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30.卑怯者 そして誘拐

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「……お前ッ!!」


 体格がよく、片目には古傷を負っている冒険者がそこには立っていた。彼の周りにはその部下もいる。


 それはイルゼがランドラの街に来た初日に絡んできた人物と同一人物であった。


 Bランク冒険者のビルクである。


「どうだ痛いか? これは魔族が対お前ように作った特製の棍棒らしいぜ。まあ、そんだけ丹精込めて作っても剣聖様が相手じゃ一撃で砕けちまうみたいだがな……だが効いてはいるみたいだ」


 彼はニヤリと下卑た笑みを浮かべる。初撃が決まればこっちのもんだと言っているようであった。


 そしてビルクの持つ棍棒は、彼の言葉通り粉々になっていた。


「ははっ!! どうしたー? 剣聖様ようッ!」


 ビルクはうずくまったイルゼに、ゆっくりと近づく。


 そして頭を強く殴られ、いまだ立ち上がれないイルゼの下腹を容赦なく蹴り上げる。


「ぐっ!」


 イルゼはゴロゴロと横に転がる。


 だがビルクの蹴りは、あまりダメージを受けているようには見えなかった。そんなイルゼの様子を見てビルクは「ちっ」と舌打ちする。


「うぐっ……なんでお前がそんなものを」


 イルゼがビルクの持つ壊れた棍棒を指さす。


「ははっ、なんでだろうなぁ?」


 頭がジンジンと痛むが、ようやく痛みが落ち着いてきた。


「ううっ」


 イルゼはなんとか立ち上がるが、まだ少し視界が揺れている。


(何で? 足音は一人分しかしなかったのに……何かの魔道具?)


「イルゼ! イルゼ!! 今、余が助けるぞ」


 ふらつくイルゼを見て、男二人に両腕を拘束されたリリスがあらん限り叫ぶ。


「力を失っているくせにうるせぇんだよ!」


 ドゴッ! 


 腕を拘束されて、防御の姿勢をとれないリリスの無防備な腹部をビルクが殴りつける。


「ぐふっ…………う」


 胃の中から、喉へと込み上がってきた液体を外へ出す寸前で止める。


 敵の前で吐くなど魔王の称号を持っている者がしていい事ではない。


 リリスは先代、先先代と古くから受け継がれてきた魔王の矜持を守ったのだ。


「ほう、今ので吐かないとはな。魔王様、中々いい根性してるじゃねえか」


「お主如きの拳で吐くような余ではないわ!」


 リリスはビルクに対し、精一杯の虚勢を張る。


「へぇ、どこまで耐えられるか見ものだな」


「ぬぅ……」


 とは言っても今の人間になったリリスにとってはビルクの打撃一発を受け止めるのが限界であった。


(こやつのパンチ。速さも重さもイルゼにしばかれた時とは比べ物にならない程上がっておる)


 これ以上食らえば、リリスの体が先に壊れてしまう。それを知ってか、彼は笑った。


「まあ安心しろ。これ以上抵抗しないなら何もしないさ。俺が気に入らねえのはあのSランクのガキだけだからな。あんたの事は尊敬しているんだぜ魔王様よう」


 そしてビルクは、先程からリリスの事を魔王様と呼んでいる。それが意味する事は……。


「お主……オメガの使徒か?」


「ご名答。とは言ってもまだ成り立てだがな」


 取り巻きに囲まれたビルクが、その剛腕な右腕の袖を捲り、その肌に刻まれた不気味な紋様――聖痕を見せつける。


 取り巻き達も同じように、服の袖を捲り上げる。


 全員に同じような紋様が刻まれていた。


「これが俺たちの、組織の象徴だ」


 ビルクは自分に刻まれた紋様を自慢げに見せつける。


(なんじゃこの文字のような紋様……どこかで見たような)


 しかし思い出せない。


「お主、それは一体誰から……」


 リリスが言い終える前に、ビルクが慌てたように指示を飛ばす。


「――おっと! 少し話しすぎちまったな、やれ」


 すると取り巻きの男達が動いた。


「な、何を!? 余は魔王であるぞ……んんっ!!」


 リリスに猿ぐつわをすると、ビルクは部下にどこかへ連れて行くよう指示する。


 イルゼは行かせまいと剣を抜く。頭痛は消えた。視界も良好だ。


「行かせない。お前、最初からオメガの使徒だったの?」


「それは違うな。てめえに散々ボコボコにされた後、ある人に声をかけられてな……まあなんやかんやで使徒になったってわけだ」


「これは……報復?」


「それもあるが、俺たちの目的は魔王様の復活にある」


 ビルクはリリスを崇拝する信者となっていた。だがその割にリリスの扱いが雑なのは、使徒になってまだ日が浅いからだろうか。


「……そんな事――私が絶対にさせない!!」


 完全復活したイルゼが、もがもがと暴れるリリスの元へ助けに行こうとした時、ビルクが邪悪な笑みを浮かべる。


「おいおい、いいのか? それ以上動いたら、こいつが死ぬぞ」


 取り巻きの一人が涙目の女性司書を連れてくる。その首には鋭利な短刀があてがわれていた。


「イルゼ……様。申し訳ありません」


「リーゼ!? この卑怯者!!」


 やはり先程扉を開けたのはリーゼで間違いはなかったが、そのリーゼは人質として彼等に囚われており迂闊に動けなくなってしまった。


 ビルクはイルゼが動けば容赦なく、リーゼの首を切るよう命じるだろう。


 その事にイルゼもリリスも当然気付いていた。


 今のビルクは、まともな思考を持ち合わせていないと。ビルクは、イルゼのやさしさを逆手に取ったのだ。


「分かったのなら、そのまま下がって中へ入れ」


「――ッ!!」


 書庫の中に入れられてしまえば、外から開けてもらわない限り絶対に出る事は出来なくなる。


 そしてイルゼに警戒する彼等が見張りをつけない筈がない。


 そうなれば一巻の終わりだ。


「早く中に入れって言ってんだろ!! こいつが殺されてぇのか!」


 ビルクの怒号が飛び、取り巻きがリーゼの首に短刀を押しつける。


「だめっ!!」


「イルゼ様! 私の事など気にかけないでどうかリリス様を……」


「お前は黙ってろ!」


 ビルクがリーゼを怒鳴りつけ、軽く平手打ちする。リーゼは「ううっ」と声を上げ、苦悶の表情を浮かべる。


「――分かった! だからリーゼは見逃してあげて」


「ふん。分かればいいんだ」


 イルゼは大人しく書庫の中へと戻り、取り巻きの男がリーゼから鍵を奪ってリーゼも書庫の中へと押し込む。そして扉を半分閉めた。


「お前も入れ!」

「きゃあ!!」


 体勢を崩して転びかかるリーゼをイルゼが支える。


「リーゼ! 大丈夫? 怪我はない?」


「は、はい。怪我はありません」


 リーゼの体を念入り調べ、怪我をしてない事に安堵する。

 特別な自分と違って、普通の人間は脆いとイルゼは知っているからである。


 イルゼは半分開いた扉の先を見つめる。ビルクと目があった。そして彼は満足そうにニヤリと笑った。


(…………でも良かった、リーゼは無事。リリスは……私が外に出るより扉が閉まる方が先、間に合わない)


 そんなイルゼを嘲るように、扉の隙間からビルクは顔を出し、嘲笑する。


「まっ、そこで大人しくしているんだな。そして魔王様の復活をせいぜい楽しみにしている事だ。ははははははははははっ」


「むぐぐ!! むぐぐー!!」


「ほら、来いよ魔王様」


「リリスッ!!」


 嫌がるリリスを無理矢理連れて行くビルク達の姿を目で追いながら、イルゼは唇を噛み締める。そしてリリスの姿が見えなくなった所で、無情にも扉は閉めきられてしまった。


ここまで読んで頂きありがとうございました!!


明日は更新を予定しております。

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