41.管理者 そして『エルサ』
「ん。ここは……」
「エルサ気が付いた?」
目を覚ますと藍色の瞳と深紅の瞳がエルサを覗いていた。
「ああそうですか……私は負けたのね」
憑き物が落ちたように、エルサは静かに負けを認めた。
「ん。エルサの負け。なんでこんな事をしたの?」
「…………」
彼女は答えない。
「余輩には言えないと言うわけか」
「…………」
ただ虚ろな目をして、ぼんやりとリリスとイルゼを見つめている。
「ん。私たちじゃ駄目みたい」
「そうみたいじゃの。余のカリスマ性が効かんとは」
その時、誰かが物陰から飛び出した。
物陰で機を窺っていた男は、床に落ちていた魔剣を拾い上げるとそのままイルゼに向かって斬りかかってきた。
「ん?――イルゼ後ろじゃ!!」
「ん」
リリスが指摘するより早く、イルゼはその場にいた誰もが見えない速さで剣を抜き、魔剣を持った男の腕を落とした。
「ぎぃゃああああああーー! いてーいてーよ!!」
「あ」
男は斬られた腕の切り口を押さえて、ジタバタと暴れる。
イルゼは斬った後にそれが誰だか気が付いたようだ。
「ん。ビルクそんな所にいたんだ。良かった。探す手間が省けた」
それはリリスを誘拐し、イルゼに苦い思いをさせた男。
盗賊のような風貌をし、片目に傷のあるBランク冒険者のビルクだった。最も犯罪者となった彼はその称号を剥奪される事は決まっているのだが。
「くそがよ、油断しているかと思って出てきてみれば、ちっとも油断してねえじゃねえか。ああ、痛え。お前がもっと気を引いとけば少しはチャンスが……おい聞いてんのかよ、くそアマ!」
ビルクの罵倒にエルサは一言も発さない。というより耳も貸してない様子だ。
「ねえ、どこ見てるの? 今話してるのは私だよ。ああ、そっか。斬れば嫌でも見てくれるよね」
少女は事もなげに、もう片方の腕を飛ばした。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁあーー!! 俺の腕が腕がーー!!」
「腕くらいで騒がないで。私は怒ってるんだよ」
リリスにおいでと手招きする。「うむ」と言って隣に立つと、剣の切先をビルクに向けた。
「お前はリリスのお腹を殴った。その罪は重い」
よく見ててねと言って、イルゼはビルクの両足を切断する。
「いぃぎゃぁぁぁぁぁぁあーーーー!!」
今日一番の絶叫を上げたビルクが、口から泡を噴き出し、ヒクヒクと痙攣している。
自分を苦しめた男の公開処刑を見ていられなくなったリリスは思わず目を逸らした。
「ん。ようやく大人しくなった」
もはやビルクは達磨状態で、いつ死んでもおかしくない。
しかし、彼はまだ息をしていた。
「ん。凄い生命力。生への執着がすごいのかな」
「イルゼ……もうその辺で楽にしてやれ」
「リリスがそう言うなら」
首を落とそうと剣を振りかぶる。
だが、その直前でビルクの姿が何の前振りもなく忽然と消え、イルゼの剣が硬い床を斬る。
「消えた!?」
リリスが慌てふためいて、エルサを見る。彼女は大人しく玉座に拘束されていた。
犯人はエルサではない。では一体誰が……。
「イルゼこれは……」
「この気配、知ってる。この前私たちの事を見てた人? そこにいるのは分かってる。出てきて」
反応はない。だが暫くして、血が滴る音が聖堂内に響いた。
このままやり過ごす事は出来ないと判断したのか、黒と白を基調とした外套に身を包んだ人物が、達磨状態のビルクを宙に浮かせて現れた。
「ん」
少女は無言で剣を向ける。
「……ええ、あれは私ですよ。よくお気づきになりましたよね。びっくりです」
彼女はイルゼに向けて喝采を送った。
「……やっぱり、ずっと見てたんだ」
「はい、貴方が魔王様と日中ずっと一緒にいるので中々手が出せませんでした」
「だからエルサを使って私達を誘導したの?」
「ええ、結局は失敗に終わってしまいましたが……本来は私だって出たくなかったんですけど、仕方ありませんね。この男に死なれるのはまだ困るので」
宙に浮くビルクに目を向ける。
ビルクは虫の息だが、なんとか命を繋いでいた。
「彼の身体には今、魔族の血を入れているですよ。だからこんなになっても生きていられるのです。魔族の血は良いですよ。上手く取り込めれば身体能力が飛躍的に向上しますし」
「そんな事して何が目的?」
「最終的に自我を保ちながら魔剣の力を最大限コントロールさせ、貴方を殺す。そして歴代最強と名高い暴虐の魔王リクアデュリスの復活です」
「魔剣の力は強大じゃ……魔族でも耐えきれんというのに、そうまでしてイルゼを殺したいのか」
「ええ、だってそうしないと邪魔されるでしょう?」
「当然」
これも回収させて頂きますねと言って、彼女はビルクの腕ごと魔剣を回収する。
「お主が管理者か……」
そうですよと彼女は素直に正体を明かす。元より知られている前提であったのだろう。
「お前がエルサを唆したの?」
「唆すなんてそんな……私は少しアドバイスをして背中を押してあげただけですよ」
「魔剣はお主から渡されたと言っておったが?」
「ああ、元々魔剣はマスターが取りに行ったんですよ。魔王様の復活を目指す我々と絶対的な指導者が欲しい魔族とは馬が合いますので。彼等と協力関係にある今、魔剣も快く渡してくれたらしいですよ」
「ん。最悪」
「私たちにとっては最高ですがね」
「お主が罪のない人を殺めたのか?」
「んー正確に言えば同志達がやったものですけどね。私はそれを運んだだけですから」
「同じ。それにどうやってこの人数を? 魔法? 魔道具?」
「質問が多いですね。無属性魔法の一つですよ。私は便利屋扱いなので忙しいんです」
――もう行きますね。【信仰者】“人形遣い”その子はもう要らないのであげますよ。と言って管理者は虫の息のビルクと共にその姿を消した。
「ん」
剣を鞘に収める。
完全に気配がなくなった事からどこかに転移したと見られた。
「探すだけ無駄じゃの……まったく、余ほどの人気者にもなるとファンが多くて困ったものじゃな」
「ん、リリス大人気。あと、そろそろ来る」
誰がじゃ? とリリスが聞き返す前にイルゼが開けた大穴から彼女達が降りてきた。
◇◆◇◆◇
「エルサ!!」
「エルサ、おいしっかりしろ!」
『エルサ様』
誰かが彼女の名前を呼んだ。そして酷く揺さぶられる。
名を呼ばれた彼女は、声の主を求めて下げていた視線を上げた。
「あ」
その目に光が宿る。
そこには、彼女の幼馴染の二人とエルサが作った自分の魔導人形。そしてギルマスが立っていた。
「なんで……」
「あー良かった。エルサやっと気がついてくれたよ」
サラがわーんと泣きながらエルサに抱きついた。ルブやギルマスも良かった良かったと胸を撫で下ろしている。
三人がここにいる状況に混乱するエルサの元に『エルサ』が歩み寄る。
「私がサラやルブ、ギルマスを連れてきたのよ。いえ、お連れしましたご主人様」
『エルサ』は不器用に笑った。それで【信仰者】も悟った。
この子に自我が生まれたのだと。
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