↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/40

第三十八話:ヤスヒロさん。

 イタリアまで来たのには理由がある。

 この場所はヤスヒロさんが目撃された最初の国で、わたしが初めて転移者を見た、「大きなトカゲの動画」の舞台となった場所でもある。


 きっかけは、わたしのわがままだった。


「ヤスヒロさんの事を、もっと知りたい」


 と、わたしは椿に願った。

 すると椿は深く私に尋ねず、「それなら調べよう」と、転移者を倒すがてら、この国までわたしを連れてきたのだ。


 海外旅行は初めてだったわたしだが、椿が海外に行くと決めたその日にパスポートが発行されて、周到にも往復のチケットまで準備されていた。

 異常事態に慣れていたわたしだったが、さすがにこれは声をあげて驚かざるを得なかった。

 パスポートを開くと、そこには撮影した覚えもない写真が貼り付けられている。

 一体全体、どうやってこのパスポートを準備したのだろうか。


「で、なんでシチリア島に来たの?」

「ただの観光だよ」


 椿はナポリに向かう飛行機で、そう言った。


「せっかく来たんだし、回っておきたいでしょ」

「まあ、夏休みだしね。そうかも知れないけど……」


 確かに来た理由も分かってないし、特に急いでいる訳でもない。

 夏の思い出を作るためであれば、これぐらいの旅程で良いのだろうが――。

 

「そういえば、ヤスヒロについて葛木響からは教えてもらったの?」


 葛木響。

 これが、宝珠さんの本当の名前……だそうだ。

 椿は最初から宝珠さんの名前を知っていたが、わざと漏らさなかったらしい。

 エージェント同士のお約束だと、椿は言っていた。


「宝珠さんはデカ太郎から全部"見せてもらっていた"らしいけど、わたしに教えてくれなかった」

「そうなんだ、意外とケチだね。どうして?」

「わたし達が旅行に行くの、すごく嫌がってたから」


 それを聞いた椿は、笑顔でVサインを作った。


「デカ太郎って、あのヤスヒロが操ってた人間だよね」

「うん。もともと人間だったんだよね、その人」

「ガリレオ・クチノッタ」

「え?」

「彼の名前。事前に調べておいたよ」


 椿のウインクと共に、わたしはこの旅の意味を、薄々感づいてしまった。


◆◆◆◆◆


 ナポリは風光明媚な街で、ヤスヒロさんがしばらく滞在したという話も納得ができた。

 風景は色とりどりで賑々しい。それでいて紀元前からの歴史も、建物という形であちらこちらに残っている。


「彼みたいに海外に飛ばされた転移者も居た。けれど彼はここを気に入って、しばらく滞在し続けたそうだよ。あの事件があるまでは」


 ――あの事件。

 椿が言うには、動画で見たトカゲの暴走の事らしい。


 わたし達は電車に乗り、数駅の区間を移動した。

 一度駅に入ってしまうと、東京都変わらないような街並みだ。

 さらに数駅も乗り継ぐと、今度はわたし達の町と変わらないような、よく言えば長閑な街並みが広がっていた。


「なんか全然普通だね、この辺」

「観光地じゃない方が、彼が住んでいたって思えるよ」


 駅から20分ほど歩くと、わたし達は公園の入り口に辿り着いた。


「この自然公園で、ヤスヒロが働いてたんだって」

「あれ? 全然ニートじゃないんじゃ、それなら」

「まあ日本に帰国してからは働いてないみたいだから」


 椿と中に入ると、そこはほとんど山の中だった。

 地図を見ても道は数えるほどしかない。それ以外は木々と平原だ。


 椿は辺りを歩いていた職員らしき中年の女性に声をかける。

 イタリア語で話しているから何を言っているのか分からないけど、ヤスヒロの事のようだ。

 五分ほど話すと、椿が戻ってきた。話相手の職員は、どういう訳か肩を落としていた。


「うん、ちょっと歩こうか」


 わたし達は木々の間に作られた道を、少しずつ登っていく。

 横たわった木で段差を作っているのを見ると、ここが日本なのかイタリアなのか分からなくなってくる。


「見える? 野鳥とか」

「え? どこ?」


 椿は森の中を指さすが、全く見当たらない。


「今度はトカゲだ」

「え! トカゲ?」


 わたし達の足元を、カサカサと一匹のトカゲが歩いて行った。


「こういう動物達を見つけて、保護してたんだって」

「ヤスヒロさんが?」

「うん。動物、好きだったんだろうね」


 少し道を進んでいくと、わたしたちは開けた場所に出た。そこでは何匹か馬が放し飼いになっており、一面にしきつめられた草をむしゃむしゃと食べながら、辺りをウロウロとしていた。

 その中に一匹、足腰が震えている。きっと年老いているのだろう。


「さっきの人にも聞いたんだけど……一年ぐらい前にある男が来て、動物を殺して回ったんだって」

「え……」

「ガリレオ・クチノッタという職員は、夜にこの公園を見張っていた。ここは保護区だから、夜も監視員も置いていたみたい。で、その男を止めようとしたけど、斬りつけられてしまった。その男が持っていた斧でね」


 椿は老いた牝馬に近寄り、自分の肌を嗅がせた。

 よく知らなかったけど、あれは馬を落ち着かせるための行動なのだろう。

 近づいたときは少し警戒心を覚えていた牝馬だったが、すぐにリラックスをしたらしく、椿が首を振れることも、嫌がりはしなかった。

 

「この子は難を逃れたようだけど……少なくない動物が、餌食になって、それで――ヤスヒロの眷属となった」

「眷属?」

「ヤスヒロの能力は、死んだ動物を仲間にするってものだったんだ。彼らを生き返らせて、願いを叶える。それが、庵原靖弘……もとい、フラン・イベラチオが王である所以だ」


 ヤスヒロさんは動物を、友を殺した男を憎んだ。

 そして追った。死んだ動物を眷属に変え、その力をもって、男を探した。


「ヤスヒロが最初から男を殺すつもりだったのかは分からないけど……男は踏みつぶされたよ。巨大なトカゲによってね」


 それが、市街地に現れた巨大なトカゲの正体。わたしが見た動画なのか。


「あの動画、合成みたいだよね。ナポリの市街地なんて作り物っぽい場所が背景だから、誰もあれをフェイクムービーだと思い込んでたし、イタリア政府も非公式に同様の回答をしたって」


 わたしはまさにそう思った。椿は、その話を聞いたりしてたのだろうか。


「さっきのおばさんと、今の話をしてたの?」

「うん。あのおばさんも本物だって思ってなかったよ」


 現地の人すら信じないのだ、ましてわたし達が信じるはずもない。


「そういえば、さっきのおばさん、どうして悲しい顔をしてたの?」

「ああ、日本人が来るなんて珍しいって言うから、ぼく達がここに来た理由を話したんだ。ヤスヒロが亡くなったから、彼が昔働いてた場所を見に来た――って」

「それ……言わなくても良かったんじゃないの?」

「……ああ、そっか。つい、そう言っちゃった」


 そんな話をしていると、さきほどのおばさんがファイルを抱えてこちらに駆け寄ってきた。

 椿は驚いた表情を浮かべ、彼女と喋り始め、そして深々とお辞儀した。

 おばさんは涙ぐみながら、わたし達の肩をポンポンと叩き、そしてまた元の道を戻って行く。

 わたし達の手元には、何かのファイルが残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。