11、死の痕
駿はゲジゲジを連れて河原にやってきた。
学校から帰宅した後に、河原を散歩するのが日課になっていた。
駿は心臓の難病を抱えているから、一人で出かけるのを家族は心配していたが、その心配をよそに駿は健康な状態に近づいていた。
過保護にするよりいいということで、駿はこのころ自立した生活を送るようになった。
こうして長い距離を歩いてもまったく問題なかった。
駿は草原に腰かけると、虫かごを開いた。
「しばらくあっちのほうを散策してきなよ」
虫かごからゲジゲジを解放すると、もそもそと草原を動きだした。
ゲジゲジは駿にとても懐いていて、こうして解放しても30分後にはひとりでに駿のところへ戻って来た。
「何かいいものは見つかった?」
駿が戻って来たゲジゲジに尋ねると、ゲジゲジは何かを答えるようにその場をぐるぐると回った。
言葉は通じていないはずだが、二人の間には会話が成立しているようだった。
「そうか、もう冬が近いのかな」
駿はそうつぶやいた。ゲジゲジからテレパシーでも受け取っているかのようだった。
しばらくして、空が曇り始めた。
先ほどまで快晴だったが、天気が急変した。
「降るかもしれないな」
駿は空を見上げた。ここのところ、急な雷雨が続いていたが、今日もその流れが続いていた。
「戻ろうか」
駿が戻り支度を始めたとき、どこかから大きな笑い声が聞こえて来た。
ちょうど、数人の少年グループが橋を渡って来るところだった。
彼らは橋を渡ろうとする車が来ているのに、道の真ん中をふてぶてしく歩いていた。
運転手がクラクションを鳴らすと、不良の一人が車を蹴り上げた。
「うるせー、ぶっ殺すぞ」
少年たちは自分たちの違法行為を気にせず、気の弱そうなドライバーを脅した。
「おい、見ろよ」
不良グループの一人が橋の下を覗き込んだ。
「あいつ、あんなところでうろついてやがるぞ」
不良グループは橋の下をとぼとぼと歩く駿を見つけた。
橋を渡る車よりさらに良いおもちゃを見つけたかのように、不良グループは笑みを浮かべた。
「おら、お前、待てや!」
不良少年の一人が駿に向けて大きな声をあげた。
グループ一斉に土手道を下り降りて、駿に迫った。
「おい、てめえ! 勝手に人の領土に侵入してんじゃねえぞ。ここはおれの土地だろが」
不良少年はむちゃくちゃなことを言って駿の胸倉をつかみ上げた。
「ご、ごめんなさい」
「ごめんで済んだら自衛隊はいらねえんだよ」
不良少年はむちゃくちゃなことを言って駿を殴り飛ばした。
駿の体は地面に転がり、虫かごも手からこぼれ落ちた。
「てめえ、調子に乗ってんじゃねえぞ。おれの領土で勝手に息しやがって。呼吸税持ってこいや」
不良少年は駿を足で踏みにじった。
ただ弱者をいじめることが愉悦の彼らにとって、無抵抗な駿は格好な遊具だった。
しかし、そんな不良少年に何者かが攻撃を加えた。
突如、不良少年が悲鳴を上げた。
「いてえ、いてえよ! 背中になんかいる!」
不良少年が突然、背中をまさぐり始めた。
だが、少年の手はなかなか襲撃者を捉えることができなかった。
その間に、襲撃者は不良を何度も攻撃した。
しばらく襲撃者の攻勢に、不良グループがうろたえる形になった。
不良少年の一人が冷静に襲撃者を見つけ出し、それを地面にはたき落した。
襲撃者は地面に落ちた。
「うわ、ゲジゲジだ。すげえでけえぞ!」
不良少年たちもたまげる大きなゲジゲジが襲撃者の正体だった。
しかし、こうなればゲジゲジもただの害虫。
襲撃された不良少年の反撃のターンが回って来た。
「よくもやってくれたな。ぶっ殺してやる」
不良少年は背中の痛みを憎悪の念に変え、力強く足を踏み上げた。
不良少年の足の影がゲジゲジの上に落ちた。
不良少年は足を踏み下ろした。
大きな圧力が地面の一点に加わった。
何かが砕け散る音がした。
駿はただ転がったままその光景を見ていた。
不良少年が再び足を上げると、そこにはバラバラに砕け散った虫の残骸が残った。
「ふん」
それから不良少年はもう一度駿のほうをにらみつけた。
駿は無表情にただ地面の一点を見ていた。
遠くで雷音が鳴った。
ゲジゲジの襲撃、天候の変化もあってか、不良少年たちの気分も下がっていた。
「おい、降りそうだぜ。早いとこ戻ろうぜ」
「ったく、マジいてえよ」
不良少年は背中を気にしながらも、駿から目を切った。
そして何事もなかったかのように大きな笑い声をあげながら、町の中に消えて行った。
残った駿はその場で震えていた。
駿はいま立ち上がれない状態にあった。体に力が入らない。呼吸が難しい状態だった。
それでも、駿はほふく前進して、ゲジゲジの亡骸のもとにたどり着いた。
駿はあたりにあった草を引きちぎって、パラパラとゲジゲジの亡骸の上に振りかけた。
駿はゲジゲジの死を悲しむのではなく、その魂を安らぎをもたらさんと笑みを浮かべた。
「大丈夫……これで君は完全な存在になることができるよ」
駿はそう声をかけたところで力尽きたように体の力を抜いた。
最後に一言つぶやいた。
「僕も完全な存在になれるかな……」
完全とはなにか……そんなことを考えるだけの意識はすでになかった。




