51.故郷とは
イルゼ達は、アデナに連れられ山道を下っていた。
アデナの住む集落は、街道から外れた場所に建てられており、旅人を含め、滅多な事では外部から人が訪れる事はないという。
「顔馴染みの行商人さんが月に一回来るくらいで、それ以外に他者との接触はあまりないかな。基本的に私の村は自給自足だし、村が有名になるような特産物も特にないんだ」
柔らかな物腰で、アデナは村の内情を語る。
「それでも私は自分の村が好きだから、こうして力になれて嬉しいんだ。イルゼに出会えたのは偶然だったけど」
「ん。そうなんだ。自分の村が好きなのはいい事」
イルゼもアデナと同じ思いだった。
やはり自分が生まれた村というのは、どうも特別なものを感じるのだ。
だからイルゼは、自分の故郷を探して旅をしている。
「アデナ、安心しろ。イルゼにかかれば悪い奴らなんて、全員けちょんけちょんじゃ!」
リリスは自分が戦わないからと、好き放題イルゼを担ぎ上げる。
そんなリリスの誘いにイルゼも乗った。
「ん。リリスの言う通り。だから安心して」
「イルゼ……本当にありがとう!!」
「まだ私は何もしてない」
たとえアデナの村がどれだけ平凡であっても、村人にとって、自分の生まれた村というのはかけがえない場所に違いなかった。
どんな時でも自分を暖かく迎えいれてくれる存在、それが人であれ、村であれそう変わらない。
イルゼは拳を握る。そんなアデナ達の安住の地を侵している傭兵達が許せなかった。
「私に任せて。必ず傭兵達から村を救うから」
リリスがイルゼのスカートの裾を引き、小声で耳打ちする。
「イルゼ、殺すではないぞ。捕らえるのじゃぞ」
「ん。分かってる」
イルゼは神妙に頷く。リリスがランドラの街で言ったことをしっかり覚えていてくれたようだ。
それなら良いとリリスはアデナに向き直る。
「のう。気になっておったのじゃが、その傭兵達は何故アデナの村にたむろしておるのじゃ?」
「ああ、それは私の村を隠れ蓑にしているんだと思います。彼等は街で狼藉を働いて、衛兵から追われている身だって言ってましたから……」
アデナが肩を震わせる。
「どうしたのじゃ?」
「ごめん……ちょっと嫌な事思い出しちゃって」
アデナによると、村の若い娘が駆り出され男達の酌をしていたのだという。
リリスはビルクに絡まれていた時の自分とアデナを重ね、アデナを優しく抱擁する。
「もう安心しろ。魔王と剣聖が来たからには安心じゃ」
「え、まおう!?」
混乱するアデナを抱きながら、リリスがよしよしとあやす。
アデナの方が背が高いので、リリスは爪先立ちだ。少しプルプルしている。
イルゼは、ムッとむくれるが今回ばかりは見逃した。
解放されたアデナにイルゼが耳打ちする。
「リリスは妄言を吐く癖があるから、今言った事は忘れていい」
「あ、はい分かりました。そういう子なんですね」
「ん。リリスはそういう子だから」
旅の道中、何度もこういう場面に出くわしたが、何故かみんなこう言えば、素直にイルゼの言う事を信じてしまった。
リリスは傍から見れば、イルゼよりアホの子に見えるからである。
どうしても口数の少ないイルゼより、リリスの方が目立ってしまうのだ。
アデナが先頭で道案内をしながら進んでいると、イルゼの前方を歩いていたリリスがバランスを崩した。
「ぬぁっ!?」
足場の悪い、ゴツゴツとした地形を歩いていたリリスが岩に足を滑らせたのだ。
「リリスッ!」
イルゼが咄嗟に腕を掴み、リリスは地面に顔スレスレの所で止まった。
「ふうっ……助かったぞい」
「リリス気をつけて。当たりどころが悪いとすぐ死んじゃうから」
「余は魔王だぞ。簡単には死なん」
「リリスは人間だから死ぬよ?」
そんな事ないわー!! とイルゼに掴みかかるが、イルゼの「危ないからやめて」の一言でしゅんと手を離す。
「イルゼ、リリス、大丈夫!?」
二人の先を歩いていたアデナが駆け寄ってくる。手慣れた動きで岩の間を華麗に跳ぶアデナを見て、イルゼは本当にこの道に慣れているのだなと思った。
今イルゼ達が歩いている場所は、いくら身体能力に優れたイルゼであっても、積極的に戦闘を行いたくない地形をしていた。
「リリス怪我してませんか? 私も子供の頃に、この辺で足を滑らせて、足の骨を折ってしまった事があるから十分気をつけてね」
「そういうのは先に言ってくれ!」
「ごめんね。普段一人で来ているから一人に慣れちゃってて」
アデナは可愛らしい舌をペロリと出して見せる。
そして、ここからはゆっくり歩こうとアデナが歩くペースを落とそうとする。
だが、イルゼはそれに待ったをかけた。
「遅くなりすぎたら良くないんでしょ? だったら私がリリスを背負って歩く」
「イルゼ……!!」
イルゼの気遣いにリリスが目を輝かせる。
「リリスが怪我すると暫く旅が出来なくなるから」
「余の事を考えてではなく、旅の事を考えてか!!」
「冗談。リリスが大事だから」
無表情のまま冗談だというイルゼに、リリスは冗談なのか本気なのか分からんとツッコんだ。
「じゃがイルゼは、一度転んでいるから信用ならんな」
イルゼはリリスが転倒しかける前に一度転んで膝を擦りむいていた。しかしすぐに傷が癒えた為、特に気にしてはいなかった。
「え、イルゼ、怪我してたんですか! それなら言って下さい。すぐに治療を」
「大丈夫もう治ってるから」
イルゼが膝を見せる。傷跡一つ残っていなかった。
「ならいいんですけど……今度怪我したらすぐに言ってね。傷によく効く軟膏を持ってるから」
「ん」
その後、リリスを背負ったイルゼが岩場を足早に移動する。無事、岩場を通り抜け麓を下ると集落らしきものが見えてきた。
「ん。燃えてる。街とは違って松明なんだ」
魔道具で街を明るくしていたランドラと違い、民家のあちこちには松明が置かれていた。
「そうじゃの。しかし風情があっていいのー。五百年前の街を見ているようで懐かしいではないか」
「ん。確かに昔はみんな松明を使ってた」
出発したのが元より夕暮れどきであった為、村へ着く頃にはすっかり日が暮れてしまった。
「ああ、早く行かないと私の代わりに妹が酌を……」
村を目前にしてアデナが焦りだす。年の離れた妹を心配しての事だ。イルゼが落ち着いてとアデナの肩を抱く。
アデナとイルゼの距離の近さに、リリスは少しムッとした。
「リリスとアデナは危険だからここで待ってて。私が行ってくるから」
「は、はい。お願いします」
「ん」
「イルゼ気をつけるのじゃぞ。余が居ないからといって殺すでないぞ」
「分かってる」
リリスが念を押す。ここまで言えば流石のイルゼも皆殺しなんて真似はしないだろう。
アデナをリリスに預け、イルゼは一人で村の入り口へと向かった。