28. 閲覧 そして探検
よければブックマーク登録をお願いします!
「魔導書が置かれているコーナーはこちらになります。奥側が攻撃、防御、支援などの魔法が書かれている魔導書で、手前側が庶民には公表されていない生活魔法の魔導書が置かれています」
「うわぁ」
「すごい数じゃな」
二人はエルサから説明を受けながら「「はへー」」と自分達の背丈の三倍ほどある本棚を見上げる。
本だけで何百冊とあるのだ。
こうなると、どれだけ一般には公開されていない魔法があるのか見当もつかない
「国はこれを全部秘匿しておるのか?」
「全部……ではありませんね。魔法の才能があって国から許可が下りた者には必要な魔導書を渡していますから。あちらにある錬金術なども同様です」
リーゼの示す先には、魔導書と同じくらい錬金術のレシピ本が置かれていた。
「ほう……」
これでもエリアス王国にある本館には劣るというのだから、本館はどれほどのものなのかリリスには想像もつかなかった。
「ねえ真ん中にあるのは違うの?」
イルゼはリーゼが説明しなかった中央の魔導書に目を向けた。
「真ん中に置かれている本も魔導書でございます。こちらに置かれている魔導書は攻撃、防御、支援魔法、その他どれにも属さない魔法となっております」
「? 具体的には?」
「転移魔法など無属性の魔法になります」
「ふーん……私にも使える?」
「すみません。そこまでは私にも分かりません」
「そっか。分かったありがと」
転移魔法は名前からして便利そうだと、イルゼは無属性の魔法が書かれている本を手に取る。
イルゼが無属性魔法に興味を持ってくれた事に、表情にこそ出さなかったが内心ほっと安堵していた。
リーゼの本音を言えば、イルゼのような女の子に攻撃魔法などが書かれている物騒な魔導書を取って欲しくなかったのだろう。
「はい。では何かありましたらまた窓口までお越し下さい」
丁寧にお辞儀し、イルゼ達に踵を返すと、元来た道へ戻ろうとする。それに驚いたようにイルゼが声をかける。
「リーゼ! リーゼはここに居なくていいの?」
「? それはどういう?」
「ん。私たちの事を監視しなくてもいいの?」
言い直したイルゼに、リーゼはああ成る程と手を叩く。イルゼの言いたい事は痛いほど分かるのだ。
確かに貴重な本を盗もうとする輩がいないとは言い切れないが、そういう輩は、まず国から書庫に入る許可など下りない。
「国王様が直々に許可された者を監視なんてしたら、それこそ不敬罪にあたりますよ」
上司からくれぐれも監視をしないよう言われている。上司に理由を聞けばそうするよう国王に命じられたからだという。
それを聞いたリリスは、国王の気遣いに感謝した。
「国王には気を遣わせたのう」
イルゼとリリスの二人だけ、第三者の目線が無い方が、気兼ねなく過ごせるだろうという妹を影から見守る兄目線――少し過保護な国王陛下なりの配慮だ。
「ん。分かった」
「はい。では私はこれで――っとこれを渡すのを忘れる所でした」
リーゼはイルゼに、受付に置いてあった小物と瓜二つの小物を手渡す。
「?」
「これはベルといって通常は押すと音が鳴ります。これはそれを少し改良したもので、押すと私たちの方に連絡がいく仕組みになっております。お帰りの際はこちらをお鳴らし下さい」
「勝手に帰っちゃダメなの?」
「正確にいえば、帰れないが正しいですね」
「? 帰れないとはどういうことじゃ?」
疑問を浮かべる二人に、見せた方が早いですねとリーゼは先程入ってきた扉の前に立つ。
「では……ん、んんっ!」
力を込めて扉を押すが一向に開く気配はない。
「んんっ!!」
全身の力を振り絞るリーゼの声が妙に艶めかしく聞こえて来る。
本人にその気はないのだが、力を入れて押すごとにゆさゆさと揺れる二つの果実が原因である事は間違いなかった。
「はぁはぁ。この通りです。内側からじゃ絶対に開けれません」
息を荒くし、額につたう汗を拭う。
(胸が大きいと弊害もあるんだ)
身長はほとんどイルゼと変わらないといっても、その胸の重量がリーゼの体力を余計に奪っている事は明らかだった。
本人に聞けば、胸があってもいい事はないと言い切る事だろう。
お互い無い物ねだりだ。
「本当に開かないの?」
「はい、開きません。やってみますか?」
「うん」
イルゼが扉の前に立ち、力を込めて一気に押し込む。
「むぐっ!! うぬぬ」
イルゼが顔を真っ赤にして扉を押すが、それでも扉はびくともしなかった。
リーゼの言葉通り、絶対に内側から開ける事は出来ない造りになっているのだ。
「イルゼでも無理なのか……人間は恐ろしい物を作り上げたのう」
一昔前までは、決してあり得なかった出来事だとリリスは目を疑う。
「…………」
リリスが自力で開けるのは無理だなと割り切る中、イルゼはまだ諦めていなかった。
(本気を出せば開けられない事はない……でもそうすると扉を壊す事になる)
ここで意地を張って、扉を無理矢理こじ開けたら面倒な事になると、イルゼは泣く泣く扉を開ける事を諦めた。
「今見ての通りですので、お帰りの際はベルをお鳴らし下さい。私か上司が参りますので」
リーゼは自分のベルを取り出し、鳴らす。
リーンという心地よい音色が鳴った後、扉の向こうで何やら音がして、ギイッと重い扉が開いた。
扉の先には小太りの男性がいた。
ピチピチの司書の制服を着て胸にバッジをしていることから彼がリーゼの上司である事は明白だ。
「ではごゆっくりお過ごし下さい」
リーゼがお辞儀をして書庫を後にする。小太りの男性も遅れてぺこりとお辞儀をする。
残された二人は、高位貴族の邸宅一つ分はありそうな広い書庫内を探検しながら見ていく事にした。
魔導書や錬金術、神聖術、五百年前の魔族との抗争がさらに詳しく描かれた歴史書まで置かれていた。
「ん。どれを持ち帰るか迷う」
リーゼから欲しい本があったら、二つまでなら持って帰って貰って構わないと言われていたので、その厚意に甘える事にした。
これも国王という伝手があったからである。
すでに持ち帰る一つは決めていた。
転移魔法の魔導書である。
(旅でも、戦闘でも使える)
イルゼは瞬間移動しながら戦う自分を思い描く。やはり汎用性が高いと思った。
宿でゆっくり見ようと思っていたのだが、好奇心の高いイルゼはちょっとだけと言ってページをめくった。
一冊一冊の本は薄い。その分一つの魔法が事細かく書かれている。
「………………」
「どうしたのじゃイルゼ?」
本をめくって、時が止まったかのように固まってしまったイルゼを訝しんだリリスが声をかける。
「……これ全部、古代語で書かれてる。古代語はまだ完璧に訳せない」
リリスが顔を覗かせイルゼの持つ本を見る。
確かに古代語、古代文字で書かれており、イルゼは今の言語の知識はサラから習ったが、五百年前の言語の知識は習っていなかった。
古語を応用すれば読めなくはないが、それでも読むのにはかなりの時間を要する。
考えてみれば、魔族との抗争以降、魔法は失われていったのだから、残っている書物がそれより前の言語で書かれているなど簡単に予想出来た事である。
「むぅ」
渋い顔をしていたイルゼに、リリスから思いもよらない言葉がかかる。
「よめるぞ」
「ん? リリス今なんて?」
「読めると言った。いくら余でも自分の時代の字くらい読める」
「すごい」
イルゼは素直に感心した。
そしてリリスは、どうじゃ凄いじゃろと胸を張る。
歴史を研究する学者からみれば古代語が読めるのは当然の事だが、彼女達にとって古代語が読めるのは自慢、又は尊敬に値するものであった。
「そうじゃ、もっと余を褒めるのじゃ!」
「リリス凄い! さすが魔王!!」
声の調子を高くしただけで先程と言っている事は殆ど変わらないが、それを気にしない、いや気付いていないリリスは、「なっはっはー」と豪快に笑った。
とにもかくにも、魔導書が読めないという問題は解決したのである。
明日は更新を予定しております。