86話 強さとは
いよいよ修行開始だ。
皆でランタンを手にするアクセルの周りに集まる。
「よし!じゃあやるか」
そう言うと全員を見渡すアクセル。
皆も気合十分のようだ。
「開け~~~・・・・・トビラ!!!」
溜めに溜め、アクセルがそう口にするとランタンに火が灯り、重々しい音と共に扉が現れる。
「おぉーー!!!」
ソニアは話には聞いていたが、実際目の当たりにすると驚きの声を隠せないようだ。
そんなソニアを横目にふふん、と鼻を鳴らすアクセルにミラが尋ねる。
「その呪文のようなものは必要だったか?」
「雰囲気、出してみた……」
気を取り直し、扉をくぐる。
中の様子は以前と変わらないが、やはり不思議なのかステラとソニアはキョロキョロと周りを見回している。
そんな2人に呼びかけ、アクセルが真剣な表情で口を開いた。
「いいか?ここで過ごす内は、無理はしないこと、鐘の音がしたらここに戻ってくること。これだけは必ず守ってくれ。じゃないと元の世界に戻った時、色々とズレがでるからな」
まだまだこの世界は謎が多すぎるのだ。
長期滞在した際に何かしらの反動があるかもしれない。
朝と夜といった時間の概念もないため念には念を入れ、規則正しい生活を送ることを徹底することにしたのだ。
「まぁ、鐘の音がするまでは、好きにやってれて良いからな。………じゃあ、やるか!」
こうして修行が始まった。
各自思い思いに過ごしているが、ステラ、ソニアはこの日広場に降りることすら出来なかった。
「全然ダメだーーー」
「まさかこれ程とは……」
上手くいかず並んで膝を抱え、落ち込んでいる2人にアクセルが近寄っていく。
そして2人の頭にポンっと手を置いた後、アクセルも座り込んだ。
「最初から上手くなんていかねぇさ!焦る必要はないんだ」
広場は常に空気が薄く、重力が増し、四方八方から押されたり引っ張られたりする、まさに過酷な環境だ。
これを克服するためには魔力を自在に操り、また身体もいつも以上に意識して動かさないといけない。
例えそれらを我慢し無理やり広場に降りたところで、他に我慢が出来ないような過酷な環境に出会った場合、どうすることも出来なくなってしまう。
大切なのは環境に順応する能力を身に付けることなのだ。
アクセルに励まされたことで、逆に自分で思った以上に実力が足りないことを自覚させられた2人。
しかし落ち込む時間も勿体ないと、それからはメキメキと実力を伸ばし、数日の内には広場で日課の訓練をアクセル達と行える程に成長していった。
ある日、ソニアが浮かない顔でアクセルに質問をなげかける。
「私は…どうすれば強くなれますか?」
全員で日課を終えた後は各自で修行を行っている。
ミラ、ステラ共に、自分に必要なことを習得しようと頑張っているのだが、ソニアにはそれが思いつかなかったのだ。
「………まぁ、座れよ」
そう促され、向かい合う形で座るソニアとアクセル。
「まず、どうやったら強くなれるかなんて分からない。俺はお前じゃないからな……お前が求めるものが俺と同じはずもない。お前は魔法が使えて、俺は使えない。お前はドラゴンと人間の混血で、俺はただの人間。それだけで出来る事、やれることは違ってくるはずだ」
「………」
「焦る必要はないんだけど、今回だけ助言をしようか?」
「是非!」
「まず、お前の戦い方は言わゆる格闘術だよな?これは毎朝やってる基礎訓練を続けていって身体の動かし方を覚えてから選択肢を増やしていくしかない。あとは組手とかだな」
近接戦闘方法において日課の訓練は、かなり理にかなっている。
身体の動かし方を覚え、今まで無理だった動きが出来るようになったと気づいた時、さらに出来ることが少しずつではあるが増えていく。
そうなれば多少無理な体勢からでも攻撃を繰り出すこと、鋭さを増す方法を模索することが出来る。
「なるほど…積み重ねが大事なのですね」
「あぁ、でも、それだけじゃ足りない。それはお前の強さには足りない」
「え?」
「お前は今、ドラゴンとしての力を使ってるか?」
「え?いや、今は人間のすがた……なの…で…」
アクセルの言いたいことが何となく理解出来始めたのか、言葉が尻すぼみになっていくソニア。
「例えお前がドラゴンとしてお前のじいちゃん位の力を持つことが出来ても、人間の姿で格闘術を極めてもそれはお前の持つ強さの半分しか引き出せていない。と俺は思う」
「……つまりドラゴンと人間、2つの力を1つにするということですか?」
「あぁ、お前だからこそ出来ることだ。せっかくお前はドラゴンと人間、2つの力を合わせ持ってるんだ。それくらい欲張らないと宝の持ち腐れだぞ?」
「そ、そんなことが可能なのですか?」
「知らん!それを出来るか、出来ないか、やるか、やらないか、それを決めるのもお前だ。だからこそお前の強さになるだよ。これからはお前だけの戦い方を見つけていけ」
「私だけの……」
「そうだ!自分は何が出来るのか、何が足りないのか、どう補うか、それがお前だけの戦い方であり、お前だけの強さだ。出来ないことは周りを頼れば良いんだからさ」
笑顔でそう締めくくったアクセルは立ち上がり去っていく。
1人になったソニアは自身の進むべき道が見えたような気がしたと共に、その可能性を示してくれたアクセルに深く感謝するのだった。
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