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第3話 どうすればスライムは倒せますか?

 玄関に用意されていた靴を履いて寮を出ると、そこは窓から見えていたとおり、林の中だった。

 よく晴れているため、木漏れ日が射し込んで心地よい。


 んーーーー……はぁーー


 めいっぱい伸びをした。いい空気だ。


 なんだか林間学校みたいな感じがして、あまり異世界にいるという実感が湧かない。

 その理由の一つに、ここが中学の林間学校で利用した総合施設に似ているというのがあるのだろう。

 青少年自然の家だと言われても、納得してしまいそうなロケーションだ。


 ダンジョンの場所は看板に書いてあるそうなので、その看板を探しつつ、適当に歩いて散策する。


 自然に囲まれた広大な敷地。宿泊施設や広場、講義堂といった施設。人工的な建造物については、きっとあるのだろうと予想していた通りだった。


 まぁ、似ているところがあれば、当然、違うところもあるわけだが。

 とりあえず寮の周辺に畑があった程度で、他にこれといって変わったものは見当たらなかった。




 少し開けた三叉路に、目当ての看板を発見した。この施設全体をイラストにしたような、動物園とかにもよくある案内図だ。



「ここが現在地で……えーっと、あれ?」


 ダンジョンの場所を探しつつ眺めてみると、奇妙なことに文字は2種類使われていた。


 ひとつはもちろん、日本語だ。

 先生がこの施設を用意したのだから、それは当然のことだろう。


 気になるのは、もうひとつの言語。


 最初、世界が違うのだからきっとこちらの世界の言葉なのだろう、と考えて読み飛ばしていたのだが……。


 それは見覚えのあるアルファベットで。

 ローマ字読みではない特徴的な読み方で。

 英語にとてもよく似ている……どころではない。


「これ、英語じゃないか……!でも、なんで?」


 どういうことなのだろう。

 僕ら以外にも利用者がいて、その人たちは英語を日常的に話す、ということを示しているのだろうか?


 僕は少しだけ、その理由について思案して。


「うん……分からないし、あとで聞けばいいや!そんなことより、魔法だ、魔法!ダンジョンだ!」


 悩むのをやめた。

 こういうときの頭の切り替えが早いのは、我ながら大したものだと思う。


 ……ふむふむ、ダンジョンのスペルは"dungeon"って書くのか。

 普通に勉強していたら、一生覚えることのなかった単語だな。


 奇妙な縁に僕は苦笑しながら、その場を去ったのだった。




 歩くこと数分。

 僕は、目的の『初級ダンジョン』という名のついた洞窟があるエリアに着いた。


 地面にポッカリと口を開いた洞窟。

 その前には、屋根と柱だけの木造のレストハウス的な建物があった。

 キャンプ場とかにある、屋根付きの屋外作業スペースみたいなものだ。

 大きな個人ロッカーがズラリと並び、ダンジョンに向かうには、それ相応の準備が必要であることを、暗に示していた。


「凄い大きさだな。1つのロッカーに大人2人くらいは入れるぞ」


 事前に聞かされていた通り、扉には1から32の番号が振られている。

 僕は迷わず、自分の出席番号のロッカーへと向かった。



 カチャリ。


 鍵はなく、ロッカーの中には、いくつかの道具が整頓されて収まっていた。


 厚めの革の防具、すね当て、担ぎ紐のついた布の袋が3枚、懐中電灯のような筒、ノミと小さなハンマーピッケル、ペグの束とロープ、そして空の水筒。

 どれもこれも探検に必要そうな装備や道具ばかりだった。


 これ、懐中電灯……であってるよな?


 唯一、違和感のあるその道具を、試しに手に取ってみた。


 その金属製の筒は少しひんやりとしていて、なんとなく手のひらの血の気が引く様な感覚に襲われた。


 スイッチを押すと、先端部から強力な光を発しだした。どうやら見た目の通り、ちょっと変わった懐中電灯のようだ。


「……あぁ、やっぱりそうか」


 重さから分かっていたが、電池は入っていないかった。

 仕組みが気になって、ちょっとだけ分解してみたところ、持ち手部分の内側には白色の線で描かれた魔法陣のような模様があるだけだった。

 発光しているパーツも電球ではなく、白色の結晶だ。『火』の魔力の結晶に間違いないだろう。


 つまりこれは、使用者の魔力で光る懐中電灯というわけだ。


 へー!!

 細かい仕組みは知らないけど、電池も充電も不要なのは便利だな。あと、軽いし。




 さて、と。準備よし!

 さっそく行ってみますか!


 布の袋に道具を詰め込み、いざ初級ダンジョンへ!


 僕以外にもけっこう来ているはずだし、中で会うかもしれないな。

 まぁ、中級ダンジョンもすぐそこにあるみたいだし、そっちに行ってる可能性もあるけど……。


 期待に高鳴る胸に従って、僕は洞穴を一歩一歩、下っていった。




 洞窟内は懐中電灯がなければ真っ暗、というわけではなく、所々に青白く発光するキノコや紫色に光る鉱石があったおかげで、探索は順調だった。

 入口はそんなに大きくなかったが、入ってみると思っていたよりもずっと広い空間が奥に続いていた。


 ただ、広いが今のところは一本道だ。人の手が入ってることを踏まえれば、ダンジョンというものは洞窟というよりは坑道とかトンネルの方が近いのかもしれない。


 そんなことを考えていたとき、足がぬるりとした感触に突っ込んだ!!


「ひゃぁあああ!?」


 情けない声を上げながら、足元を照らしてみると、そこには極めて粘性の高い液状の物体が付着していた。


「な、なんだコレ……気持ち悪っ」


 僕がその正体を確かめようとした、次の瞬間。


 ブニュルン!!


 その謎の液体は波打ちながら、勢いよく懐中電灯に飛びかかってきた!!


 ……が、届かずに、地面にベシャァと潰れるように広がった。



 ……ちょっとだけ和んだ。


 すかさず距離をとり、頭を冷やして考えれば、その正体に心当たりが浮かぶ。


 なるほど、これが……!

 コイツが噂のスライムか!!

 たしかに、聞いていた通り、これは巨大なアメーバだ。


 初のモンスターとの戦闘がゲームではなく、リアルというのは、向こうの世界じゃ僕くらいなものだろうな。


 さて、それじゃ武器を構えて、隙を見て攻撃を……。




 あれっ?


 ……武器なんて、あったっけ???




 スライムの懐中電灯に飛びかかる攻撃!

 ヤスラギは懐中電灯を奪われた!


 カン!コッ、コロロロ……


 フッ


 魔力を供給する持ち主の手を離れたことにより、懐中電灯の光は消えてしまった。

 一転してあたりは暗闇に包まれる。


 し、しまった!

 ひとまず、―ピッケルハンマーとかノミとかペグで応戦するつもりだったのに!


 クソッ、電池式だったならこうはならなかったのか!

 やはり、どんな物でも一長一短だな!!


 急に光を失ったせいで、まだ薄い暗闇に目が慣れていない。


 だが、なんとか冷静さは失っていない。

 焦らずに対処しよう。 



 暗闇で敵を見失ったのは相手にとっても同じだろう。


 そのように、ヤスラギは無意識の内に考えてしまっていた。

 その時点で、対処は決して間に合わないものとなった。


 相手がスライムであるというこの状況、ゲームでさえ経験した事の無いヤスラギは、まだしっかりと理解していなかったのである。




 シャバシュルン!!


 聞いたことのない水音がした。


 それは、ひっくり返したバケツの水の塊が、逆再生のように、宙に飛びあがるときに聞こえるであろう音だった。


「!!?ゴボボッ!」


 ヤスラギは冷静だった。

 ゆえに、自分の身に何が起きたのか把握するまでは、とても早かった。


 そうか、しまった!

 コイツは光ではなく、魔力に反応していたんだ!


 つまり、魔法の光が消えた今、次に狙うは魔力だけで構成されたという僕の身体、僕の生命だ!


 暗くたって、関係なかったんだ!

 だって、コイツには元々眩むような目はないのだから!!


 しかも、この動き。この体勢。

 この捕食者スライムは、生き物の殺し方を知っている!!

 息の根の止め方を、本能的に理解しているんだ!!!



 マズい、不味い拙いまずいまずいッ!!!

 早く、早く!

 急いでコレを引き剥がさないと、窒息死するぞ!!


 顔から水の塊を弾きとばそうと、手を水掻きのようにして対抗するが、意志を持って留まり続ける水には無力だった。

 掻き分けても掻き分けても、指のわずかなスキマを抜けて、水が必死にしがみついてきた。


 不意をつかれ、たいして取り込めていなかった酸素を求めて息を吐きだす。

 ……と、その隙を逃すことなく、スライムは口の中に潜り込んできた。


 土とミネラルウォーターの味がするグニョグニョのゼリーが、口の中に広がる。

 吐き出すことも叶わず、思わず僕は……。


 んぐっ……ゴクン。


 それの一部を飲み込んだ。

 食道を通過するぬるりとした存在感。

 だが、不思議と嘔吐などの拒絶反応はなかった。


 おぼろげになる意識のなかで、僕の本能は、これが唯一の対処法だと判断したらしい。


 ジュルルルルル……ゴックン!



 ……プハァ!!!


 とっさに捕食者スライムを捕食する。食べられる前に食べ返す。

 それは、実際のところ大正解だった。


 古来、人類がどのようにして生態系の頂点に立ったのかと問われれば、過程や方法などは知らずとも、こう答えることが出来るはずだ。


 人類は、すべての生物に対する捕食者となったからだ、と。



「ゲホッ、ゲホゲホッ……ぬがど思っだ……」



 スライムはその身体の半分以上を失い、ヤスラギの顔にへばりついたままドロリと溶けていった。

 体内へ降りていったスライムの一部も、胃の中で暴れているということは無さそうだった。


「……スライムって、食べられるんだ…………知らなかった」


 お腹の具合を気にしつつ、僕は袋からノミを取り出し、ナイフの代わりに右手に持った。

 拾い上げた懐中電灯は、そのまま左手に持つことにした。


 ひとまずこれで、またスライムに襲われても今度は対処できるだろう。

 先に進んで、レベルを上げるとしよう。




 どのくらい降りただろう、地下三階分くらいは降りただろうか。次のスライムは、その辺りで遭遇した。


 予想していた通り、左手の懐中電灯に向かってスライムは飛びついてきた。

 先程と同じく魔力を狙う習性を利用して、僕は左手をわざとスライムに喰わせる。


「おりゃ!(ヌルン」


 あんかけを箸で掻き混ぜているかのような、とても無意味な感覚だった。

 ……どうやらノミ程度では、手応えがないようだ。



 僕がそいつを食べるという判断を下すまで、そう時間はかからなかった。



 次第に分岐も増え、彷徨く距離も長くなるとスライムとの遭遇回数も増えることになった。


 スライムを食べること、6匹……6体……?


 ……6杯目。

 遂に、お腹が一杯になった。

 もう胃の中がタプンタプンになっている。


 独特な土の味にもとっくに慣れてしまい、今後、スライムはお腹さえ空いていればこうやって倒すんだろうかと不安になった。


 事前のイメージでは、剣で真っ二つにでも斬れば倒せる雑魚敵だったのだが、いやはやどうして、なかなかの強敵だ。

 もしもこいつに群れで襲われたら、ひとたまりもないだろう。

 そのときは、なにかしら魔力を帯びたものを囮にして逃げるしかない。


 それにしても、初級ダンジョンでこんなに苦戦するということは、僕の知らない"正しいスライムの倒し方"があったのかもしれないな。

 それこそ、ゲームだったら魔法で倒すのがセオリーだったりするのかもしれない。


 もしくは、専用の武器があったのだろうか。

 こんなことなら、もっとレストハウス内を確認してくればよかった。

 撥水加工を施した剣とかなら、簡単に倒せる気がするもんな。それこそ包丁サイズでもいい。


 まぁ、そもそも武器を持っていないことにすら気づかなかった自分には、無理な話ですけどね……。


 膨れ上がったお腹と重い足取りを少しでも軽くしようと、あれこれ考えて気を紛らわしながら、僕はダンジョンの奥へと進む。



 すると、ついに光の灯った部屋を発見した。


 そっと覗いてみれば、それは間違いなく、ゴールの部屋だった。


 左右対称に並んだ篝火の間に、宝箱。

 ゲームをした事がない僕でさえ、これがこのダンジョンの終着点だと分かった。


「よかった、これで悔いなく戻れる……」


 駆け出したい気持ちだけが先行し、お腹を抱えてよたよたと近づいてゆく僕。


 中身はなんだろう。帰りはどうしよう。

 そんなことばかり考えて、この明るく照らされた部屋に、まさか敵が出るとは微塵も思っていなかった。



 この手のゲームを遊んだことがある者たちならば、おそらく直前にセーブをしたくなったはずだ。

 あるいは、回復したり、装備を整えたりしたことだろう。


 残念ながら、ヤスラギはゲームの雰囲気は掴めても、お約束までは知らなかったのだ。




 部屋の真ん中を通り過ぎたとき、ソイツは背後に現れた。



 ……ピチョン



 なんのことはない。

 天井からの水滴が、水に落ちる音がしただけだ。


 だが、おかしいな。

 この部屋に、水溜まりなど、無かったハズだ。



「!?(バッ」



 僕が思わず、振り返るとそこにいたのは。



「嘘だろ、オイ……」



 あまりにも巨大なスライムだった。 


 この部屋に入ってきた穴よりも巨大な水の塊が、出口を塞ぐようにぷよぷよと揺れ動く。

 もしもアレに包まれてしまえば、脱出は不可能だろう。


「ちょっ、マジで??!! ここ、ゴールじゃん、敵がいたら駄目じゃん!! 何で!?どこからこんなの出てきたのさ!!!」


 逆ギレしつつ、巨大スライムから逃げるように宝箱へと駆け寄った。


 そうだ、箱の中身次第では、何とかなるかもしれない。


 そんな期待を込めて、箱を押し上げる……が、開かない、鍵がかかっている!!


「ちょおおおお!? もう、どうしろってんだよぉぉお!!」



 イベント戦であれば、すぐさま凄い武器を入手してBOSSを倒すのがチュートリアルあるあるなのだが、そこはさすがのゲーム好きの先生。

 ゲームとは比べ物にならない自由度の現実を、少しでもゲームに近づけるために。

 先に宝箱を開けて戦線離脱、という手を封じるために、ほんのちょっとだけ難易度を高くしていたのだ。



「クソッ、死んでも復活できるとは聞いてたけど、だからっていきなり殺しにくるとは聞いてないぞ!!」


 部屋にあった篝火を持ちあげ、スライムに向かってぶん投げる。


 当然、ジュワーっという音を立てて火は消えた。


「……だよね!! 知ってた!! もー!!マジでどうすりゃいいのさ!!」


 手当り次第の方法を試そうにも、そもそも手段が少なすぎる。


 ここに来るまでに、ペグとロープで縛ってみたり、布の袋を被せてみたり、水筒に詰め込んでみたりしたが、物理的な手段はすべて効果が無かった。

 結局、食べて飲んで倒してここまで来たのだ。


 そういう意味では、水筒が一番倒しやすかったが、このサイズの相手ではどうしようもなかろう。


 布の袋も、せめて、ビニール袋でもあれば封じ込められたかもしれないが、そもそもこんな大きさのスライムを入れられる袋なんてテレビのバラエティーでしか見たことがない。


 ダメだ。八方塞がりだ。


 あとはもう火事場の馬鹿力、ぶっつけ本番の魔法に頼るしか方法は思い浮かばなかった。


 でも、あの鉛筆もなく、そもそも魔法陣の書き方すら分からないのに、見よう見まねで、先生の『魔砲』を再現することなど、できるはずが無かった。


「でも、やるしか無いだろ!!」


 魔力の流れは、しばらく懐中電灯を握っていたおかげで少し、分かる。

 血の気か引くような、熱が奪われるような、あの感覚こそが『火』の魔力が出ていく感覚なのだ、と。


 僕は右手をスライムにかざし、全身の熱をその手の中に集中させるイメージを膨らませる。

 幸い、巨大スライムの動きは鈍重だ。狙いは簡単につけられる。


 サァッと全身から血の気が引いていく。

 指をこれでもかと広げた右手が、尋常ではない熱を帯びる。


「よし、あとはこれを……!」


 撃ち放つだけ。

 そう思ったとき、スライムはその姿をより凶悪なものへと変えた。


 3トン近い大量の水と魔力のみで構成される巨大スライムは、その重さゆえに鈍重だ。


 しかし、身体の一部を触手のように扱うならば、話は変わる。


 強烈な魔力に反応したスライムは、本能的に無数の触腕を伸ばした。

 その発生源を絡めとり、体内へと取り込む為に。


 ジュワァーッ!!!


 当然、それ相応の熱がスライムの体液を蒸発させる。

 だが、それも焼け石に水というもの。

 ヤスラギは全身を巨大スライムの中に封じ込められてしまった。


「ごぼぼっ……んぐっ……!!」


 このサイズでは内部から喰らい尽くすのは不可能だ。

 最後の頼みの綱だった『火』の魔力も、大量の水であっさりと打ち消されてしまった。


 ……駄目か。

 やはり僕なんかの魔力じゃ、魔法には程遠いものだった。


 クソっ、せっかく『火』の魔力をコントロール出来るようになったのにな……。


 ……せめて、『魔砲』の魔法陣があれば……。




 スライムは捕食中は動かなくなる、というのはこちらの世界では常識である。

 ただし、例外的に、巨大なスライムは消化力、消化器官が優れているため捕食中でも動き回ることがあるというのは、あまり知られていない。


 魔力を含むものなら何でも捕食して成長するため、街の下水道なんかでも、たまに大量の巨大スライムが発生したりもするそうだ。


 そんなときに使われる方法が、『魔力の過剰供給による自壊作用』を用いた処理方法である。


 どんな生物であっても、その肉体レベルを超える魔力を保有することはできない。

 許容量を超えた魔力によって、体内を構成する物資の状態が変化してしまうためだ。


 スライムであれば、その水分が蒸発したり、体液が泡立ったり、流動性を増して粘性を失ったり、固体化したりしてしまうのだ。




 ……ボコッ

 ボコボコボコッ


 ブクブクブクブク、ゴボボボ!!


 巨大スライムの表面に気泡が立ち上る。

 その現象は、まさに沸騰そのものだ。


「……。(ニッ」


 ヤスラギは、今度は左手に『火』の魔力を集中させていた。


 いや、正確には違う。

 左手に持っていた魔法の懐中電灯に、その魔法陣に魔力を極限まで注入していたのだ。



 魔力を調整することで、同じ魔法でも、全く違うものになる。


 つい先程、先生が実演してくれたことが功を奏したのだ。



 スライムの体内から、みるみるうちに水分が蒸発する。


 眩い光を放つだけの懐中電灯に過ぎなかった魔法の筒は、今や高密度に圧縮された光線を放つビームサーベルと化していた。



「ゴボバホロロ!!(こんのやろぉおおおお!!!」



 死ぬ気、気合い。命を振り絞って生み出されるその熱量を、両手で強く握ることで勢いよく流し込むと、懐中電灯はさらにその出力を上昇させた。


 一振りの光り輝く剣となった懐中電灯を、ヤスラギは体を捻り、振り回した。



 ザバァシャァー!!



 熱くて痛くて食えたもんじゃない、とスライムはたまらず、食べていたものを吐き出す。

 再び呼吸ができるようになったヤスラギは、荒くなった息を整えながらも、静かにその闘志を燃やしていた。


「ハァ……ハァ……」


 よし、とりあえず助かった!!

 あとは、コイツに勝つだけだ!!!


 僕はよろめきながら、立ちあがる。

 敵を真正面に捉えたまま、光る魔法の剣を握りしめ、上段の構えをとった。



 普段、デジタルのゲームもしないし、流行りの漫画も読まないし、話題のアニメも見ない僕でも。


 この技だけは、知っている。


 テレビのCMで何度か見た、その技を。


 どこか憧れていたのかもしれない、その名を。


 アーサー王伝説の聖剣から生まれた、その絶技を。


 僕は、叫ばずにはいられなかった。



「お返しだ……! エクス……!!」




「キャリバァァァ!!!」



 ズガガガガ……バシャァァァン!!


 天井を削り取るほど膨大な魔力で練り上げられた白光の帯が、巨大スライムを頭上から真っ二つに斬り裂いた。


 それらは、膨大な熱量を得たことで膨張した空気ごと、一気に弾け飛んだ。

 爆熱風となった剣圧は、本来ならば通常サイズとして残るはずのスライムたちを粉々に吹き飛ばし、一片も残さず蒸発させたのだった。






「……イ、オイ!らぎ長!!しっかりしろ!!」

「……あぁ、ヤマトか……大丈夫、ちゃんと生きてるよ……」

「バカか、お前ェ!!武器もないのにダンジョンに入りやがって!」


 いつになく狼狽えたヤマトに抱き上げられて、僕は目を覚ました。

 どうやらスライムを倒したあと、意識を失って倒れていたようだ。


「別に、武器ならあったよ?……ホラ」

「……はぁ!?そりゃ、単なる魔法式の懐中電灯じゃねェか!!武器っていうのはよ、ホラ、こういうやつのことだ」


 僕が懐中電灯を見せると、ヤマトは意味不明だと一蹴し、腰のあたりから何かを取り出した。


「……剣?」

「あぁ、そうだ。お前の分の剣だ。俺が、ついさっきまで勝手に借りて使ってたんだよ。すまねェ……まさか、もうダンジョンの方に来るだなんて、微塵も思ってなかったんだ」

「……えっ、どういうこと?」

「……に、二刀流がしたくて、一番ダンジョンに来ない可能性が高いと思った、らぎ長の剣を借りてたんだよ」

「……あー、どうりで……だから、俺のロッカーには武器が無かったのか。アハハ、おかしいと思ったんだ」

「わ、笑い事じゃねぇだろ!!!死にかけてんだぞ!?」


 頭はまだ少しボーッとしていて、難しいことをアレコレ考えられない。ただ、ヤマトが自分を責めていることだけは分かったので。


「……でも、この世界なら死んでも復活できるんだろ?なら、ヤマトがそこまで気にすることじゃないさ」

「ッ!!バッカか、お前!!もし、それが嘘だったら死んでんだぞ!?嘘じゃなかったとしても、どんな代償があるかも分かってないのに、気軽に死んでも大丈夫なんて言ってんじゃねェ!!」


 慰めるつもりが、逆に叱られてしまった。

 ゲームをする人の感覚をイメージして話しを合わせたつもりだったのだが、どうやら少し違っていたようだ。


「……なるほど。想像よりも、死は軽くないって訳か」

「当たり前だ、バカ!!普通のゲームでも、なるべくゲームオーバーにならないように頑張るのが、普通なんだ!もし死ぬとしたらそれは、次こそ死なずに、勝つために、死ぬんだよ……。ゲームをクリアしたいときに、好きで死ぬやつなんて、一人も居ねェんだよ……」


 トスッ……


 声を振り絞るように話すヤマトは、ヤスラギの長剣を力無く地面に突き立てた。

 怒り、悲しみ、悔い、安堵が絡み合ったその感情は、ヤスラギにある決意を抱かせる。



 ガシッ


 僕は、その剣を支えにして、身体を起こし、持ち上げる。

 まだ、クラクラする頭でしか考えられなかったけれど、一番大事なことが理解できたような気がしていた。


「……そうだよな。いくらゲームに似てるからって、命を失う怖さまで失ったら、本当に大切なものを守りたいときに、力が発揮できなくなるもんな」


 僕が偶然にも、巨大スライムに勝てた理由はなんだったのか。

 それは、言うまでもなく、『生への執着』だった。


 そして、それは恐らく、たった一度でも死んで、復活してしまったなら、薄れてしまうものだろう。


「ヤマト、僕は決めたよ。今後二度と"死んでもいいから"、なんて考えたりはしない。死なないために、もっと慎重に判断して、準備して、考えて行動するよ。……だから、安心してくれ」

「……らぎ長」

「といっても、まだレベルも上げ始めたばっかりで、スライムにすら苦戦してるんだけどね、ヘヘっ」

「……いや、今のらぎ長なら、きっと大丈夫だ。なんたって、名前がヤスラギだもんな!みんなを安心させてこその、俺らの、安らぎ委員長だ」

「「……プッ、アハハハハ!」」


 そういって、二人して笑いあってから、僕らはお互いに礼を言った。


 僕の荷物が無くなってることに気づいて、すぐにここまで来てくれたことに。

 命の危機に晒した張本人を責めることなく、むしろ安心させてくれたことに。


 こうして、僕は一周目の初級ダンジョンをクリアしたのだった。


 BOSSスライムが持っていたはずの宝箱の鍵を、2人が崩れた天井の瓦礫の中から見つけたのは、ヤスラギがスライムを倒してから、実に1時間後のことだった。

氏名 桜庭 大和やまと

番号 7

出身 天満宮中学

誕生日 4月6日

身長 188cm

体重 79㎏

成績 260人中154位(クラス29位)

特技 リバウンド(バスケ)

趣味 バスケ・ゲーム

自慢 中学時代に県選抜や企業のU15育成チームに選ばれた。


好きなゲーム

マリオバスケ、戦国無双シリーズ、大乱闘スマッシュブラザーズ



Lv.19(体17+魔2)

筋力 A

体力 A

走力 A

知力 C

魔力 E

職業 剣士見習い

顕属性 土

潜属性 水

専技スキル なし



ヤスラギの中学からの親友。小学校の頃はまだゲームでよく遊んでいたが、5年生あたりから身長が伸び初め、バスケにもハマり始めて、あまり遊ばなくなった。

それでも敵を吹き飛ばす系のゲームは今でも大好きで、プレーに活かせないかと考えた時期もあったとか無かったとか。


(参考にしたキャラクター)

桜木花道……スラムダンク

カミナ……天元突破グレンラガン

木吉鉄平……黒子のバスケ

朝河飛龍……PSYREN -サイレン-

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