73.寝相が悪い女の子
「そうだイルゼ、大会への手続きは僕がやっておこう」
「いえ、陛下のお手を煩わせるわけには……」
「初参加の人は、いっぱい書類を書くことになるけどいいの?」
「え」
その一言は、イルゼに劇的な変化をもたらした。
「よろしくお願いします」
書類を書く――その一言を聞いた瞬間、素直に頭を下げるイルゼに、アークは苦笑した。しかし悪い気はしなかった。
「分かった。リリス君以外のみんなは参加するみたいだから、その手続きもやっておくよ」
「ありがとうございます」
「かたじけないでござる」
参加組がアークと話をまとめ、観戦組のリリスとネリアはイルゼの話で意気投合し、二人で盛り上がっていた。
「イルゼは本当におっちょこちょいでな。まあそこが可愛い所なんじゃが……」
「やっぱりイルゼお姉様って、可愛いですし、それに、なにか神秘的な美しさを持ってますよね!」
ふんふんと、鼻息荒くした二人が、イルゼの良い所、素敵な所を代わりばんこに言い合っている。
それを黙って聞いているイルゼの頬は、少し赤い。
二人の声は大きく、少し離れた位置にいるイルゼにもよく聞こえてくる。イルゼに聞こえるよう、わざと大きな声で話しているのだろう。
(ん。ちょっと恥ずかしい。でも褒められるのは嬉しい)
そのまま二人の会話を黙って聞いていると、話が思わぬ方向に進みだす。
「そうじゃのう……これはここだけの話じゃが、風呂で見たイルゼのお尻は本当に可愛くてのう。ぷりぷりしていて、つい触りたくなってしまうほどじゃた」
「――っ!?」
そうネリアに語りながら、リリスは頬杖をつき、自分は妄想の世界へ飛び込んでいく。
イルゼとは旅の中で、ほぼ毎日一緒に風呂に入っていたので、彼女の裸体を想像するのはリリスにとって簡単な事だった。
「はわわー……イルゼお姉様とお風呂……私もいつか……」
こちらもこちらで、イルゼと一緒にお風呂に入る自分を想像して、ふにゃりと緩んだ両頬を押さえる。
「それにのう。余がイルゼの髪を毎日手入れしてやってるのじゃぞ」
「へえ、そうなんですか?」
いつの間にか、隣に立っていたイルゼに、なんの疑問も抱く事なく、リリスはイルゼの雪のような白い髪に手をかける。
「ほれ、すごくサラサラしておるじゃろ?」
「はい。それに匂いも、花のとても良い香りがします」
二人がさわさわとイルゼの髪を触る。
「リリス、ネリア」
「「――ヒッ!!」」
冷たい声が、二人の名を呼ぶ。
聞いているこっちが、恥ずかしくなるような話をアークの前でされ、無許可で自分の後ろ髪を触り、あろうことか、匂いまで嗅ぐ二人に、イルゼは――キレていた。
髪から手を離し、素早くイルゼから距離を取った二人は、固唾を呑んでイルゼの様子を窺う。
恐ろしいほどの冷気を放つ、銀髪の少女がそこには立っていた。
「そろそろ怒るよ?」
表情こそ柔らかいものの、その奥に潜む殺気が二人を襲った。
「い、イルゼ……」
「イルゼお姉様……」
「ん? なぁに?」
狼に襲われる前の子羊のように怯えた二人は、顔を見合わせ、コクリと頷くと、二人揃って扉まで全速力で走る。
「す、すまぬーー!!」
「ごめんなさぁーーい!!」
身の危険を察した二人が、勢いよくティールームを飛び出す。
「「え、姫様!?」」
外で待機していた近衛兵やレーナの侍従二人が驚くのもつかの間、その跡を追うように、近衛兵達の横を白い髪を靡かせた少女が駆け抜けていった。
「追いかけなくてもいいよ」
すぐにでも追いかけようとしていた近衛兵に、アークは落ち着いた口調で声をかける。
何も問題はないとでも言うように、彼はカップに残っていた紅茶を飲み干した。
その後、数分も経たずして、イルゼに首根っこを掴まれたリリスと、子供のように、片手をしっかりと握られたネリアが部屋に戻ってきた。
「おかえりイルゼ」
「ただいま戻りました。陛下」
イルゼにこってりと絞られた二人は、とてもとても、小さくなっていた。
◇◆◇◆◇
「では、私はここで。武闘会の日にまた会いましょう」
「ん。レーナ、じゃあね」
「うむ。また会おうではないか」
「楽しみにしているでござるよ」
王族との茶会を終えたイルゼ達は、馬車に乗り込むレーナを見送る。
武闘会の開催まで、あと三日ほど時間がある。
イルゼ達は大会まで、ウルクスを観光したり、部屋でだらだらしたりと、比較的フリーダムに過ごす予定だが、レーナは貴族として、古代魔法の研究者としての仕事が山積みだった。
馬車が見えなくなった後、リリスが「ふぁ〜」と一つ大きな欠伸をする。
今日一日、色んな事があった為、疲れが出たのだろう。それを察したイルゼが、リリスの手を取る。
「リリス。そろそろ宿に帰ろう」
「それがいいのぅ。ん? サチはこの後どうするのじゃ?」
サチは街の地図を真剣に見つめていた。赤い印も幾つか付いている。
「拙者、まだ今日泊まる宿を見つけていないのでござるよ。なので、宿を探す所から始めるでござる」
では、とそのまま宿探しに行こうとするサチをイルゼが引き止めた。
「ねえサチ。私たちが泊まる宿に来る? ギルマスに言えば、融通きかしてくれると思う」
「……確かに、今から探すのは少し……いや、かなり大変でござるからな……かたじけない、世話になるでござる」
「わかった」
「では早く帰ろう。余はもう眠くてしょうがない」
自分にもたれかかってくるリリスを支えながら、イルゼは街の地図を頼りに、今日泊まる宿へと向かった。
◇◇◇
イルゼ達が泊まる宿に着き、店主に事情を説明すると、店主は快く了承してくれたが、部屋に空きがない為、イルゼ達の部屋でサチも泊まることになった。
しかし、ベッドは二人分しかない為、誰かが二人で一つのベッドを使う事になる。
「ん。じゃあ――」
その結果、イルゼとリリスが同じベッドを使い、サチが一人でベッドを使う事になった。
「つかれた……」
それぞれのベッドに飛び込んだ三人は、柔らかい感触に襲われた事で、一日の疲れが一気に出たのか、全員、泥のように眠ってしまった。
「うぅん……イルゼのお尻は、柔らかいのうー……」
むにゃむにゃと寝言を吐くリリスの左足は、イルゼのお腹の上に乗っかり、イルゼは苦しそうに呻いていた。
「う、ううん……むぅ……」
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