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56.寝起きがやばい女の子達の話

寝起き編

 アデナ家の朝は早い。そして今日のアデナ家は一段と騒々しかった。


「イルゼおはようなのじゃーー!!」


「イルゼお姉ちゃんおはよう〜」


「イルゼおはようございます」


「んー……? もぅあさぁー?」


 朝にとことん弱いイルゼは、布団にくるまったまま出て来ようとしない。リリスが布団越しに身体を揺するも、「うーん」と言いながらもぞもぞと動き、陽の光を浴びては「きゃあ」といって隠れるばかりだ。


 朝のイルゼを起こすのは一苦労だ。慣れてきたリリスでさえ、匙加減を間違えればご機嫌を損ねてしまう。


 そうなれば、1日中ぶすっとしていてろくに口を聞いてくれないのだ。


 リリスにとってそれは拷問に等しかった。


「イルゼ。だらだらするのは健康に悪いのじゃぞ! ほれ!!」


 手加減しつつも、しっかり起こしにかかる。イルゼが自主的に起きるのを待っていたら昼になってしまうからだ。


「いーやーー!!」


 リリスが布団を無理矢理引っ剥がそうとするも、イルゼはガシッと布団の端と端を掴んで離さない。その為、リリスは「ふんぬー!」と力任せに引っ張った。


「「あ」」


 声を上げたのはイルゼが先か、リリスが先か。はたまた姉妹か。


 その場にいた全員がフリーズした事だけは確かだ。


 姉妹の見つめる先には布団を持ち上げられ、最後まで手を離さなかったイルゼがぷらーんとその布団にぶら下がっていた。


 白銀の髪が逆立ち、頭に血が上っていく。


「いゃぁ〜ネル助けてー」


 布団を離せばいいだけだというのに、彼女は決して布団を離そうとはしなかった。


「はいただいまー!!」


 尊敬するイルゼに助けを求められたネルは、何も考えずリリスに向かって突撃する。


「かくごー!」


 リリスの後ろに回り込むと、両手が塞がっている事をいい事に、脇や腰回りをこちょこちょしていく。


「――う、うははっ! やめんか、こら! あひぃ! たんまたんま、それ以上やられたら死んでしまう」


 ひいひい言いながらネルにくすぐられ、リリスはその場に倒れ込む。


「あっ!」


 当然の事ながら、イルゼは布団ごと床に落とされ、へぶっと布団に埋まる。


「も、もうやめっ……げほっ、やめて下さい……余が、余の身体が持ちませんなのじゃ」


 リリスは未だ、床の上でネルのくすぐりを受け続けていた。


 魔王には似つかわしくない妙な敬語を使いながら、ネルにやめてと必死になって懇願する。


 馬車の中でイルゼに組み敷かれた時のリリスを見ているようであった。


「やめて……くだしゃい……」


 もはや涙目だ。これではどちらが悪者か分かったものじゃない。


「まだまだですよ。リリスお姉ちゃん」


 それに対し、ネルはやや上気しているように見える。リリスの両腕を頭の上に固定し、馬乗りになると、容赦なく空いた片手でその身体をいじくり回す。


 ネルの方が一回り小さいのだが、馬乗りにされている為か、小柄なネルにも魔王(リリス)は勝てなかった。なけなしの抵抗とでも言うように、必死に足をジタバタさせている。


「にゃーー!! 離せー、離すのじゃー!」


「だめだめー」


 ペロリと可愛らしい舌を出したネルに、どんどんがんじがらめにされていく。


 今のリリスはいつものドレス姿ではなく、寝巻き姿なので、彼女が激しく抵抗するたびに服がはだけでいく。


「あわっ、あわわ」


 妹がリリスを一方的に可愛がっている姿を見て、アデナはなんだかいけないものを見ているような気分になって両手で顔を覆ってしまう。


「イルゼー助けてくれー!」


 リリスは全身を隈なく襲う快感に耐えながら、なんとかイルゼに助けを求めるも、当のイルゼの反応は乏しい。


 布団から首だけだして二人の光景を見ていたイルゼは「仲良さそう」と呟いた後、うとうとと瞳を閉じてしまった。リリスに対する焦燥心が眠気に負けてしまっているのだ。


 きっと、布団に埋もれている内に身体があったまってしまったのだろう。


 第一イルゼは寒さに強い。下が冷たい床であっても、イルゼは周りが暖かければそれで十分寝れるのだ。


「ひぃ、ひぃ、ネル……待て、そこは……だめ……じゃ」


 イルゼは夢の世界に、リリスは止まれなくなったネルに襲われ息も絶え絶えに、そんな二人を「はわわ!!」と指の隙間からこそこそ覗くアデナ。


 もはやこの状況を打破出来る者がいないと思われたそのさなか。


 救世主はやってきた。


「うーん。これは一体どういう状況かしら」


 うっとりとした表情で顎に手を添える女性。


 アデナとネルの母親だった。


 母親が来ている事にも気付かず、リリスをこしょぐり続けていたネルに鉄槌が下る。


「ネール? お客様に何してるの?」


 母親に首根っこ掴まれた事で、ネルはようやく我に返った。


「あ、お、お母様? これは、その、あまりにもリリスお姉ちゃんの反応があまりにもよくて、その……」


「その? なに?」


 ネルがちらちらと姉に助けを求むも、今度は完全に視界を塞いでいた。


「あの、その……」


 姉に裏切られたネルは、なんとか良い言い訳を作ろうと必死に頭を回すも、母親の顔が間近に迫った事により頭の中が真っ白になった。


「ネル。後でお説教ね」


 母親がネルを地に立たせると、その頭をぽんぽんと叩く。

 ネルの顔色が死刑宣告を受けたように、どんどん青褪めていき、その場にストンと膝から崩れ落ちた。


 母親はリリスに優しく「大丈夫?」と声をかけると、リリスは左手の親指を上げた。


 肩で息をしているものの、なんとか間に合ったらしい。


 次に布団に埋もれ、ぐでーんとしているイルゼの元に向かう。


――まるで、手のかかる子供が二人も増えたみたい。


 母親が「頑張って起きようね」と優しく声をかけると、流石に申し訳なくなったのか、イルゼはニョキと上半身を出し、そこを母親に引き上げられた。


「んー……」


 眠そうにしながらもなんとか瞼を開けるが、うつらうつらしている。


「あら、イルゼちゃん。寝不足? 昨日はよく眠れなかった?」


 そう問いかけると、イルゼは首を縦に振った。


「ん。なんだか息苦しかった」


「息苦しい…………!!」


 母親がハッと後ろを向くと、三人娘達がばつが悪そうに視線をそらした。


 イルゼが目の下に隈を作っているのに対し、三人は肌がツヤツヤになっていた。


 勘のいい母親は、それで昨晩何があったのか全て悟った。


「そのわざとではないんじゃ……いつも旅の夜はそんな風にしているものでの……」

 何故か他人の母親に弁明を始めるリリス。


「イルゼお姉ちゃんとくっついて寝たかったんだもん」

 開き直るネル。


「私はその……二人が羨ましくなって……」

 ごにょごょと口ごもるアデナ。


 母親が大きな溜息をついた。見ているだけで幸せが逃げてしまいそうだ。この姉妹には随分と苦労をかけられてきたのだろう。


「話はまとめて後で聞くわ。まずは朝食にしましょう。イルゼさんもリリスさんもお腹すいてますでしょうし」


「う、うむ」


「ん」


 起きてから30分。ようやく朝食が食べられると事に安堵し油断したリリスのお腹がぐーぐーと鳴り、リリスの顔は真っ赤になった。


(ぬあーーーー!! 何故このタイミングでなるんじゃ、よりにもよって他人の親の前でー!!)


「あらあら、リリスさん。沢山作ったのでおかわりは一杯ありますからね」


 ふふふと嬉しそうに笑う母親の気遣いが、余計にリリスの恥ずかしさを倍増させた。

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