72.アスラレイン家 そして爆撃魔法
◇◇◇
「そういえばイルゼ殿は、大会に参加されるのでござるか?」
「ん。参加する予定」
リリスを膝から下ろし、身軽になったイルゼが「うーん」と腕を伸ばしながら答える。
「なら、イルゼ殿はかなりの強敵でござるな。決勝まで当たりたくないのが本音でござる」
「ん。でも私はサチと戦いたい。私が大会に参加する理由は強い人と戦いたい、だから。サチは?」
「拙者も似たような理由でござる。腕試しなのが半分、もう半分は旅の資金を得る事でござるよ」
二人が参加を表明した事に、ガタッとテーブルが揺れた。
「え! イルゼもサチも参加するんですか!? これでは私に勝ち目はありませんね」
「だって二人の方が、絶対に強いんですもの」としょんぼり嘆くレーナをイルゼは、きょとんとした様子で見つめる。
「じゃあレーナは参加しないの? やってみないと分からないのに?」
レーナは顔を伏せたまま、首をフルフルと横に振るう。
「もし出るなら、私は絶対負けるわけにはいかないんです」
「どうして?」
「…………」
レーナは全員の顔を見渡した後、一拍置いて、胸の奥に積もった感情を吐き出すように答えた。
「……アスラレイン家は、代々古代魔法を研究している家系なんです」
「古代魔法?」
聞き覚えのない単語に、この場にいたアーク以外の全員が首を捻る。
「それが大会と何か関係するの?」
「はい……我が家には、世間一般の間では禁書とされる魔導書がたくさん保管されています。まず古代魔法というのは――」
古代魔法とは魔族との抗戦時に使われていた当時の魔法で、現代では失われた魔法の事を指す。
イルゼの使う転移魔法や変身魔法も古代魔法に分類される。
このような魔法は魔導書、あるいはそれに準ずる魔道具がなければ再現不可能となっている。
レーナの生家、アスラレイン家は、その古代魔法を現代に復活させようと研究を続けてきた。古代魔法には生贄を伴う魔法など、危険な魔法が多岐に渡って存在するが、それを軽く凌駕するほどの、便利な魔法が数多く存在する。
それは実際に、ランドラの図書館で見ただけのイルゼの目からしても明らかだ。この世界には、五百年前の抗争の後、失われた魔法が数え切れないほど存在している。
もし、人が本当に魔法の発展を望んでいなかったら、それらの魔導書は、現代の人間が全て処分していた筈だ。
しかし、魔道具主流の今の時代に、数多くの魔導書が、処分される事なく昔のまま保存されている。
これはつまり、それが戦争の為であれ、国の発展の為であれ、理由や用途は様々だが、人々が魔法を捨てられない現実がそこにはあった。
いつの時代も人は求めているのだ――魔法という夢のような力を。
「ん……」
ここまでレーナの話を聞いて、古代魔法を使えるイルゼにも、その利便性は理解できた。
アスラレイン家は、それらの古代魔法を資料にまとめ、復活させるべき魔法と破棄すべき魔法を分類し、人の為になる魔法だけでも一般の人が魔法を行使出来るよう、日夜、学会に言い募り、争っているのだ。
しかしそんな中、レーナの父が病に倒れてしまい、父の後任として、娘のレーナが責任者を務める事になってしまったのだ。
それ自体は名誉な事だ。しかし彼女は責任者になった事で、多くの問題を抱える事になった。
まず、それまでレーナは古代魔法に興味を持っていなかったので、就任当時は古代魔法を一つも使えなかった。
そして、性別についても仲間内で物議を醸した。女性であるレーナを最高責任者にしてもよいものかと。この辺りは父の威光でどうにかなったが、仲間内で、レーナの事を良く思っていない者もいる事は事実だった。
「成る程、そのせいもあって、次期当主の立場も危うくなってるわけか……それでも頑張ろうとするのは母親のためかい?」
「……はい」
彼女を突き動かす原動力は、ここまで愛情込めて育ててくれた両親への感謝だった。
そして武道会は、古代魔法を知らない多くの人々に古代魔法の利便性を知らしめる事が出来る絶好の機会だ。
レーナは、そこでなんらかの成果を残せなければ、アスラレイン家は失墜してしまうとも言った。
「武道会は古代魔法の素晴らしさを世界中の人に伝えられる発表の場です。しかし、先程申し上げました通り、私はアスラレイン家でありながら、魔法があまり得意な方では無いのです。使えるようになった古代魔法も数えるくらいしかありません。幾多もの古代魔法を操る父と、肩を並べる事など到底できませんよ」
秒で古代魔法を使えるようになったイルゼとは違い、普通の者が古代魔法を使おうとすれば、その習得に最低半年はかかる。さらに、その魔法を磨き上げようとすれば、三年はかかると言われている。
それをものの数秒で、行ってしまうイルゼの方が異常なだけなのだ。
黙ってレーナの話を聞いていたイルゼが、ふと思い出したように口を開いた。
「…………レーナ。例えばレーナはどんな古代魔法を使えるの?」
「えっと……爆撃魔法とかです」
「「「「…………」」」」
「え、皆さん急に静かになってどうしたんですか? 私何か変なこと言いました」
「レーナ。それだけ有れば、十分じゃと余は思うぞ」
リリス以外の者も、コクコクと頷く。
どんな魔法か分からないネリアやサチからしても、名前を聞く限り、ヤバい魔法である事は明らかだった。
「え? 爆撃魔法ってそんなに凄いんですか?」
「うん。すごく、すごい」
爆撃魔法の事を説明しようとしたが、上手い表現が見つからず、イルゼは壊れた人形のように、とにかくボーンとなってすごいやつと連呼した。
爆撃魔法とは、古代魔法の中でも、最上級の魔法に分類される。それは彼の魔王、リクアデュリスがやっとの思いで習得した程の大魔法なのだ。
「なら大会は安心。レーナと戦えるの楽しみにしてる」
「えぇ……」
「当たったら、初っ端から全力でいかせてもらうので覚悟するでござるよ」
「えぇ……」
「覚悟しておくのじゃ」
「「「え?」」」
困惑する一同。ネリアは冷静に状況を判断した。
「あれ、リリスは大会に出ないんじゃないの?」
年下に的確なツッコミを入れられ、ポンコツ魔王は憤慨した。
それは大会に出ない事を指摘された事ではなく、単純に呼び方の問題だった。
「こら、年上を呼び捨てにするでないわ! 余の事もイルゼと同じく、お姉様と呼べ!」
「えぇ……リリスの事をリリスお姉様って呼ぶのなんか違う気がします。それに私、一応王女様ですよー」
「ぐぬぬ、だからなんじゃーー!!」
「きゃー!」
ネリアが部屋を駆け回り、リリスもそのあとに続く。
一気に騒がしくなった室内で、レーナはわけも分からず困惑する。
そんなレーナに、アークが優しく語りかける。
「レーナ君。死者は出さないように、力はセーブしておくんだよ。その魔法、実戦で、つまり人に向けて使った事ないよね? とっても強力だから、使う時は注意してね」
「え? あ、はい」
とりあえず頷いておこうと、レーナがこくりと首を縦に振るう。
レーナが爆撃魔法を覚えたのは、父が倒れてからすぐ、約一年前だ。たしかにアークの言う通り、レーナは魔法を覚える事に必死で、魔法を試し撃ちした事など殆どなかった。
(そんなに強力な魔法なんでしょうか?)
魔導書を適当に開いて覚えた魔法だっただけに、レーナは爆撃魔法というものが、それほど凄い魔法だとは思っていなかった。爆撃魔法が初めて出来た時も、魔法の練習場として使用していた山が、欠けたくらいだったからだ。
――古代魔法なのですから、このくらいは普通ですよね。
彼女は致命的な勘違いをしていた。
後に彼女は目にする事になる。最強とまで謳われた爆撃魔法――その破壊力を。
レーナの父は、古代魔法の練習場の為に、山を丸ごと買いました。
伯爵家なので、やっぱりお金ありますよね。
次回の更新は4月5日の予定です。