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第十八話:敵は、炎の使い手。

 わたしと宝珠さんは巨人の怪物を見上げていた。


「桐本さん。この子の名前、何にしましょうか」

「……名前、ですか?」


 質問の内容があまりにも突拍子なくて、わたしは面食らってしまった。


「えーと、デカ太郎とかで良いんじゃないですかね。デカいし」

「……桐本さん。貴方、猫とか犬とか飼ったことありますか?」

「いえ、特には」

「もし猫を飼うならなんて名前にします?」

「そうですねぇー。ネコ太郎とか、あと見た目に合わせて、トラ太郎とかクロ太郎とか」

「なるほど。そういうセンスの方なのですね」


 そう認定する宝珠さんの顔は例によって冷ややかだった。


「ですが貴方の命名です。この子はこれからデカ太郎としますね。よろしく。デカ太郎」

「ア゛ァ……アァ……」


 デカ太郎は呻いている。

 宝珠さんに返事をしている――のだろうか。


「どうして、わたしを神社に呼んだんですか? この化け物を見せたかっただけですか?」

「勿論それだけではありません。ヤスヒロの情報を教えてあげようと思ったんです。デカ太郎を使って」

「デカ太郎を使って?」

「ええ。そのために、この地に浮したままの魂の断片を接着し、私の同胞にしてあげようと思ったのです」


 そう言うと、宝珠さんはデカ太郎に立て膝をつかせ、その額に手を当てる。

 宝珠さんの掌から、光が漏れ出るのが見えた。

 神秘的な光だ。あれも、陰陽術の力なのだろうか。


「貴方は――そうですか。転移者の一人、なのですね」


 転移者……確かに宝珠さんはそう言った。

 どうやら宝珠さんは記憶を読んでいるらしい。うんうんと頷きながら、わたしに向けて彼の過去を声に出し続けていた。


「なるほど。貴方は無能であるが故に転移者仲間から蔑まれ、ヤスヒロの手によって醜き怪物へとその身を窶した」

「ア゛ァ……ア゛ァ」


 宝珠さんの呟きを耳にした後だと、デカ太郎の呻き声は、彼の慟哭のようにも聞こえる。


「災難でしたね。我が世を謳歌していた最中、現世に転移しただけでも気の毒だと言うのに、哀れな怪物にさせられてしまって」


 そう言うと、彼女はカバンから、幾重もの細長い紙が挟まれた木の棒を取り出した。

 あれは――神社のお祓いで見るやつだ。御幣って言うんだっけ。


「ならば、私が祓ってあげましょう。生に、未練を残さぬよう」

「その必要はありませんよ」

「!? グヌ……ウグァァァッ!!!」


 突然、見知らぬ女性の声がした。

 それと同時に、デカ太郎は叫び、瞬く間に――燃え尽きてしまう。


「彼は既に用済みです。魂を呼び戻されたばかりか、記憶を容易く透視されてしまうような無能には消えてもらいました」


 セーラー服姿の少女が、こちらに歩いてくる。

 口調こそ慇懃だが、宝珠さんとはまるで雰囲気が違う。

 暗くてよく見えないが……その口元は、邪悪な笑みによって彩られている。


「驚きました。陰陽師にそれほどの術法が使えるとは――ク、ク、ク。面白い」


 一歩一歩こちらに歩み寄るにつれ、徐々に彼女の顔が輪郭を帯びてくる。

 赤みがかった髪を三編みに前に流しており、その胸はやたらと大きい。

 その瞳は釣り上がった赤眼。今にもこちらに手を出そうなほど、鋭敏な視線でこちらを睨みつけている。

 その手には――ライターが握られていた。


「やれやれ。椿と言い、異能者には炎を愛する方が多いですね」


 宝珠さんは御幣をカバンに戻すと、一瞬でブレザーの右の袖から御札を取り出す。


「所詮貴方はヤスヒロの補佐官でしょう、ノブコ」

「――!」


 その言葉に、一瞬セーラー服の少女がたじろぐ。


「ノブコの名前、もう探ってしまいましたか――だとすれば、尚の事、ここで死んでもらうしかなさそうですねぇ!!」


 そう言うと、ノブコはライターを付けた。


 そして、わたしたちの周りを、炎が囲む。


「ふむ、なるほど。見る限り貴方の能力は火を自在に操るもの。己の能力で火を増幅し、私達を囲んで見せたわけですか」

「それが分かったから何だって言うんですか!!」


 刹那、宝珠さんはお札の一枚を中空に飛ばした。


「出番です、ゆきんこ。この愚者に氷の墓標を贈りましょう」


 すると、そのお札は人型に変わる。

 白髪の、愛らしい女の子だ。エスキモーのようなモコモコとした防寒着を着ている。


「分かった、ご主人!」


 ゆきんこと呼ばれた少女は、両手を前に突き出す。


「えーい、凍っちゃえっ!」


 その瞬間、辺りの温度が急に下がったのが分かった。

 同時に、わたしは宝珠さんに袖を引っ張られる。

 そのままわたしは、宝珠さんの胸元に抱きかかえられた。


「私達の周囲に結界を張りました。これで凍える心配はありません」


 よく見れば、わたし達の周りにはギリギリ視認できるほどの薄い膜が張られていた。

 これが結界か。


 宝珠さんは左手を前に差し出す。

 すると突如として猛吹雪が辺りを襲った。


「極寒の零度であらゆる物は即座に凍てつく――木々には申し訳有りませんが、やむを得ないでしょう。立脇信子(たてわきのぶこ)……五行の一つ、火のみを用いて私に挑もうとは、あまりに無謀でしたね」


 そう呟くと、宝珠さんは結界を解く。

 そして私は息を呑んだ。


 辺り一面は氷を纏い、冬でも見られないような世界が広がっている。

 銀世界ではない。氷漬けになった、透明な景色だ。


 ノブコと呼ばれた少女もまた、氷に覆われていた。


「ご存知ですか? 氷に包まれた人間は、仮死状態になどなりません。すぐに身体を維持できず、その身を滅ぼしてしまう」


 宝珠さんはノブコに歩み寄る。


「息巻いた割には呆気ない最後です。転移者が聞いて呆れる――」


 そして、氷を割ろうと手を上げた瞬間、


「――! ゆきんこ、桐本さんに氷の壁を!」

「うんっ!」


 驚きの声を上げる暇もなかった。氷と炎が私の周囲で同時に発生し、水となって地面に流れてゆく。


「ク、ク、ク、ク………」


 どこからか聞こえる笑い声と共に、少女の氷が、徐々に溶けていく――。


「ノブコを甘く見ましたね、宝珠和愛ィ……。そんな簡単に、死にませんよぉ!!」


 ノブコは、両手を宝珠さんの首に回す。


「宝珠さん!」

「ご主人っ!!」

「さあ、全員死んでもらいましょう。私の名前を、覚えてしまった以上はァ!」


 絶対絶命の危機だった。

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