102.泉 そして妖精の森
魔王の夜這いのノクターン版を先程公開しました。
そちらも合わせて読んで頂ければ幸いです。
意気揚々と出発したのはいいものの、深々と生い茂る草木に邪魔され、早くも三人は道に迷っていた。
「イルゼよ。ほんとにこっちで良いのか?」
「たぶん」
「なんだか既視感を感じるでござるなー」
目的の泉までそれほど遠くないとはいえ、思うように進めていないのが現状であった。
剣聖を先頭に、その後を魔王と剣士が続く。
暫く進むと獣道が現れ、ほっとする三人。しかし災難は続いた。
「ぬあっ! ここっ、足がズボッといったぞ。ズボッと」
片足がぬかるみにハマり、抜けなくなってしまったのだ。慌てて後ろにいたサチに助けを乞い、なんとか脱出する。
「ふぅー。サチ、助かったぞ」
膝に手を置き深呼吸。お礼を言って顔を上げるとサチは心配そうな表情をしていた。
自分の事かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「ゼット殿達はこんな道を毎日通っているのでござるか……些か心配になってくるでござる」
――それもそうだ。魔王である自分が足を取られるくらいなのだから、子供達にはもっと危険だろう。
へなちょこ魔王はそんな事を思っていた。
実際は魔王のバランス力が皆無なだけの話なのだが……。
「ん。だからみんないつも泥だらけ。でも昔からそうしてるからもう慣れてるんだと思う」
「そうだとしてもやはり不安は残るでござるよ。ここで魔獣に襲われたら逃げるに逃げれぬ」
草木はある程度人の手で開かれてはいるが、元々の地盤が悪い為、地面はかなりぬかるんでおり歩きにくさは絶大だった。
彼女の言う通り魔獣に襲われでもしたら、それこそ命が危ういだろう。
「二人とも、気をつけて」
かなりの歩き辛さを感じるリリスに反して、イルゼは全くといっていいほどぬかるみによる抑制を受けていなかった。
リリスの目には泥が不思議と避けていっている様にも見えた。
歩き方に何かコツでもあるのだろうか? リリスは前を歩く少女の真似をしてみるが、バランスを崩し転倒しかける。それをまたサチに助けてもらった。
後ろから身体を支えられた事で、リリスはおやっ? と思った。彼女の身体は意外にも筋肉質だ。それにどんなに寄りかかってもサチが体勢を崩すヴィジョンが見えなかった。
「んっ? そういうサチもイルゼ程ではないが、体幹がしっかりしておるのう。しかも草履? という履き物で」
「ああ、それは祖国の山道でずいぶん鍛えもうされましたから。この程度の険道、朝飯前でござるよ」
だから安心して歩いていいとは言われたが、元魔王としてこれ以上無様を晒す気はなく、「今のは転ぶ練習じゃ」と自分でも訳の分からない事を言ってそれから先はイルゼの真似などせず、ただただ慎重に歩く事に専念した。
それでも何回か転びかけたわけだが。
「ぬぅー」
奥に進めば進むほどぬかるみは深くなってくる。
悔しい事に険路を歩く事に慣れているサチにとっても沼地を歩く機会は滅多になく、苦しいものがあった。
ぬかるみを進む事、約5分。ようやく湿地帯を抜け、再び鬱蒼とした森の中に放り出される。
ここまで来るのに約15分。ゼットの話によれば片道20分との事なので泉はもうすぐそこだった。
「リリス。昨日子供達から聞いたんだけど、ここは元々妖精の森って呼ばれてたみたい。今は妖精の姿を見たって人はいないけど、森の番人? だった彼女達がいなくなってから環境が悪くなる一方なんだって」
「大型の魔獣などが棲みつくくらいでござるからなぁ」
「うん。どうしてこの森から妖精が居なくなったのか、リリスは何か知ってる?」
妖精といえど、種族でいえば魔族に分類される。なので魔族を束ねていた元魔王なら何か知っているのではないかと思い、イルゼは昨日子供達から聞かされた話をそのまま伝えた。
一方、問われた魔王は顎に手を当て難しい顔をする。
「うーむ……そうじゃのう。昔の事であまり覚えとらんが人間に好意的なエルフ族しかり、彼女らを慕うちびっこ妖精共は人間との戦争が激化してからすっかり森の奥に籠ったきり姿を見た事がないのう。余も一度交渉に出向いたが、あやつらが作った独自の結界に阻まれ会うことも叶わなかったわ」
魔王といえど全ての魔族を抱き込むのは難しい。エルフ族のように中立の立場をとる魔族も少なくなかった。
そういう者達と好戦的な者達の舵取りをするのも魔王としての役目であった。
(あやつらには苦労させられたわ)
特にエルフ族の長老が持つ世界樹の杖はとても強力で、常時全てのエルフの里を繋げていると言われている。
強大な魔力を持つ長老には、魔王であった頃のリリスでも迂闊に近寄れなかった。
「そっか。エルフ族の人達はきっと色々悩んでその選択をしたんだね。その証拠にこの森もそれを受け入れている」
「この森もそれを受け入れている? それは一体どういう意味じゃ、イルゼ……」
その意図するところを聞こうとしたが、タイミング悪く魔獣が放つ強力な魔力を感じた。
「――っ、イルゼ殿。リリス殿!」
「ん。わかってる。かなりの魔力持ち」
「イルゼよ今の話、あとで詳しく聞かせるのじゃぞ!」
サチが腰の刀に手を掛け、イルゼが臨戦態勢をとり、リリスは二人の後ろに下がる。
魔王の血を呑んだことで使用可能になった魔術で、異空間からその辺で拾った石ころを取り出し「これを投げつけてやるぞー」と躍起になったのはいいものの、イルゼに相手をよく観察する前に刺激するのはダメ、かえって狙われる危険性が高まる。という二つの理由から却下となった。
いざとなったら一人で逃げるよう言われたが、元魔王たる自分がイルゼやサチという大切な仲間を置いて逃げる気は毛頭なかった。
三人は気配を殺し、前方に見える泉へとゆっくり近づく。
「いた」
そこにいたのはゼットから聞いた通りの特徴をした大型の魔獣で、その短い舌を出してチロチロと泉の水を呑んでいる所であった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
「イルゼかわいいっ!」
「リリスさん頑張れ!」
『てえてえ』
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