4、討伐隊
東京第7都立高校で起きた死神ゲジゲジ事件によって、3人の男子高校生の命が失われた。
事件の後、都立高校生らはグラウンドに集合した。
校長が事件の旨を話し、文化祭は中止、約2週間の臨時休校となることを全校生徒に伝えた。
警察官が見守る中、生徒らは暗い面持ちで帰宅の路についた。
太一は森内と共に帰宅の路を歩いた。
事件の後から、空は曇り空になり、いまは世界中が灰色に染まったかのように見えた。
「太一、これからどうする?」
「どうするって、帰るしかねえだろ」
「ゲーセン行くって気分じゃなくなったもんな」
「……帰るっていう気分でもねえけどな」
太一はそう言って、前方を見つめた。
町ゆく人々はいつもどおりの様子だったが、太一には灰色に見えた。
実際に死神ゲジゲジを目の当たりにした者たちはすべからく見える世界が変わってしまったことを自覚していた。
いつもの日常のようで、そこはすでに非日常。
ただし、彼らに恐怖心はなかった。
恐ろしいとか悲しいではなく、あらゆる感情が灰色に染まってしまったかのようだった。
悲しい時に涙という定石もまた変わってしまっていた。実際に、生徒たちに涙を流す者はいなかった。
太一の手には今でも死神ゲジゲジの感触が残っていた。
それは恐ろしさの対極にある優しさそのものの感触だった。
そのためか、死神ゲジゲジが恐ろしい存在には感じられなかった。
死神ゲジゲジを人類の敵とは認識できなかった。
「なあ、太一。なんで死神ゲジゲジはB型のやつしか狙わないんだと思う?」
「そんなことは死神ゲジゲジに聞けよ」
「例えば、動物って本能的に自分の食べられるものだけを捕食して食べるだろ。死神ゲジゲジもそういう感じなのかね?」
「そんな選別ができる生き物なんて聞いたこともねえぞ」
「マジで変な存在だよな。おれたちには全然襲い掛かってこないんだから」
森内は携帯電話を取り出していじり始めた。
「あれから1時間後に三重県に出たってよ、死神ゲジゲジ。東京に現れて、1時間後に三重って新幹線より速いぜ」
「三重では何人死んだんだ?」
「4人死んでるらしい。全員B型って確認されてる」
やはり、死神ゲジゲジは例外なくB形にしか攻撃を加えていなかった。
「なあ太一、やっぱ寄り道してこうぜ」
「ゲーセン行くのか?」
「図書館だよ。ゲジゲジについて調べてみようぜ」
森内は死神ゲジゲジのことを調べたがっていた。
彼は昔からこうしたものには興味津々になるタイプだった。
帰る気分ではなかったので、太一は森内に付き合うことにした。
◇◇◇
アメリカからはるばる特殊捜査官が来日した。
アンキモ・フレイボンドは元FBI幹部の一人で、殺し屋との関わりを暴露されて幹部職を解任され、その後は民間の怪しい組織を運営する身だった。
筋骨隆々の体つきに、サングラスに裏打ちされた厳めしい面構えは正義の味方というより、悪の組織のボスのようであった。
アンキモは警視庁総監の山田次郎吉と面会するために、とあるホテルを訪れた。
この面会は秘密裏に行われた。
「ジャパニーズはへたれか。ゲジゲジの一匹も退治できずにいるとはな」
アンキモはそう言って山田を見下すように笑った。
「正直、我々の手に負えないのです」
「公に外国の協力を仰ぐと国際案件で、他国にゲジゲジが飛び火する可能性があるからおれのようなまがい物をよこしたわけか」
「いえ、決してそういうわけでは。しかし、あなたの手腕は風の噂に聞いておりましたので」
「いいさ。2000万ドルもくれりゃ、メイドカフェのメイドでも何でもしてやるさ。だが、おれがやるからにはおれのやり方でやらせてもらうぜ」
「日本の法律は順守していただくことになります。むろん、武器の使用の一切は特例で認めることにしますが、民間人が巻き込まれない範囲でお願いします」
「なにびびってんだ。何も核兵器を使おうってわけじゃねえだろ」
今回、日本政府は死神ゲジゲジに対して、大規模な国際協力が行われたときに死神ゲジゲジの出現範囲が拡大することを恐れて、小規模に精鋭を集めていた。
死神ゲジゲジにはさまざまな陰謀がささやかれている。
1、アメリカ軍の生物兵器の実験説
2、宇宙からやってきた新生物説
3、中国軍の生物兵器実験説
いずれも決定打がないものの、死神ゲジゲジのような特別な存在が現れるとすれば、大きな組織が関わっている可能性が高い。
そこで、どの組織にも属さない裏の人間を雇おうという方策が取られたわけであった。
日本にはびこる暴力団組織「ブラッディエンジェル」などにも協力が要請されている。
高額な報酬を約束していることから、世界中の裏組織が黄金の国ジパングに集まっていた。
アンキモはアメリカを代表する裏組織として死神ゲジゲジ討伐隊に参加することになった。
しかし、アンキモが今回の討伐隊に参加することになった理由は報酬以外にもう1つある。
アンキモは自身の右腕のような存在である部下にこう言っていた。
「死神ゲジゲジ……うまく使えば最高の暗殺者になる。手懐けることができれば、アメリカ大統領の暗殺もわけない。おれが影の支配者になるんだ。くくくく」
アンキモは2000万ドルの報酬に加えて、死神ゲジゲジを自分のものにしようという魂胆を持っていた。
「やつはB型しか殺さないが、うまくすればそれ以外の連中を自由に殺せるかもしれない。そうなれば、このおれが死神だ。わははははは」
アンキモは死神ゲジゲジを機に、太陽より高い存在に上り詰めようとしていた。
◇◇◇
図書館を訪れた太一らはひとまずありったけの昆虫図鑑を開いた。
「ろくな情報がねえな」
「ゲジゲジってのは体裁で、まったく別の存在なんだろ」
太一はすでに図鑑鑑賞に飽きて、適当な漫画をぱらぱらとめくっていた。
「まあ、そうなんだろうな。アメリカ軍の兵器実験っていう情報が出回ってるみたいだしな」
「そんなの陰謀論だろ?」
「陰謀論の9割は真実って言うだろ。だとしたら、つくづく日本はアメリカのポチなんだなって思うよな。原爆実験、農薬実験、遺伝子組み換え食品実験、バブル崩壊、次はゲジゲジかよ。戦後日本はやられたい放題だな」
「だとして、なんでB型だけなんだ?」
「日本はA型が多いからじゃね? あと、血液型と言えば、A型は几帳面、B型は卑怯者、O型は責任感の強いリーダーとか言われてるな」
「だったら、まるで当たってねえな」
太一は自分の血液型がまったくそうした型に当てはまっていないことを自覚していた。
「おれは責任感強いだろ?」
「本人だけだな、その自覚は」
太一は森内の自信をそう切り捨てた。
「なんだよ、太一。A型みたいなネガティブなことばっか言いやがって」
「血液型と性格なんて関係ねえんだよ」
「でも、病気のかかりやすさには相関があるらしいぜ」
森内は図鑑に加えて、血液型の本を持ってきていた。
「いくつかの感染症では、O型はかかりにくく、A型はかかりやすい。だから、A型は感染症対策のために几帳面になったという説があるらしい」
「だからなんだって話だがな。ゲジゲジと関係あるのか?」
「そうだな……B型は天才肌のやつが少なくないという説もあるな。そういうのを未然に摘み取るためなのかもしれんな」
「血液型で成功者が決まるほど単純な世界じゃないだろ」
「まあな。だとしたらさっぱりわからん。死神ゲジゲジは何を目的にB型を殺して回っているのか」
森内は考えるのをやめた。
およそ、死神ゲジゲジは人間の思いつく理由では動いていなかった。