104.愛情 そして独占欲
『私はこの森の守護者である“樹妖精”。人々から精霊と呼ばれる存在です』
「木が、葉っぱが喋ってるでござる!?」
「お主は……そうか、サチにはドライアドがそのように見えておるのか」
人に似て、人とは異なるもの。常人では決して目にする事ができない高位の存在。
それに伴い、元魔王であるリリスと剣聖であるイルゼにしかドライアド本来の姿を捉える事は出来なかった。
イルゼ達の前に現れた精霊ドライアドは、姿形こそ人間の女性だが、耳は尖っており、その浮世離れた容姿も相まってどこかエルフ族に近い。
そして極めつけは足元だ。そこにある筈の両足は存在せず、彼女の身体を支えているのは地面と癒着した大きな木の根っこ……のようなものだった。
「あなたがこの森の番人?」
『その答えは“否”です。イルゼ様。私はこの土地に生まれた精霊。謂わば見守るだけの存在。直接的な介入は許されていません」
目の前に現れた別種の存在に興味津々なイルゼは、彼女の前に立つとその曇りなき眼でじっと見つめる。
「その耳ってエルフ族のだよね? あなたはエルフなの?」
『その答えもまた“否”です。森と森の民は一心同体の存在。彼女達に合わせて私の姿もまた変化するのです。だからこそ今の私は人とエルフ族に近しい姿となっているのでしょう』
「へー、そうなんだ」
「のう、ドライアド。余からも聞いてよいか?」
『はい、魔王様。なんなりと』
「余はもう魔王では……まぁ良い。あの魔獣は元々神獣グリフォンであったのだろう? 一体何が原因であのような姿に堕ちたのじゃ?」
それは誰もが気になっていた事だった。神の使いとも称されるグリフォンがなぜ獣に堕ちてしまったのか。
その答えはすぐに返ってきた。
『エルフ族が森を離れてから力を失い、私もここ最近までスリープ状態だった為、詳しくは存じ上げておりませんが瘴気に呑まれたものと推測しております。そして凶暴化したグリフォンを私の手で倒すことは難しく、この森は次第に荒れていったのです」
「そうだったんだ……」
森は枯れ、本来の姿を失い、瘴気が立ちこんだ事でいつしか邪悪な魔獣の巣窟となってしまったのだと言う。
「えっと、スリープ状態? そこからどうやって起きたの?」
彼女は最近まで力を失っていたと言っていた。つまりなんらかの手段でこの場に顕現する力を得たということだ。
『寝ている間に自然の力を蓄えていたのもありますが、私は種族でいえば妖精族です。つまり魔族となります』
「妖精なのに魔族?」
少女は首を傾げるが、そこで話を聞いていたリリスが口を挟む。
「イルゼよ。昔のお主であったら彼女の事をどう思った?」
「え、それは……妖精は人間じゃない。人間じゃないなら魔族。魔族なら殺す……あっ」
ハッとした顔で少女はドライアドを見る。
『そういう事です、イルゼ様。昔のあなたであったら私や魔王様はとうに斬られていたことでしょう。人間からしたらエルフ族を含め、私たちは魔族に分類されますから』
「私はもうそんな事しない……ちゃんと話をしてから行動するって決めたから」
――魔王を斬る。
彼女の言葉はイルゼの心に強く響いた。それは昔、王によって与えられた使命であったが、今の自分の使命はリリスを守ることにある。その為には例え相手が誰であろうと躊躇なく剣を振るう覚悟があった。しかし、それではダメなのだと悟ったのはつい最近の話である。他でもないリリスから教えられた。大事なのは対話なのだと。
だから決めたのだ。
――殺す為でなく、誰かを守る為に剣を振ると。
それがかつての王に心を壊される前の自分が目指していた剣聖のあるべき姿だった筈だから。
(リリスがいて……本当に良かった)
運命の歯車が少しでも狂っていたら、隣には誰もおらず、自分は一生暗闇の中にいたであろうという確信がイルゼにはあった。
リリスは少女の光だった。彼女が誘拐された時、彼女の事しか考えられなくなるほどに。
「そうじゃドライアド。今のイルゼと昔のイルゼは違うのじゃ」
『申し訳ありません魔王様。ええっとそれでどこまで話しましたっけ? ああそうそう私が魔族に分類されるという話でしたね。私たち魔族の王であり、主でもある魔王様の復活に私も気づいていました。そしてあなた様が復活するのと同時にその眷属たる私たちは一定の力を得るのです。私の場合は本当に微小なものでしたが』
魔族の新常識を知って驚いたのは魔王であった筈のリリスも同じだった。
「そんな仕組みになっておったのか……」
「リリス、自分のことなのに知らなかったんだ」
露骨に顔を逸らす彼女に、イルゼは苦笑する。
「仕方なかろう! 先代から色々教わる前に亡くなってしまったのじゃから」
「それはごめん」
地団駄を踏む魔王は年相応の子供。幼い容姿も相まって可愛らしく映る。
『……それにしてもエルフ族の長老とはスリープ状態の時から交信して魔王様の状態を知っておりましたが、今こうして自分の目で見ても信じられません――あの暴虐そのものの振る舞いをしていた魔王様がこんなにも可愛いらしい人間の女の子になっておりますとは……一時はまた人間との戦争が始まるのではないかと不安でしたが今のあなた様を見て安心しました』
「ふんっ、余もイルゼから学んだからな」
「ん」
『お互いに良い影響を与えあっているということですね。納得です。そんな魔王様に長老から伝言です。[はんっ。ずいぶんと可愛くなったじゃないか。あの頃のお前さんはとてもじゃないけど里に入れられるような目をしていなかったからねぇ。早く結婚して身を固めるんだね]だそうです』
「あやつめ〜余が力を失ったからってバカにしおって!」
「リリス、結婚って何? 男の人と女の人が一緒に暮らすこと? 私は、そんなのやだ」
子供のように不安そうな顔をしてぎゅっと腕にしがみついてきたイルゼに、リリスは胸を打たれる。
「あ、安心せいイルゼ。余はどこにも行かん。それにお主と離れたら余は生きていけんからな」
「ん。それなら良かった。ずっと一緒」
『ふふっ、仲睦まじいですね。魔王様を変えたイルゼ様。あなた様からは不思議と優しく懐かしい気配を感じます。どうかこの先も魔王様のことをよろしくお願いします。[彼女の旅路に妖精の加護があらんことを]』
手を重ね合わせ、祈るように目を閉じる。すると自分の内から温かくなっていくのを感じた。これが彼女の言う自然の力なのだろうか。
「ありがとう。ドライアドはどうするの?」
『私はこの場に留まり森の修復にあたります。今の私でもそれくらいの事はできますので』
「そっか」
『魔王様、最後に一つよろしいでしょうか?』
「なんじゃドライアド。改まって」
なんでも言ってみろと偉そうに胸を張るが、結局解決するのはイルゼになる為、恨めしそうな目で彼女を見るもその視線に当の本人は気付かない。
『封印されし北の地では、あなた様が復活した日を境に穏健派の魔族と過激派の魔族の間で熾烈な争いが続いています。それを止められるのは魔王であるあなただけです』
「…………ドライアドよ。今の余は人間じゃ。我にできる事はもうない」
『しかし魔王様――』
「――リリスじゃ。余はただのリリス。魔王様ではない。それに今はもう争い事に関わりたくないのじゃ! だから、その……すまん」
「リリス……」
柄にもなく頭を下げるリリス。
イルゼは知っていた。
彼女が自分の事を想って嘘をついている事を。
リリスは責任感が強い。それでいて基本的には真面目だ。
今も自分から魔王の責務を放棄したくせに、心の底では誰かが魔族間での争いを止めてくれる事を願っている。
彼女は今暴虐の魔王としてのリクアデュリスと人間としてのリリスで板挟み状態だった。
人間として自由に生きたい。しかし元魔王としての責任は果たしたい。
そんな矛盾だらけのリリスの事をイルゼは愛おしく感じていた。
(今リリスは私の為に……ううん。自分自身を暴虐の魔王からリリスに変える為に頑張ってる)
なら、――今度は私が一歩を踏み出す番。
リリスの身体を後ろから抱きしめ、そのまま自分の方に向かせる。
そして、 ちゅっと口付けをした。
「――ッ!?」
リリスは驚きのあまり目を見開き、ドライアドとサチも口を開けて呆然としている。
イルゼは恥ずかしさで顔が真っ赤になっていた。あの時とは違う。第三者が見ていないのと見ているのでは訳が違った。
だが、それでも唇は離さない。
どれぐらいの時間が経ったか分からないがイルゼがようやく顔を離すと、そこには顔を赤く染めたリリスの姿があった。
「イルゼ……お主、いきなり何を……?」
口をパクパクさせ、動揺が隠せない様子の彼女にイルゼは言った。
「私は……リリスが好きだから。他の誰にも渡したくない。私の全部をあげるから……だから、リリスの全てをちょうだい?」
「っ、それはつまり……」
真っ直ぐな想いをぶつけてくる彼女に、リリスは何も言えなくなる。
「すぅ、はぁー」
大きく息を吸って、吐く。
呼吸を整えたイルゼは突然の告白に戸惑うリリスに、まるで魔王のような不敵な笑みを浮かべながらこう言った。
「――ん、リリスは私のものだから」
ランドラでサラから教わった、女を落とす口説き文句であった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
今回完全にサチ・アマサワは空気でした。次回の冒頭はサチ目線でお送りします。
「イルゼかわいいっ!」
「リリスさん頑張れ!」
『てえてえ』
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