40. VSオメガの使徒 決着と再会
残り3話で2章終了となります。
今日は後半は甘めです。
聖剣と魔剣が火花を散らす。勝負は一瞬だった。
だがその一撃に込められていた力は尋常ではない。
建物内の壁や床が大きく削り取られている事から『イルゼ』の全力がどれほどのものだったのかが窺える。
対するイルゼはその全てを受けきったとでも言うように、静かに佇んでいた。
「…………」
互いの位置が入れ替わり、二人はは剣を振りかぶったまま静止する。
『…………』
沈黙を破ったのはイルゼだった。
「ん。やる…………でも私には勝てなかった」
イルゼは後ろを振り返る。すると『イルゼ』の手から、魔剣がするりと手離される。
『………………ゴフッ』
魔導人形が咄嗟に口を押さえる。ビチャビチャと血を吐き出し、肩から胴の逆側へ斜めに血が噴き出した。
『ぐっ……うぅ』
そのまま『イルゼ』は冷たい床にうつ伏せになり、その身体から血の海が広がる。
人間となんら変わりない。
自分とそっくりの人間が血を流して倒れる光景を見て、イルゼはちょっぴり眉を顰めた。
まだ息はあった。イルゼは剣を鞘に収め腰に差すと、とてとてと近づく。
そして膝をつき、抱き上げる。
『イルゼ』の身体は、イルゼの斬った場所を中心にヒビが入り、それが全身へと広がり崩れかけていた。
既に血は止まり、その代わり砂が絶えず身体から流れ出ていた。
『私の負け。もう魔力がなくなった。血も流せない』
「ん。見れば分かる」
『イルゼ』はイルゼの頬に手を伸ばす。彼女もその手を優しく包み込む。
『わたしは、私の事どう思ってる? 喋る人形?』
私の事をどう思っている? その質問はリリスにも一度聞かれていた。あの時はどう答えればいいか分からず、ずっと正解ばかりを求めていた。
でも今はリリスに素直な気持ちを伝えられた事で、正解なんてない、思ってる事をそのまま伝えればいい事に気が付いた。
「……私は、わたしの事をちょっぴり妹みたいだなって思った。私に妹がいたらこんな感じに喧嘩すると思う」
そう言うと、『イルゼ』はヒビの入った顔で一瞬驚いたような顔をした後、精一杯顔の筋肉を動かして笑った。
『ん。ちょっと嬉しい――お姉ちゃん、話せて良かった』
「ん。私も話せて良かった」
添えられた手から砂へと変わり、魔導人形の『イルゼ』は笑ったままオリジナルの腕の中で完全に崩れ去った。
後には魔剣ビリアだけが側に残されていた。
剣聖と『剣聖』の勝負はイルゼの勝ちで終わった。
◇◇◇
エルサが杯を近づけ、その血を呑まそうと試みる。
「余は魔王じゃ! 魔王を舐めるなぁっー!!」
「――っ!」
目の前でリリスが消える。
「え、また消え……ないっ! どこに――」
リリスの姿を見失ったかと思えば、自分の手元にあった杯と神棚に置かれていた杯が無くなってる事に気付く。
「こっちじゃ!」
リリスがエルサから、かなり離れた位置に現れた。
「そのお力は一体……」
エルサの困惑めいた問いかけに、リリスは自慢げに答える。
「これは余が扱う魔術の一つ。異空間を自由自在に動ける力――もといイルゼの転移魔法と似たようなものじゃ。今の余では物を取り出したり、自分の位置を移動させるので精一杯じゃがな」
「あ、ああ……」
「どうじゃ参ったか!」
えっへんと胸を張る魔王。だがエルサの反応は、リリスの思っていた反応と違った。
「す、素晴らしいですよ魔王様! たった一滴でお力が戻るとは、残りも早くお呑みください!!」
「な、呑まんと言っておるじゃろ! お主は一度落ち着け!」
「魔王様ー!!」と言って向かって来ようとするエルサにリリスは拳を向ける。
そしてイルゼが人形にしたように魔力を込め、放つ。
「がふっ!?」
リリスの拳がエルサのみぞおちに入り倒れる。
やはりエルサ自身は戦闘に向いていないのだ。
「ふー。イルゼのような威力は出ないが、いくら余でも非戦闘員のエルサぐらいなら倒せるのう……してこれは捨ててしまおうか」
彼女から奪い取った杯に目を向け、中身を床にぶちまける。
捨てられた血がぶくぶくと不気味に泡を作っていた。
「……余は魔王になど戻らん。イルゼがいれば、それで十分じゃ」
血を全て捨て終わり、魔王への切符を自ら捨てる事によって、リリスは魔王にはもう戻らない事を決意した。
◇◇◇
イルゼが瓦礫の上をぴょんぴょん飛びながらリリスの側までやってくる。
丁度エルサを玉座に縛り付けている所だった。
「おお、イルゼ。そっちは終わったのか?」
「うん終わった。リリスは?」
「見ての通りじゃ」
気絶したエルサが「うーん」と唸っている。リリスは随分と出鱈目な縛り方をしていた。
「そっか……リリス」
「なんじゃ?」
イルゼに呼ばれ、リリスは縛る手を止めて、彼女の方に向き直る。
「…………無事で良かった!!」
そう言うが早いか、イルゼがリリスに思いっきり抱きつき、その首に顔をうずめ、リリスの体温を肌で感じ取る。
「お、おぅ」
抱きつかれた事に驚いたものの、リリスもイルゼの腰に手を回す。
イルゼはひしっと抱きつき、もう逃さないとでもいうようにぎゅっとリリスの服の袖を掴んだ。
そして心の内に溜まっていたリリスへの想いを吐露する。
「私、心配したんだよ。リリスがリリスじゃなくなっちゃうんじゃないかって、そしたらリリスを殺さなきゃいけなくなる。そんなの嫌だよ!」
「すまぬ、心配をかけた」
トントンっとイルゼの背中を軽く叩き、少しだけ身体の密着を解く。
そして彼女の目尻に浮かぶ涙を指で拭うが、とめどなく新しい涙が溢れてくる。
気づけばリリス自身も泣いていた。
「うっ……あ、イルゼ。なんじゃ余も泣いておるのか」
「リリスゥゥー!!」
頬にすりすりと顔を擦り寄せてくる。その愛らしさに打たれ、魔王も応える。
「イルゼ……余もお主に会いたかった。もう『リリス』としては会えないと思っておった」
彼女の華奢な身体を優しく包み、少女の頭を自分の胸の中に埋める。
「ん。おっぱい」
「今だけは許してやるぞ」
「ん」
気持ちよさそうに目を細め、イルゼはその柔らかな果実を堪能する。
リリスは「イルゼ」と優しい声音で名前を呼び、顔を上げた彼女のおでこに口づけをした。
「んっ!? びっくり」
「ほっぺにされたお返しじゃ。次はその唇をもらうぞ。覚悟しておけ」
「ん。覚悟するのはリリスの方!」
「なに? ――んッ!?」
涙で顔を赤く腫らしたイルゼに準備もなしに唇を奪われ、リリスの口から嬌声が漏れる。
「ふぁっ……あ……」
だが、リリスも負けじとイルゼの頭を押さえ、逃げられないようにする。
「あ、んぅ……」
攻めてきたイルゼの方が、鼻にかかったような甘い声を上げた。
「ん、ふ……」
リリスはここぞとばかりに、イルゼの唇の味を噛み締める。
「んーー!? んんっ!!」
イルゼが苦しそうにバタバタと踠き出した所でリリスも限界を迎え、押さえていた頭を離してやる。
「ぷはっーーーー!!」
イルゼが大きく息を吐き、吸ったり吐いたりを繰り返す。
「はぁ……はぁ……なぜいきなりこんな事したのじゃ?」
リリスは息を荒げながら、甘い吐息をこぼす。イルゼも同様に「はーはー」と肩で息をしていた。
二人ともキスをしている間、息を止めていたらしい。
「リリスが……物欲しそうに私の唇を見てたから」
「――なっ!? 余はお主の唇をずっと見ておったのか……」
「ん。そう。満足した?」
「ああ、初めての経験じゃったが良かったぞ……その……初めてがイルゼで良かった」
「ん。私も初めてがリリスで良かった――次はリリスが私を満足させる番」
「ほえ?」
そういうとイルゼは再びリリスに抱きつき、胸に顔をうずめる。
やれやれと言って、リリスもまたイルゼを抱きしめてやるのだった。
「イルゼは甘えん坊じゃな」
「ん。そうかもしれない」
二人はエルサが目を覚ますまで、お互い抱き合っていた。
唇を交わしたのは一度きりだったが、リリスはそれで十分だった。
(イルゼの唇……甘かったのう)
自分の唇を指でなぞり、イルゼの唇を愛おしく感じてしまった魔王であった。
ここまで読んで頂きありがとうございました!
良かったら評価、ブックマークをお願いします!!
皆様の一手間が更新の励みになります、どうぞこれからも宜しくお願いします!!
リリスは自分がまさか奪われる側だとは思っていませんでした。リリスは自分の事を奪う側だと認識しておりましたが、イルゼはそんな事関係なしにリリスの初めてを奪いました。
抱き合ってる状態の二人の心の機微
リ (イルゼに奪われてしもうた……まあイルゼなら良いか)
イ (勢いでしちゃったけど、キスって恋人同士がするものだよね? どうしよう……私、嫌われる?)