97.迷い込んだ場所
サチ・アマサワは、漢字で書くと天沢沙知となります。
投稿遅れました。申し訳ありません。
ウルクスで出会った異国の剣士、サチ・アマサワを旅仲間に加え、3人パーティーになったイルゼ達は3ヶ月後に迫る国王陛下の依頼をこなす為、スガビス大陸行きの船が出る港町ウェスフィリデへと向かっていた。
「のうイルゼ。本当にこっちの道であっておるのか? なんじゃか草木が生い茂ってきおったぞ」
「大丈夫。近道してるだけだから」
港町までの経路はもう覚えたから大丈夫と渡された地図と、今自分達が歩いている道を照らし合わせて心配になったリリスは鼻歌を歌いながら前をずんずん歩く銀髪の少女に声を掛けた。
「それならいいんじゃが……わぷっ!」
前をよく見ていなかったリリスは小枝に気付かず、正面からアタックしてしまい、葉っぱが目に当たって、「くうっ〜」と涙目になる。
能天気な天才イルゼとは違い、リリスはポンコツだが一国を背負う魔の国の王であった。
彼女は民を束ねるものとして、常日頃からしっかりとした行動を取らねばならぬと考えていた。
しかし魔王時代はそれが空回りする事も多く、部下には多大な迷惑をかけていたのだが……つまるところ彼女の根は真面目なのである。
「うむぅ〜……」
よく読めもしない地図を斜めにしてみたり、逆さにしてみたりして、角度を変えて凝視していたリリスは足元の石に気付かず、躓き、転倒しかける。
「あ」
もちろんかなり前を歩くイルゼが間に合うはずもなく、そのままビタンとおでこから地面に着地する筈だった。
「リリス殿っ!」
「ぬぁっ!?」
ぐいっと引っ張られたかと思うと、ふわっとした感触に襲われる。サチの柔らかい胸にキャッチされたのだ。その自分ほどではないものの、そこそこ膨らみのある胸にリリスは安堵感を覚えた。
「サチ、助かったぞ……」
「怪我はないでござるか? 歩く時はよそ見をしない事が大事ですぞ」
「ぬぅ、ぐうの音もでぬわ。ところでサチ、お主地図は読めるのか」
「旅をする者故、多少の心得はあるでござる。しかし最近は心沸き立つ方に足が自然と向かってしまうでござるな」
「ふむ、剣士というものはみなそうなのか? イルゼもそうじゃが、強い者に惹かれるというかなんというか……」
自分が魔王であった頃は確かに強かった。だからこそイルゼは自分を好いてくれている――と一時期は思っていた。
(監視の役目、又は余と再び事を構える事。ただそれだけの理由で余の傍にいるのではないかと考えた事もあったが、実際の所そんな事は全くなかった。イルゼは素直な子じゃ。傍に居たいと心から思っておるから隣にいてくれる。彼女は魔王ではなく、余の事を見てくれているのじゃ)
リリス自身は何も強い者と戦う事は嫌いではないが、好きでもなかった。なので根っからの剣士であるイルゼやサチの『強者と戦いたい』という感覚はどうにも理解できない。
それ故、いつかはイルゼに捨てられてしまうのではないかとも考えた。丁度ランドラでビルクに誘拐された時だ。
(彼女にはあの時二つの選択肢があった筈じゃ。一つは余をオメガの使徒から救い出す選択。もう一つは余が魔王の力を取り戻してから、今度こそ完璧に滅ぼす選択が……)
――それをしていたら彼女は役目から解放されて自由になっていた。
それでもイルゼは前者を選んだ。
そしてその選択をした時のイルゼの心境をリリスは知らない。
だけど壁を壊し、魔王へと復活する間際だった自分を助けにきたイルゼの想いは確かに彼女へ伝わった。
本心から自分の事を助けにきたのだと。
「その辺はあまり難しく考えなくていいでござるよ。剣士というものは動物で例えると猫のようなものでござるから」
「ねこ……気まぐれ……イルゼに白い猫耳を付けたら絶対可愛いのう」
艶かしい視線を前を歩くイルゼへと向ける。
自分に向けられた好奇な視線に気付いたイルゼが、身震いして遠慮がちに振り返る。
「――!? いま、なんか後ろから変な気を感じた……」
「ん? どうしたんじゃイルゼ?」
そこにいたのは普段と変わらぬ少女の姿。いつもと違うのは隣にサチがいる事と妙にニマニマしている事だけだ。
「な、なんでもない。たぶん、気のせい……?」
無理矢理自分を納得させ、再び歩き出すイルゼに、リリスは内心ビクビクだった。
(ぬあーっ今のは危なかった。イルゼは視線に敏感という事を忘れておった。いつもより頬が緩んでなかったじゃろうか? イルゼにこんな事を思っている事がバレたら、意固地な所があるあやつは絶対に猫耳なんて付けてくれん。どうせ余が付ける事になってしまう。ここはチャンスを待つんじゃ)
いつか絶対に猫耳を付けさせてやると固く決意したリリスであったが、そのいつかは案外すぐやって来る事になるのを彼女は知らない。
「今いるのはここでござるね。進路としては間違ってないでござるよ」
リリスから地図を受け取ったサチは、地図の読めないポンコツ魔王に今いる場所を教える。
確かに正道から外れてはいるが、二人の目から見ても近道に間違いは無さそうだった。
一安心したリリスは異空間から食べ物を取り出して、もぐもぐと食べ始める。
こんな細い見た目なのにかなり大食いな彼女だが、それを隠さずオープンにしている所が人々の好感度を上げていた。
たとえ初対面の相手でも自分が作った料理を美味しそうに頬張り、おかわりまでしてくれる様は料理人の心を鷲掴みにする。
それに加え、三人ともかなりの美少女であるが為、行く先々のお店で彼女達は店主から厚いもてなしを受けた。
いつの時代も美少女は優遇されるものなのだ。
「ねぇ、二人とも。なんか建物が見えてきた」
先を歩くイルゼが立ち止まり、後ろを歩く二人に呼びかける。
小走りで二人が駆け寄ると、イルゼの言う通り大人数が収容できそうな建物が現れた。
「ぬあっ! 随分と大きな建物じゃな。それにどこか余の作った物置小屋を彷彿とさせるのう」
「こんな建物、地図にはなかった」
「どうやら古びた教会……いえ孤児院でござろうか?」
地図には記されていないそこそこ大きな建造物が、イルゼ達の前方には立っていた。
森を突っ切ってきたため、確実な事は言えないが地図にそれらしい建物は見当たらない。
「あれって、洗濯物?」
建物の庭とおもしき場所には、竹で作られた物干し竿に数人分の衣類が掛けられていた。
「それに作物も育てられているようでござるな」
「とりあえず行ってみようではないか! どの道日も暮れる。まずは泊めてもらえるかどうか聞いてみよう。野宿するよりはマシの筈じゃ」
どこか気の進まない二人を置いて、リリスは一歩足を進めた。するとチリン、と鈴の音が鳴った。
「ん? これは……」
ロープのような物に鈴の音が付けられており、人や獣が来た時に分かるようになっているものだった。
「リリス、罠っ!!」
イルゼが叫び、サチが小刀を抜くと同時に、石礫が彼女達を襲った。
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