103.魔獣グリフォン
(余が予想していたより遥かに大きいのう。それにこの見た目……これは地上で活動するグリフォンとでも云うべき姿じゃな)
その魔獣はまさに絵から飛び出してきたような、神獣グリフォンの姿をしていたが、その見た目からは神々しさが抜け落ち、全身が赤黒く変色して禍々しさが勝っていた。
目も爛々と赤く光っており、とても正気とは思えない姿である。
「リリスはサチの後ろに隠れてて。先に私が出る。手こずりそうだったら死角から攻めて。私が引きつけておくから」
「あいわかった、リリス殿。こちらに……」
ほへーと呑気に魔獣を観察していたリリスに、少女からの指示が飛ぶ。
「う、うむ」
慌ててサチの後ろに回り、魔獣との戦闘に臨むイルゼに向けて「頑張るのじゃ!」と親指を立てた。
彼女はそれを受けて一度振り向き、いつも通り「ん」と短く頷くと鞘から剣を引き抜く。
「これ、お守り」
そう言って少女が渡してきたのは、先程まで彼女の剣が収められていた鞘であった。
「ぬぐあっ!」
受け取った途端、ズシンッという重みが両腕にのしかかり、地面にぺたりと座り込んでしまう。
やはり、少女の装備はアホみたいに重かった。
「何かあったら、それがリリスを守ってくれるから」
「? そうか、分からんがわかったぞ」
「じゃ、行ってくる。サチは無理しないで」
「合点承知ッ!」
「気をつけるのじゃぞ」
二人に見送られて、イルゼは隠れていた茂みから身体を出す。
武道会での激しい戦いの末、サチは予備の刀を使用しており万全な状態ではない。相手の力量が分からない今、剣聖が出るのは当然であった。
ゆっくり、ゆっくりと後ろから魔獣に忍び寄る。
魔獣は、まだ少女の接近に気付いていない。変わらず泉の水を呑み続けている。
(リリスが心配。あんまり離れたくない……)
魔王はイルゼと少し距離を置いた場所で、膝を丸めて座っていた。そこに注意を向けるのも忘れない。
何も敵は魔獣だけとは限らないのだ。
ランドラの街の時のように、オメガの使徒が陰でこそこそと隠れて狙っている可能性がある。
今は誰かにつけられている感覚はないが、不測の事態に陥った時、リリスが守れる距離にいればなんとか出来る自信がイルゼにはあった。
また一歩近づく。そこはイルゼの間合いであり、魔獣の間合いでもあった。
彼女の殺気に気付いたグリフォンが、鉤爪が備わった後ろ足で馬のような蹴りを繰り出す。
元が神獣なだけあって、その蹴りは神速そのもの。一般の冒険者では太刀打ち出来ない威力と速さを誇っていた。
「やっ!」
しかし彼女はただの冒険者ではない。魔王を倒した本物の英雄である。
繰り出された神速の蹴りを当然の如く躱し、大きく剣を振りかぶる。
「ガッ!?」
まず一太刀。
グリフォンは驚いた様子を見せるも、身を翻し、前足の鉤爪で応戦する。が、そのまま鉤爪ごと前足を斬り落とされる。
「ギィャアアアアォォォォーー!」
「うるさい……」
鬱陶しそうな声でぼやく少女。力量差は明らかになった。
もう、恐れはない。
森全体に轟く咆哮を上げた魔獣が、怒りのこもった目で獲物であるべき筈の人間の少女を見下ろす。
その赤い瞳には、自分の前足を奪ったイルゼしか捉えていない。だからこそ気付けない。迫るもう一人の少女に。
「不意打ちごめん!」
「ギイァッ!?」
そもそもの話、足場のない後ろに注意が向くはずがなかった。翼を持つ生き物ならまだしも、人が泉の上を歩いて移動するなどあり得ないのだから。
しかしサチは奇妙な物を足に装着し、泉の上を器用に走ってグリフォンの背後をとった。
勢いのまま斬りかかるも、これは鋼のように硬くなった翼で防がれる。
「くっ、拙者の刀では通らないでござるか!」
「大丈夫。そのまま注意を引いてて」
続く二撃目の攻撃がグリフォンを襲う。尚も翼で防ぎつつ、その瞳はイルゼの動きを捉え続けていた。
獣の本能で、サチよりイルゼの方が脅威と理解したのだろう。
「むっ。相対しているのにも関わらず、視線を逸らされるのは悔しいでござるなっ!」
手法を薙ぎから突きに切り替え、肘を短く引き、ある一点を貫く。
そこは関節である。鋼のように硬い翼も関節はいくらか柔らかく、突破可能であった。
「ギイシャァァー!」
小刀がグリフォンの翼を貫き、勢い衰えることなく魔獣の瞳に突き刺さる。
「今でござるっ!」
「んっ」
上体を逸らしたのを見逃さず、グリフォンの下に潜り込んだイルゼが間髪入れず斬り込む。
下腹を臓器ごと切り裂かれ、グリフォンは絶叫を上げた。致命傷の合図である。
「まだ……生きてる」
「アギィャァァア……ア、アァ……」
決着後も、その凄まじい生命力でのたうち回りながら出鱈目に暴れるが後の祭りである。
二人に見守られる中、グリフォンの哮りは弱々しくなっていき、やがて絶命した。
「もう来てもいいよ」
おいでと手招きをして、離れていた魔王と合流する。
二人の元にとてとてとやって来ると、グリフォンの死体の前にしゃがみこみ、興味深そうに首を傾げた。
「なぜ人間に神獣と称されるグリフォンから、余と同じ魔族の気配がするのじゃ……。だがしかしよくやったのう。これで孤児院の子供達も安心じゃろうて。普通の冒険者がグリフォンを討伐するとなると、多大な被害が出ておった」
「うん。森も感謝してるみたい」
「森、でござるか?」
「そう」
「余も先程から気になっておった。イルゼは自然の声が聞こえるのか?」
そう問いた瞬間、空気が変わる。リリスは強い生命の香を感じた。
「たぶん? ずっと聞こえるよ。ほら、今だって――」
(深紅の瞳となり、完全に魔獣と化してしまったグリフォンを倒して頂きありがとうございました。イルゼ様、サチ様、そして魔王リリス様)
その声はイルゼだけでなく、リリスやサチにもハッキリと聞こえた。
「なんじゃ、どこから聞こえるのじゃ!」
何処から聞こえてくるのかと辺りを見渡すが、声の主は見当たらない。
そんなリリスにイルゼが頭を振って否定し、目を閉じると、静かに自分の胸に手を当てた。
「違う。この声は直接心に語り掛けてきてる。あと私にはなんとなく見える。ねえ、二人にも見えるように出来ない?」
少女の呼び掛けに答えるように、木々が揺らめく。間を置かずして、彼女達の前で突風が巻き起こり、枝葉が舞い上がる。そしてそれが徐々に人の形を取っていくのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
「イルゼかわいいっ!」
「リリスさん頑張れ!」
『てえてえ』
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