35. VSオメガの使徒 開戦
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イルゼと使徒の剣が互いに交差し、金属音を鳴らして何度もぶつかり合う。
「んっ!」
「はあ!!」
薄暗いスラム街の一角で、剣戟の音が高らかに鳴り響いた。
「ん、めんどい」
イルゼが息をつく絶妙なタイミングで、使徒達の短刀が襲う。それはもちろん猛毒付きだ。
後ろを見ず、少女はその短刀の斬撃を感覚だけで躱していく。それは傲りからではない。後ろを見ている余裕がないのだ。
今目の前で斬り結んでいる相手は、Aランク並の実力者であった。
(ルブを連れてこないでよかった。連れてきてたら、たぶん三回は殺されている)
「どうした剣聖? 先程から防戦一方ではないか」
「そっちこそ、息が上がってるんじゃないの?」
「ぬかせ!」
彼はサッと首を傾け、彼の頭で見えなかったその死角から、アルファの放った紅の矢が迫ってきていた。
「死にな」
お互いを信頼しているからこそ出来る、恐るべきコンビネーションだ。
「――ッ!!」
後ろからは使徒達が、相討ち覚悟で迫ってきている。
前からは紅の矢、後ろからは猛毒の短刀。
イルゼは迷わず前者を選んだ。
「な、串刺しになるぞ!?」
長剣持ちの彼は、長いことアルファと行動を共にしていた為、彼女の放つ矢に関してはタイミングから、その射程距離、威力、その全てを完全に知り尽くしているという自負があった。
今、放たれている魔力の矢は、間違いなくアルファの最高潮の時に放たれる矢であり、その軌道をある程度予測できても躱す事もいなす事も出来ない矢だと知っていた。
だからこそ、剣聖ならそれを全力で避けるだろうと予想していた。そして避ける位置はある程度推測出来るので、そこで一気に勝負をかけるつもりであった。
だが……イルゼはアルファの放つ矢は厄介程度にしか考えていなかった。それより毒を帯びた短刀の斬撃を浴びる方が脅威だと考えていた。
「んっ!」
イルゼは大きく避ける事なく、前へ前へと走り、迫りくる矢を顔すれすれで回避した。鋭い矢の先がイルゼの頬を掠めていったが、これには毒は塗られていない。
何も問題はなかった。
「そんなッ!」
「うそ……だろ」
必ず当たる――その考えが目の前でいとも簡単に崩された時、彼の思考は止まった。
イルゼはそのまま彼の元へと愛剣を携えて猛然と向かって行く。
「いけないッ! 剣聖に――目の前の相手に集中しなさい」
アルファの怒号に、彼の思考と身体は反射的に動き出す。
「どこだ!?」
見失ったイルゼの姿を探すと、彼女は眼前にまで迫ってきていた。
「しんで」
イルゼが、彼の真下から顎目掛けて剣を繰り出す。彼は咄嗟に剣を横に持ち替え、串刺しになるのを防ぐ。
「んっ!!」
「ぐぅっ、アルファ!」
「――ッ!」
頭上から矢が向かってきていた。
アルファは矢を飛ばして、イルゼの元に矢を急降下させて援護してきたようだ。
ありえない軌道だ。
魔力を使って矢を操作したのだろう。
「ん」
イルゼは飛び退き、一度後ろに後退する。そして振り向きざま、後ろに迫ってきていた短剣の使徒の首を華麗に落とす。
毒が脅威なだけであって、イルゼは彼等を恐れてはいない。
「むぅ」
遠くに陣取るアルファと、少し離れた位置でイルゼを迎え撃とうと長剣を構える使徒を見据える。
――やっぱりあの二人のコンビネーションは厄介。先にアルファから片付ける。
長剣は技量が高く、勝負感も強い、とにかく堅牢で防御に徹しながらも果敢に攻めてきていた。
まともに斬り合っていては勝負がつかないと判断し、イルゼはアルファに狙いを定めた。
その為にはまず周りの雑魚から片付けねばならない。
指揮官である彼女の周りには、何人もの使徒達がアルファを護るようにして陣取っていたからだ。
(処理に手間取れば、後ろの奴らと長剣に挟まれる)
それだけは避けなければいけないと、イルゼは面持ち新たに愛剣を握った。
明日は更新を予定しております。