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19.過去 そして現在

本日から2章開始となります。


前半はイルゼ過去の話になっているのでとても暗いのでご注意下さい。


胸糞話が苦手な方は記号から、記号の場所までお飛ばし下さい。


 イルゼと怪物の激しい攻防による破壊音とリリスのダメ押しの悲鳴によって、化け物が暴れていると誰かがギルドに通報したらしい。


「ん。足音がたくさんする」


「今来たところで、もう戦いの爪痕しか残っておらんがな」


 イルゼとリリスは手を繋ぎながら風呂に入るため自分達の泊まっている宿へと急いでいた。

 その道すがら、通報を聞きつけた冒険者や役人達が帰路を急ぐイルゼ達とすれ違う。

 そしてそのうちの二人がイルゼ達に気付いた。


「ん? もしかしてイルゼさん?」


 昨日会った役人と、


「イルゼ?」


 ルブである。


「何かあったの?」


 事も無げに質問を投げかけるイルゼに、リリスは「え? どう考えても余輩の事だろ」と目配せするが、イルゼは全然気付いてくれない。


 それどころか本気で何かあったのかと聞き込んでいる。


 イルゼにとって怪物との戦いは終わった事であり、イルゼは自分の行動が、他の人にも伝達されていると自然に思い込んでいた。


 もはや身体に刻み込まれた呪いと言っても過言ではない。


 五百年前のあの日から今日(こんにち)に至るまで、表面上自由になった今も、彼女は過去の暴君に縛られ続けているのである。


◇◆◇◆◇


 幼い頃から戦場に身を置いてきたイルゼは、『剣聖』という立場から、自分の行動は味方の兵士によって抑制、監視され、王に逐一報告されていた。


 ある作戦の道中、イルゼは魔族に襲われている親娘を発見した。


 泣きながら肩を震わせ、お互いに身を寄せ合う親娘を見たイルゼは、脇目も振らず一目散に駆け出そうとした。


 そんな心の機敏に、いち早く気付いたお目付役の兵士がイルゼに具申する。


「剣聖様。勝手な行動は控えて……」


「うるさい!! ここで助けなかったら剣聖なんて名乗れない!」


 イルゼは、お目付役の兵士に彼等を見殺しにしろと言われ激昂した。


「剣聖様、落ち着いて下さいませ」


 他の兵士にも止められたが、イルゼはそれを振りきって親娘の救出に向かった。


 そして愛剣を携えて、猛然とした勢いで魔族達に迫る。


「――『剣聖』ッ!? 」


「――死ねッ!」


 イルゼに気付いた魔族達は彼女を殺せば勝ちだといわんばかりに襲いかかったが、当然イルゼに傷一つ負わせる事なく、その首を刎ねられる事になった。


 血飛沫が飛び、親娘の周りには魔族の断末魔と共に首が転がる。


 一瞬、ビクッと親娘は肩を跳ね上がらせたが、次には、ほっとした表情で胸を撫で下ろした。


「ありがとうございます。ありがとうございます」


「お姉ちゃんありがと!!」


 母親はイルゼに向かって祈るように手を合わせ、娘も笑顔いっぱいに感謝の意を述べた。


(良かった。怖がってはいないけど……将来的によくはない)


 幼い子供が生首を見ても悲鳴を上げなかったのは、このご時世、人が死ぬなど日常茶飯事であったから見慣れてしまっていたのだ。


 イルゼは助けた親娘には見向きもせず、魔族の亡骸を見つめる。

 それはお礼を言われ、小っ恥ずかしくなっていたからだ。


「んっ……当然の事をしたまで」


 親娘に一言だけ告げるとイルゼは作戦へと戻った。


 イルゼに助けられた親娘は、その後、軍によって保護され九死に一生を得た。


 そして『剣聖』の慈愛に満ちた眼差しに感銘を受けた親娘は感謝を忘れず、その高尚さを『剣聖』を知らない人々に、後世まで語り続けたという。



 戻ってきたイルゼにお目付役の兵士は苦い顔をする。



「剣聖様、やってくれましたね。この事は陛下にお伝えさせて頂きます」



「ん、勝手にして。私は人として、『剣聖』として当然の事をしたまで」



 親娘を助ける事は作戦の予定には勿論入っておらず、イルゼが二人の人間を助けた事によって、作戦の要であるイルゼとイルゼ率いる本隊の到着が遅れ、援軍を待っていた多くの兵士が犠牲となった。


 それでもイルゼが到着しただけで、戦況は一気に優勢となり、作戦そのものは成功に終わった。


 しかし、兵士の報告を受けた国の上層部はそれを良しとしなかった。


 人類の最終兵器として育てた少女に、自我などあってはいけない、我々を裏切ったらどうする!! などとイルゼに裏切られる事を極端に恐れ、後方で鎮座するだけの彼等はそれを声高に叫び、王に再教育をするべきだと進言した。


 王もその申し出を受け入れた。


「お前達の意見しかと受け止めた。儂らに逆らわないようもう一度しっかり教育しておこう」


 イルゼは命令違反をしたとして、王に呼び出され王宮に赴くと、そのまま拷問場へと連れて行かれた。


 そこでイルゼは、彼女の調教用に作られた魔法の鞭で何度も背を打たれた。


 全身に痛みが伝達される。


 それは『剣聖』であるイルゼでも痛みを感じるほど強力であった。普通の人が打たれれば数回で死に至らしめるであろう。


 だが、それくらいしなければイルゼには効かないのだ。


「いぎぃ!!」


「まだ五回目だぞ。こんなものでへばるでない」


「いや、やめて……あぐぅ!!」


「規律違反の罰は軽くないぞ」


 王は自ら鞭を振るい、腕を縄で縛られ吊り下げられた状態で、上半身裸にされたイルゼの美麗な背中に、何度も鞭を放つ。


 イルゼが、か細い声で「ごめんなさい、もうしません。お許し下さい」と許しを乞いても王はその後数十回、鞭打ちは続けられた。


「今回はこのくらいで勘弁してやる」


「あ、ありがとうございます」


 イルゼは疲弊しきった顔で、冷たい床に膝をつく。


 美しい背中は赤く腫れ、皮膚は抉れ、ところどころ化膿していた。

 イルゼは痛みに耐えきれず、嗚咽と共に背を丸め、その場で傷の回復を待った。


 10分程すると痛みがなくなり、背鏡で自分の身体を確認する。すでに傷は無くなり痕も残らなかったが、年頃の少女にとってそれは耐えがたい苦痛であった。


 傷がなくなった事を確認すると、王と文官はイルゼに問答を始めた。

 一種の洗脳である。


「貴方は何者ですか?」


「私は『剣聖』」


「貴方の役目は?」


「私の役目は、魔族を皆殺しにする事」


「貴方の……」


 このような不毛なやり取りが半日かけて行われた。イルゼの心は次第に無になっていった。


 王には誰も逆らえなかった。


(剣聖様。申し訳ありません。私には王を止める事は叶いません)


 文官にも同じ年頃の娘がいたため、罪悪感に苛まれ、全てが終わった後自ら命を絶ったという。


 自室に戻ったイルゼは、ぽふんとベッドに疲れきった身体を預ける。

 今日一日で身体的苦痛、精神的苦痛が交互に繰り返された。その中でも鞭打ちは特に嫌だった。


(痛い……けど耐えられる)


 それでもイルゼは困っている人や助けを求めている人を数多く救った。


 それが人々から何百年経っても敬愛される所以である。


 イルゼが誰かを助けるたびに……余計な事をする度に様々な調教を受け、イルゼは少しずつ王に逆らう事はなくなり、次第に従順になってしまった。


 その頃になるとイルゼは、王に盲目に従う『道具』に成り下がり、彼女の心は完全に壊れてしまっていた。


 表情豊かだった彼女から笑顔が失われ、無表情でいる事が多くなり、誰に話しかけられても答えないか、素っ気ない返事しかしなくなってしまった。


 彼女の子供時代を知る一部の者達にとって、彼女から感情の起伏を奪った王を許せる筈がなかった。


 彼等は徒党を組んで王を弑逆(しいぎゃく)しようとクーデターを起こした。

 だがそのクーデターは呆気なく失敗に終わってしまう。


 内部に裏切り者がおり、密告され討伐隊を派遣されてしまったのだ。


 そして彼等を逆賊として討伐したのは、他ならぬイルゼである。


 イルゼが殺した逆賊の中には、幼い頃よく面倒を見てくれた兵士や、二年間イルゼの身の回りの世話をしてくれたメイドの他、イルゼに少しの間、常識を身につけさせようとしてくれた文官もいた。



 彼等は揃って仮面をつけていた。

 それは組織としての象徴とイルゼのためを思っての変装だった。


 彼等とて叛逆が成功する確率は限りなく低いと見積もっていた。それでも彼等は決行した。


 イルゼを王の呪縛から救う為に。


 仮面をつけた理由は、今の彼女とて少なからず感情は残っている。


 もしも計画が失敗に終わり、イルゼが自分達を殺す時、彼女は必ず躊躇ってしまうと確信していたからだ。


 もしくは見逃してしまうかもしれない。

 そうなれば罰を受けるのはイルゼだ。


 だから彼等は仮面を着け、()を殺した。


 実際その通りだった。


(良かった。誰もいない)


 イルゼは自分の知り合いがいない事に安堵し、存分に剣を振るった。

 

 でも彼女は見てしまった。真っ二つに割れた仮面から見えた素顔を。

 それは自分のメイドだった。メイドはそのまま両断されて生き絶えた。

 けれど斬られるその瞬間までメイドは笑顔を絶やさなかった。

 

「え。うそ? アンナ? アンナなの!?」


 なんで、どうして!! とメイドの亡骸を抱き抱えたままイルゼは泣き崩れた。


 彼女は気付いてしまったのだ、自分が斬っていた者達の正体に。


 プツン! とイルゼの中で何かが切れる音がした。


 それはイルゼという一人の少女が完全に壊れた瞬間だった。


 それからのイルゼは、魔王と会敵するまでの間、自らの意思で人を助けようとはしなくなった。


 それでも壊れる前の彼女に、たくさんの人が救われたのは周知の事実である。


◇◆◇◆◇


「まったくなんで余が……」


 ぶつぶつとリリスがイルゼに対して愚痴を吐いていた。

 本人曰く、疲れたから面倒くさいとの事で、イルゼは自分の身体のあちこちを役人から渡されたタオルでリリスに拭いてもらっていた。


 リリスが「自分でやらんか!」と文句を言ったが、「リリスは何もしてない」と反論され聞き届けてもらえなかったのだ。


「つまりその少年が魔剣という特殊な剣を取り込んで、化け物になったのをイルゼさんが討伐したという事でお間違いないですか?」


 役人が調書を取りながらイルゼに確認を取る。


「うん。間違いない」


「まじかよ」


 イルゼが剣聖だと知っているルブも、あまりの荒唐無稽さに言葉を失っていた。


 剣聖だと知らない役人は、無意識のうちに調書を書く手が震えていた。彼も違う意味で恐怖を感じていたのだ。


「現場検証のために来てくれませ……」


「やだ」


 言い終える前に断られてしまう。


 それでも役人は引かない。


「ですが、あのどうしても……」


「いやだ」


「どうやってもだめですか?」


「斬るよ?」


「……………分かりました」


 リリスがイルゼの全身を拭き終わり、


「ほれ、目立たなくはなったぞ」


「リリスありがと」


 血で汚れたタオルを役人に差し出す。その血の殆どは怪物による返り血だ。


 まさか血で染みきったタオルを真顔で返されるとは思っていなかった役人であったが、苦笑いしなからも紳士的にリリスからタオルを受け取る。


 べっとりと血がこびりつく感触が役人の全身を襲った。


「ひぐっ!?」


「おいおい、お前本当に血が苦手だよな。いいよ俺が貰う」


 ルブが役人から血で濡れたタオルを奪い取る。


「ルブがいてくれて良かったよ」


「なーに困った時はお互い様だ」


 その代わり今度一杯奢れよと言って役人の肩をバシバシ叩く。

 会話からして役人とルブは既知の間からであるらしい。


「ねえ、もう帰っていい?」


 イルゼがジト目で二人を見つめる。


「…………本当は駄目なんですけど、今回は特別という事で」


 役人は頭を抱えながらも、帰る事を許可する。


「いいのか?」


「逆に上になんて報告すればいいんですか? 子供が自分の倍ほどある怪物を倒したなんて信じられないと言われるのがオチですよ。まだ魔物が街中で大暴れして、それを通りかかった名も知れぬ冒険者が倒したと報告した方が信じられます」


「確かに」


 快活に笑い合う二人。


「リリス行こ」


「う、うむ!」


 帰宅の許可が下りたイルゼは、再度リリスの手を取ると早足で歩き出した。


 拭いきれない血の香りがリリスの鼻腔に漂う。


(早く血を落としたいのじゃな)


 女の子らしいイルゼが見られたとリリスは内心嬉しく思う。


(五百年前に余と戦った時の顔とは比べるまでもなく生き生きしてるわい)


 イルゼの愛くるしい横顔をリリスはいつまでも見つめていた。



 その後、宿の温泉で「これが私の癒し」と死ぬほどイルゼに身体を弄られたのは言うまでもない。

ここまで読んで頂きありがとうございました!


明日からは、ほのぼのに戻ります。


ちなみにイルゼが助けた親娘の子孫は今でもイルゼの事を敬愛しています。


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