・・・着飾っても虚しい・・・という言葉は呑み込んだ。リリーだけでも嬉しそうな顔が見られて良かったと思うことにした。しかし・・・レミーがイレーネを見た途端、お行儀の良い朝の挨拶も忘れて飛んで来たのだ。


「イレーネ、イレーネ!きれい、きれい!おそらの色だね!わーいい!きれい」

 

 確かに新色でここまで綺麗な色目の生地は今まで無かった。それが綺麗だと言ってレミーは喜んでいるのだろうが、自分が綺麗だと言われているみたいでイレーネは少し恥ずかしかった。しかし・・・

「イレーネ、と~ってもにあっているね。イレーネきれいだね」

 イレーネは少し顔が赤くなってしまった。流石にあの女好きなアランの息子だけあると思ってしまった。血は争えないと言うのか・・・レミーは立派な女たらしになるかもしれない。

 そしてこの頃は、朝議の前に顔だけ出しに来るアランが現れた。


「へぇ~イレーネ、それ似合っているな!綺麗じゃないか」

「色が・・・でございますでしょう?新色ですから」

 イレーネは恥ずかしくて憎まれ口を言った。

「はぁー色だって?新色?女のドレスの色なんか一々どんなのか覚えていないさ!すぐ脱がせるだけだからな」

「へ、陛下!レミー様の前ですよ!」

 イレーネが真っ赤になって言った。アランはそれがもちろん狙いだった。

「はははっ、髪型も実にいい!なあレミー?」

「うん!すてき!」

「こ、これはリリーが派手に結ってしまって・・・直す時間が無かったから・・・」

 イレーネはしどろもどろと言い訳をした。それがまたアランは愉快だった。


「派手?そんな事ない。それが派手なら後宮にいる女達なんかキチガイだろうな!」

 通りの奥でどよめきが起きていた。

 ここは後宮―――開け放たれた部屋の中の様子を窺うものは沢山いるのだ。王がいれば尚更だった。アランの声は大きい・・・

「陛下、そのように言うものではございません。後宮の女性達は陛下に目を止めて頂いて、褒めて欲しいと思って装っているのですから・・・」

イレーネは過去を思い出して少し辛そうに言った。


「お前もそうだったのか?」


「え?」

アランの声が小さくて聞こえなかった。

「・・・・・・何でもない。まあ俺に褒められても張り合いが無いだろうがそれが、よく似合っているのは本当だ。なあレミー?」

 レミーもうんうんと頷いている。尚更、イレーネは恥ずかしくなった。後宮の女性達の方が遥かに美しく綺麗なのに、褒められるとどうしていいのか分からなくなるのだ。帝国でも自分の機嫌をとうろうとする者達が口先だけで言っていた。本当に褒めてもらいたいあの人からは言ってもらえなかった虚しさを思い出す・・・・・


「こ、これは帝国から送ってきてもらったものですから・・・め、珍しい色なので・・・」

 イレーネは何を言いたいのか自分でも分からなかったが、褒められる要素を探したかった。しかしアランが突然不機嫌になったのだ。

「帝国?まさかあいつからか?」

「あいつ?まさか皇帝陛下のことですか?」

 アランはむっとするだけで答えない。

「?・・・いいえこれは皇后ツェツィーリアからですわ。それが何か?」

「なんだ!そうか、そうか!ならいい!」

「陛下?・・・」

 

 今度は突然上機嫌になった。本当に訳の分からない人だとイレーネは思った。そして彼が去った後、後宮の女達の陰口は酷いものだった。帝国にコネがあっていいとか、わざわざ朝からお洒落して王の気を引いただとか散々だった。しかし彼女達から言わせればアランは今まで女達のドレスや髪型を褒めることが無かったらしい。イレーネはそれを聞くと何でもない事だと自分に言いながらも、心は浮き立っていた。それから何時も彼と幼い息子は初めて着るドレスだとか、髪型だとかが変われば直ぐに褒めたのだ。だから最近では鏡の前で心が浮き立っていた。


「イレーネ様、最近嬉しそうですね?」

「そう?」

「ええ、何となく分かります。それにお洒落を楽しまれてますでしょう?」

「え?・・・・・・そういえばそうね」

「わぁーやっぱり!私は嬉しいです!だってイレーネ様ったらお若いのにまるで世捨て人のようだったのですもの。あっ!す、すみません!」

「世捨て人?くすっ、本当にそうだったわね・・・」

 そう・・・今は静かな夜でも寂しくなかった。目覚めれば楽しい朝がやって来るのだから。

ふと、後宮のアランの妾や妃が住む棟を窓から見た。最初賑やかだったその場所は静まり返っている。時折甘い管弦の音が聞こえてくるだけだった。その場所にきっとアランがいるのだろう・・・皆で大騒ぎはしなくなったが自分の部屋で眠る事の無い王を慰める音・・・それが途切れた時に二人は睦みあう。イレーネの胸に、ちくりと刺すものがあった。


 だけど呪文を唱える。何でもないと・・・・・


 それでも何も聞こえない静かな夜に―――


「イレーネ様!お久し振りですね?」

「そうね。たまにはいいでしょう?月がとても綺麗だし・・・」

 イレーネは愛用の弦楽器を出した。イレーネの腕前は一級品だった。寂しい夜はよく弾いたものだ。しかし今は寂しいから弾くのでは無かった。聞いてもらいたいのだ・・・誰に?寝所で弾かせるぐらいだからアランが好きなにだろうとイレーネは思った。

 静かな夜・・・今日はこれを弾けない女性のところにでも行っているのだろう。それなら代わりに・・・・アランはきっと・・・彼は寂しがり屋なのだと思った。それなのに夜が煩い、と不満を言った自分の為に静かにしてくれているのだからそのお返しだ。と、イレーネは理由を付けた。

 静かな夜に弦の音が響いていた。リリーはそっと部屋から出て行ったのでイレーネは一人、伸びやかに爪弾く―――

 数曲奏でた後、ふぅーと息をつき手を休めた。


「もう、終りか?」

 イレーネは窓の外から突然聞こえてきた声に驚いた。急いで窓の下を見ればアランが壁に寄りかかってイレーネを見上げていた。

「陛下!何故ここに!」

 イレーネは窓から乗り出しながらそう言って、はっと自分の姿を思いだし中へ引っ込んだ。薄い夜着のままだった!慌てショールをはおり窓際へ。

「陛下?」

「ん?」

「何をなさっているのですか?」

「ん?管弦の音に誘われてな・・・もう終りか?」

「え?ええ、もうそろそろ寝ようかと・・・」

「そっか・・・じゃあ、またな・・・」

 もたれていた壁から身体を起こしたアランが立ち去ろうとした。

「あの、陛下・・・」

「ん?」

「こんな時間ですし・・・部屋には入っていただく訳にはいけませんが、陛下がお部屋でお休みになるまで弾いていましょう」

 

 アランがイレーネを見上げて嬉しそうに笑った。イレーネはどきりと胸が弾んだ。夜なのに真昼の太陽のように彼は笑う人・・・・・心がふわりと温かくなる。

「じゃあ、窓を開けて聞くとしよう。じゃあな、イレーネ・・・おやすみ」

「お休みなさいませ・・・陛下・・・」

 それから時々、二人だけの演奏会をした。部屋の中と外――

 静かな夜、管弦を弾くのは楽しい・・・聞いてくれる人がいるのだから・・・・・・


閑話ではこの「静かな夜Ⅱ」が一番好きです。特に窓の下でイレーネの爪弾く音を静かに聴くアランがとても好きなんです。

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