74. チョコレート作り そして出来栄え
「あーイルゼ、それではチョコの風味が抜けてしまう。チョコレート作りの基本は、最初が肝心なのじゃ。特に湯煎が上手くできても、体温で温まってしまったら本末転倒だからのう」
「むぅ、難しい」
イルゼは額に伝う汗を二の腕で拭う。
偉そうに物を言っているのがリリス。その横で、手に汗を握らせているのがイルゼだ。
今日は泊まっている宿の厨房を借りて、花柄エプロン姿の二人が、お菓子作りに励んでいた。
お揃いで買ったピンクのエプロンが、よく似合っている。
エプロンの後ろは、キュッと可愛らしくリボン結びで結ばれており、ぶきっちょなイルゼの代わりに、リリスが結んでやったものだ。
「イルゼは、剣以外の才能が本当にないのう〜」
「そんな事ない。私、普通の人より頭いい」
「そうか……脳に、胸の養分まで吸い取られてしまっておるのか――かわいそうなイルゼ」
これみよがしに、チラチラと胸を見せつけてくるリリスの頭をイルゼは軽くこづいた。
「あいたっ!」
「そんな事はいいから、早く作り方教えて! それともやっぱり作れないの?」
「そんな事ないわ! 魔王はなんでも出来るのじゃぞ! チョコレート作りなど朝飯前なのじゃ!!」
「ふーん……」
今日はイルゼの大好きなお菓子の一つ、チョコレートを手作りする事になっている。
「ほれ、つべこべ言わずに手を動かせ」
「むぅ……納得いかない」
そこで、そこそこ料理が得意だという、料理プロ(自称)の教えを受けて、イルゼは今、ボウルの中に入ったチョコレートをかき混ぜていた。
すでに、湯煎する時点で何度も失敗をしている。
なのでとても真剣だ。
普段は大雑把な二人であるが、ことこれにかけては真面目に取り組んでいた。
自分の好きな物には、いくらか関心が湧くようだ。
「夕方には帰ってくるって言ってたよね?」
「そう言っておったのう」
朝早くに、「身体を清めてくるでござる」と言って、早くから出て行ってしまったサチの分も含め、厨房を貸してくれた人達へのお礼も込めて、イルゼ達は数十人分のチョコレートを作っている。
だが始めてから数十分、失敗続きだった。
これ以上失敗すれば、材料をまた買い足さなければいけない。
(私は出来る子。料理だって、お菓子作りだって出来る……筈。せっかくリリスに教えて貰ってるのに、作れなかったら申し訳ない)
(余の教え方が悪いから、イルゼが上手く出来ないのかもしれん。余は人に何かを教えるのが、どうやら下手なようじゃ……思い返してみれば、魔王として部下の教育をしていた時も、上手く魔術を教えられた事がなかった。あれは部下が悪いのでなく、余のせいじゃったのか)
リリスの指示を受けて、きびきび動くイルゼの顔やエプロンには、かき混ぜている最中に飛んできたチョコレートが付着していた。
(む、イルゼの口元にチョコがついておるのう……)
(あ、リリスのほっぺに、私が飛ばしたチョコがついてる)
((だったら――))
二人は偶然、同じことを考えていた。
「のう、イルゼ」
「ねえ、リリス」
「「顔にチョコレートがついてるよ」ぞ」
言うが早いか、リリスが先にイルゼの口元に手を伸ばし、口元のチョコを指で拭う。
そして、そのチョコをパクリと食べた。
「うむ、美味しいのう」
先手を取られたとばかりに、イルゼが頬を膨らませる。少々顔も赤かった。
「私も――」
イルゼも負けじと、リリスの耳あたりに手を伸ばし、リリスを両手で固定すると――。
「――なひゃっ!?」
ペロリとリリスのほっぺを舐めた。
暴れるリリスの頭をしっかりホールドしながら、ペロペロと舐めていく。
「イルゼやめんかっ!!」
「ん。リリス喜んでる? なんか抵抗が弱くなってきた」
「違う! これは疲れてきただけじゃ!!」
「そうなの?」
イルゼは構わず、ペロリと舐めた。
「なひゃぁぁぁぁー!?」
イルゼは一通りリリスのほっぺを綺麗にすると、耳のすぐそばで、甘い吐息をかける。
「耳も舐めてあげようか?」
魅惑的な声が、リリスの耳に囁かれる。思わず身をよじらせてしまうほど、こそばゆかった。
「し……」
「し?」
「し、しつこいぞ、イルゼ! ほれ、ここまでが一通りの工程じゃ。後はお主の力だけでやるといい」
リリスはそれだけ伝えると、ぷいっとそっぽを向いてしまう。やりすぎてしまったとイルゼは平謝りする。
「ん。リリス怒らないで冗談だから。二人で半分ずつ作るんだよね?」
「なっ、冗談!? ……そうじゃ半分ずつじゃ。じゃがイルゼ、お主は罰で、余の分も少し多くやってもらおう」
「ん。分かった、任せて!」
リリスの分のチョコを受け取る際、リリスの手をとると、「リリスのほっぺとチョコ美味しかったよ」と可愛らしく笑ってみせた。
「……それは反則じゃろうて」
◇◆◇◆◇
「あの、こんなに沢山の手作りチョコもらっていいんですか?」
「うん。他の従業員にも渡しといて。厨房を貸してくれたお礼。もう、冒険者ギルドにも届けてきたから」
イルゼはチョコレートを乗せたトレイをグイッと女性に押し付ける。
結局、あれから何度も失敗を重ねた為、材料を買い足す事になり、予定よりも多く作る事になってしまった。
女性は遠慮がちに、イルゼからトレイを受け取る。
渡されたチョコレートを見て、困っているようにも見受けられた。
「問題。どっちがどっちのチョコか分かる?」
人の良さそうな、銀縁メガネの彼女の目の前には、チョコレートが2種類、トレイの左と右に分けられていた。
一つはボロボロの形の崩れたチョコレート。
もう一つは、形の整った綺麗なハート型のチョコレート。鼻腔に漂う香りも、ほのかに甘く、とても食欲をそそられる出来栄えだ。
もう一方の形の崩れたチョコレートは、匂いだけは完全にチョコレートだ。
彼女は選択を迫られていた。
どちらか一方がイルゼのチョコで、どちらか一方がリリスのチョコである。
「今のところ、みんな間違えずに当ててる」
(…………どうしよう、まったく分からない。私以外の皆さん、どうやって見抜いたんですか?)
普通に考えれば、自信ありげのイルゼの方が綺麗なチョコレートであるのだが……チラッとリリスの方を見ると、今にも泣き出しそうな目でこちらを見ていた。
「リリスの事は気にしないで、自分の直感で答えて欲しい」
タイミングよく声を掛ける。まるで女性の心の内を読んだかのようだ。
「えっと、綺麗な方がイルゼさんで、そうじゃない方がリリスさんですか?」
その答えを聞くと、イルゼは満面の笑みを浮かべた。
「やっぱりみんなそう思ってくれる!! これで料理は私の方が上手い!」
「なぜじゃ、余は余は、イルゼに教えた通りに作ったのに、何故こうも違うのじゃー!!」
自分の作ったチョコレートの前で、おいおい泣くリリスに、イルゼが「ふふん」と腰に手を当てる。
「イルゼ殿ー、リリス殿ー。今帰ったでござる」
元気の良い、張りのある声が店内に響く。
「あ、サチも帰ってきた。サチー!」
「ぬぁー! もう勘弁してくれーー!!」
イルゼを必死で止めるリリスを見ながら、女性はリリスのチョコを一つ取り、控えめに一口食べる。
「…………」
間を空けて、もう一口食べた。そしてその勢いのまま、全てを食べ尽くす。
「え、美味しい。こんなに形がぐちゃぐちゃなのに……これなら、イルゼさんの方はどんなに――――うっ!?」
続いて形の綺麗な、イルゼの作ったチョコを食べた瞬間、彼女はお腹を押さえてどこかへ向かった。
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