表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/106

67.4人の少女

 レーナは幼い頃から伯爵家の一人娘として、学問、芸術、武術を人一倍努力して続けてきた。


 女が爵位を継げないわけではない。しかし未だに貴族社会には、男尊女卑の考えが根強く残っていたからだ。


――私が伯爵家を継いで、家を再興させてみせるッ!


 レーナの母は身体が弱く、部屋に引きこもる事が多かった。


 社交界にもあまり顔を出さない事で有名で、レーナを身籠った際には、最悪、母と子もろとも死んでしまう可能性があると医者に告げられていた。


 それでも母はレーナを産んだ。


 母には、元気に生まれてきてくれただけで、十分と言われたが、彼女はやるせない気持ちを隠せないでいた。


 伯爵家を継ぎ、廃れてしまった家を再興させる。それがレーナの出来る最大の恩返しであった。


◇◇◇


「アスラレイン家……名ばかりの伯爵家の一人娘がこの僕に……」


「んっ」


 再び吠え始めた貴族の首に、イルゼは剣先をあてがう。


「ひぃ! やめろ、僕は貴族だぞ!」


「だから何?」


「は? だから僕は貴族――」


「うるさい」


 イルゼに貴族を敬う気持ちなど全くない。だから彼が何と言おうと、イルゼは聞く耳を持たないのだ。


「お気持ちは分かりますが、まずは剣をお収めください。ここには他にもたくさん人がいます。万に一つ怪我をさせてしまったら、困るのは冒険者さまの方ですよ?」


「んっ。分かった」


 しかしレーナに対しては違った。彼女はこの状況を脱出するための救世主だ。


 イルゼは大人しくレーナの言う事を聞く。剣を鞘に納め、貴族を解放すると、ぼんぼんはへにゃりと地面に座りこんだ。


 そしてレーナは、子爵位の貴族の前に仁王立ちする。


「あなたも貴族の端くれなら、無様な格好をさらしてないで早く消えてください」

「このッ………」


 反抗的な目でレーナを睨みつけるも、いよいよ周囲の視線に耐えきれなくなったのか、彼は取り巻きを連れて退散していった。


 ぼんぼんが消えた後、人だかりも徐々に減っていき、最後には少女達だけが残った。


「……拙者」


 開口一番に口を開いたのは、異国の少女であった。


「拙者はあまり話術は得意な方でなく、困っていた所でござる。アスラレイン殿、この御恩は一生忘れないでござるよ」


「いえいえ気にしないで下さい。上に立つ者として当然の事したまでです」


 謙遜するレーナに、イルゼがそれは違うと食い気味に顔を近づけた。


「レーナはもっと自信持っていい。今のは誰にでも出来ることじゃない。私も困ってたからすっごい助かった。実際、当然の事が出来ない奴等がいっぱいいるから」


「そうじゃそうじゃ!」


 イルゼに追従するリリス。


「あははっ……ありがとうございます、でもちょっと顔が近いです」


 思わず手でガードしたくなってしまうほど、レーナと二人の距離は近かった。

 二人の事が嫌いなわけではない。ただ美少女二人に思いっきり顔を近づけられ、どこを見ていいか分からなくなってしまっているのだ。


「ま、まあ、彼等の言う通り、私の家は名ばかりの伯爵家なんですけどね……」


「ううん、そんな事ない。さっきのレーナかっこよかったよ」


「ありがとうございます。えっとー……」


「?」


 イルゼの顔を見て、レーナが気まずそうに頬を掻く。そこでイルゼは、自分がまだ名乗っていなかった事に気がついた。


「あ、ごめん。私はSランク冒険者のイルゼ。隣にいるのが……」


「余が暴虐の――もがもがもが……」


 イルゼが紹介するより先に、高らかに自分が魔王であることを宣言しようとしたリリスの悪い口をイルゼが慌てて塞ぐ。


「こちらが、虚言癖のある自称魔王で、アホの子のリリス」


「もがーーー!!」


 否定の言葉をだそうにも、イルゼに口を押さえられ、言葉にならない。


 その惨事を見たレーナが、何か可哀想な者を見るような目でリリスを見つめ、そのまま納得されてしまう。


(イルゼめ、また変な誤解を招きおってーー!!)


「ん」


 イルゼ達は最後に、異国の少女の方へ視線を向ける。


 3人の眼差しを受け、少女は深々と頭を下げた。


「申し遅れた。拙者、アマサワ・サチ、15歳でござる。こちらでいうとサチが名前で、アマサワが苗字となり申す」


「ん。サチ、レーナ宜しく」


「よろしくなのじゃ!」


「ふふっ、こちらこそ宜しくお願いしますね。イルゼさん。リリスさん。アマサワさん」


「イルゼでいい」


「リリス様とよべ!」


 どーんと偉そうに腕を組む。魔王は決まったとばかりに、ふんすふんすと鼻息荒くしていた。


 そう言った直後、後ろからへぷしッとイルゼに軽く叩かれる。

 そして鼻と鼻がぶつかる距離まで迫られ、リリスはついイルゼの唇に目がいってしまう。


(ぬぅ……イルゼの唇、ぷるんぷるんしておるのー)


 ぽーっとイルゼの唇を見ていると、彼女の唇がゆっくりと開き、「めっ!!」と言葉を発した。


「今のは気にしないで、レーナの好きなように呼んで構わないから」


「そうですか。ならせっかくなので、リリス様と」


「うむ!」


 元気よく返事をする魔王。尻尾が生えていれば、きっと元気よく振っていた事だろう。

 

 レーナより少し背が低いリリスは、レーナを見上げる形になり、キュンとなったレーナから、いい子いい子されてしまう。


「こら! やめんか!!」


 最初は子供扱いされる事に嫌がる魔王であったが、思ったより気持ち良かったらしく、イルゼに回収されるまでずっとレーナに頭を預けていた。


 その後、イルゼに髪がぐちゃぐちゃになるまで撫でられたのは言うまでもない。



「アスラレイン殿。拙者もサチで構わないでござるよ」


「分かりました。では、サチも(わたくし)の事はレーナとお呼び下さい」


「分かったでござるよ、レーナ殿」


 レーナとサチが握手を交わす。


「呼び方が決まったのなら、早く中に入ろうではないか」


 髪をぐちゃぐちゃにされたリリスは、櫛で髪を梳かしながらイルゼの方に向かうよう促す。


 イルゼはもう待ちきれず、入り口前で「早く早くー」と子供のように手招きしていた。


「先に行っててくれ。余は髪を整えたらいく」

「では拙者が助太刀するでござる。拙者、これでもお国にいた頃は、よく妹の髪の手入れをしていたでござるから」


「なら、お手並み拝見じゃな」


 リリスがサチに櫛を手渡す。そしてサチは慣れた手つきでリリスの髪を梳かしていく。


「じゃあ私は先に行きますね」


 レーナは一足先に、側で静かに控えていたメイドと侍従を連れ、イルゼの元へ向かう。


 今のイルゼに保護者は必須だった。


「あれ? リリスは?」


 レーナはこっちに向かってきたが、リリスが来ない事に、イルゼはむうっと頬を膨らまして抗議する。



「リリスーなにしてるのー?」



「お主にぐちゃぐちゃにされた髪をサチに直してもらってるのじゃ!」


「――っ〜〜!?」


 遠目から、サチがリリスの髪に触れているのがわかった。それを見た途端、イルゼは身体に電流が流れたような衝撃を受け――突如、走り出した。


「え? イルゼどこへ…………!?」


 レーナを通りすぎ、イルゼは一直線にリリスの元へ向かった。


「完成でごさる」

「ほうほう」


 サチによって、リリスの髪は艶々ロングヘアーに舞い戻り、リリスは自分の髪を触って「おお〜」と感動する。


 しかし感動もつかのま、「私がやる!」と飛んできたイルゼに櫛を奪われ、再びリリスの髪はぐしゃぐしゃにされてしまった。


「イルゼーーッ!!」


「ん。ごめん。謝るから許して」


「許すものかーー!!」


 仕返しとばかりに、リリスは自分が今朝整えたばかりのイルゼの髪をぐしゃぐしゃにした。


◇◇◇


 髪を整え、ようやくイルゼ達は闘技場の中へ入る事ができた。


「まったく、イルゼ殿もリリス殿も世話がやけるでござるな」


 取っ組みあいになったせいで、イルゼもリリスも髪がボサボサになり、再びサチに梳かしてもらったのだ。


「リリスのせい」


「いや、イルゼのせいじゃ」



 「なに?」 「なんじゃと?」 ふんッ! と二人してそっぽを向き、イルゼはレーナに、リリスはサチにひっついた。


「余はサチと歩く」


「わたしはレーナと歩くからいいもん」


 お互いのパートナーの腕を取り、べーっと舌を出す二人に、レーナとサチは顔を見合わせ、気まずそうに笑った。

ここまで読んで頂きありがとうございました!


ブックマーク、評価、感想、レビュー、紹介、リンクなど、もろもろ全て歓迎致します! 


 皆様の一手間が更新の励みになります、どうぞこれからも宜しくお願いします!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ