47.野営
イルゼとリリスがランドラの街を旅立って、一ヶ月が過ぎようとしていた。
「やはり徒歩というのは辛いものがあるのう。イルゼは良くても、余にはキツイのじゃ」
「ん。だから適度な休息をとってる」
二人は木陰で、木の幹に背中を預けて水を飲んでいた。そよ風が草木を揺らし、飛ばされてきた葉っぱがリリスの頭上に乗る。
その葉っぱをイルゼが、リリスに気付かれないようにそっと払う。
払われたリリスは、何をされたのか全く気付かないまま会話を続ける。
「小鳥の鳴き声が心地よいのう」
「ん。そうだね。もう少し休憩してから行こう」
「うむ」
心地よい風に吹かれている内に、リリスはいつの間にかイルゼの肩に頭を乗せていた。対するイルゼもリリスの頭に、こてんと頭を乗せ、スースーと寝息を立てていた。
ほどよい気温に、周りには誰もいないという状況。そして隣には安心できる存在がいる事に、二人の睡眠欲が刺激され、身を寄せ合いながら二人は昼寝を始めた。
昼寝は日が落ち、リリスが「くしゅん!!」とくしゃみをするまで続けられた。
「寒い……もうすっかり夜ではないか」
リリスが目を覚ました事で、イルゼも顔を上げる。
「ん。リリスおはよう。ふぁー眠い」
眠そうに瞼を擦り、むにゃむにゃ言いながら再びリリスに寄りかかろうとするのを押し返す。
「イルゼ、もう起きて野営の準備をしなくては。幸いここは治安が良いと旅の途中で出会ったおっちゃんが言っておったから、盗賊などの心配はないが、火を起こさねば風邪をひいてしまうぞ」
リリスがイルゼをゆさゆさと揺さぶるが、イルゼは一向に起きる気はないようだった。
そう、イルゼは寝起きが非常に悪いのである。
「ん。リリスがやって、昨日は私がやったから」
「まったくお主は……」
リリスはぶつくさ言いながらも、近くの木々から薪を拾い集め、手慣れた様子でナタを使って薪を割っていく。
イルゼはその間、むにゃむにゃと草原の上で寝返りをうっていた。
夜は冷え込む。なのでリリスはドレスの上に上着を着ているというのに、イルゼは普段と同じく軽装の鎧姿だった。太腿が露出した戦闘着は、見ているこっちが寒いとリリスは肩を震わせる。
しかしイルゼは寒がる所か、くしゃみ一つ、鼻水一つ垂らす事はなかった。
(イルゼは一体どういう感覚をしてるのじゃ。余でも夜は寒いと感じるのに、ここは宿ではないのだぞ)
「よし、こんなものであろう」
イルゼが起きたのは、リリスがパチパチと音を立てながら火を起こした辺りだった。
イルゼがのそのそと這いながら火に近寄り、両手をかざす。
「ん。あったかい」
「やっと起きたかこのお寝坊さんめ!」
リリスがピンっとイルゼの鼻先を弾く。イルゼは可愛らしく「あうっ!」と反応する。反応からして完全に目を覚ましたというわけではないらしい。半分くらいは夢の世界にいるのだろう。
「して今日の夕食当番はどちらであったかな?」
「ん。今日はリリス。昨日は私が作った」
「イルゼ。昨日のアレを作ったとは言わん」
「なんで? 私が川から取ってきて、それを火で焼いたんだからしっかり調理してる」
それは昨夜、イルゼが川から取ってきた川魚の事であった。まだ季節は冬ではないからいいものの、夜の川はとても冷たい。
それにも関わらず、イルゼは素足になって川に入り素手で魚を掴んできたのだ。
「やれやれじゃな。火を使って料理をするとはそういう事ではないのじゃが……厨房があるわけではないしの、仕方ない今日はあれを食べるか」
リリスは異空間から食べ物を取り出す。
それはマショマロと特大ジャムパンだった。
「ん。パンと……白いぶにぶに?」
「これはマショマロというものらしい。おばちゃんの話によるとこうやって木の枝に刺して、火で満遍なく焼くと良いと言っておった」
リリスは刺したマショマロを焚き火の熱で、炙っていく。
「ん。リリスも私と同程度だった」
リリスも簡単なものしか作れないと分かったイルゼが、露骨に安心する。
「何を! 余だって厨房があれはもっと凝ったものを作れるのじゃ!!」
「魔王なのに?」
「魔王だからじゃ。魔王たるもの、何でも出来なければいけん。決して趣味などではないのじゃ!」
「ん。そっか、じゃあ楽しみにしてる」
イルゼはこんがり焼けたマショマロをリリスの口に持っていく。
「はい、リリスあーん」
「あーむ」
少し恥ずかしがりながらも、誰も見ていない事から素直にあーんを受け入れる。
しかし、口に入れてから失態を悟った。
「あちゅ! 少しは冷まさんか! 舌が火傷する!!」
リリスが勢いよく水を飲む。
「ん。リリスごめん。次はフーフーする」
イルゼはもう一つマショマロを取ると、髪を耳にかけ、マショマロに息を吹きかける。
そして再びマショマロをリリスの唇に近づける。
「はいあーん」
リリスがビクビクと怯えながら、心を決めてパクりとかぶりつく。今度は熱くなかった。
「美味しい……これはお返しじゃ」
リリスがパンを千切ってイルゼの口の中に放り込む。イルゼはモグモグしながら、美味しいと頬を緩ませた。
「ん。おいしい」
「うむ。美味しくて何よりじゃ」
二人は夕食を終え、寝る準備を始める。
簡易式のテントを張り、その中にタオルと毛布を放り込めば寝床の完成だ。
「あとは寝るだけ」
「まだ寝るには早いじゃろ。昼間十分寝たお陰で、目が冴えとるわい」
「じゃあ何か話する?」
リリスが顎に手を添えてうーんと唸る。何を話そうか考えてるようだ。そして「お、そうじゃ!」と何かを思い出したのか勢いよく立ち上がる。
「お主がランドラの図書館から持ってきたもう一つの魔導書を見しておくれ。余が読み聞かせてやろう」
「あ、忘れてた。うん待ってて」
イルゼがテントに戻り、アイテム袋から魔導書を持ってくる。
「これこれ」
「どれどれ……変身魔法じゃと!?」
「ん!」
リリスがランドラの図書館から持ってきたもう一つの魔導書は、変身魔法の本であった。