82話 食べる喜び
アクセルのドラゴン女への説教はまだ続いている。
「お前は、俺に負けたのは油断をしていたからだと言ったな。油断をしたから俺に負けたし、油断する方が悪い」
アクセルの一撃は女の意識を奪うのみに留まったが、剣で首を落とされれば死んでいた。
それを油断していたからと、無かったことになど出来ない。
「長々と喋っちまったが、最後に俺がお前を殺さなかった理由だ…お前、住処から出たの初めてだろ?」
「それは……」
「何でも知ってる風を装ってるけど、何も知らない。だけど、知らないことは悪いことじゃないだ…それを学ぶか、どうかが大切だ。だからお前とは話をしたかったんだ」
「私は………」
「まぁ、とにかくまずは飯でも食おうぜ!食いながら色々聞かせてくれよ」
こうして皆が集まり再び食事を開始したのだが、女は渡された串焼きをじっと眺めた後、アクセルに視線を向ける。
「私は…アグレクトルドラゴンはモノを食べない。それをせずとも生きていくことが出来るから……」
「へぇ!やっぱりドラゴンって凄いんだな…」
「ふむ、ドラゴンは強力な力の代償に、大量の食事を必要とするものだと記憶していたが、全ての種族がそうであるわけではないのだな…」
「アグレクトルドラゴンはドラゴンの頂点に立つ種族。肉体が滅んでも、魂は長い時間をかけて再び肉体を得ることが出来る。アグレクトルドラゴンが滅ぶ時は世界が滅ぶ時だ……」
「不滅というやつか……」
「それ故、何かを食べることはアグレクトルドラゴンではなくなると皆が……」
「はぁ?そりゃあれだろ?誇りだとか尊厳とかって問題だろ?そもそもお前、人間との混血だろ?」
「な、なぜそれを!!?」
アクセルは女の魔力を感じ取った瞬間に気づいていた。
ミラやイリーナなど魔族とは違うが、混血特有の魔力だったのだ。
「俺は魔力に敏感だからな。そういうの分かるんだ。で、すでに人間の血が混じってるんだ。今更じゃないか?まぁ、無理はしなくていいけど」
「………私は出来損ないなのだ…人の血が混じっているせいでドラゴンにもなりきれず、人間にもなりきれない。おじい様は世界を見て回れと私に言ったが、実際は住処から追い出したかっただけなのだ…」
悲しげな表情でそう女は呟く。
「うーん、ホントにそうか?俺にはお前がドラゴンと人間、二つの力を持ってる凄いやつとしか思えないけど」
「そんなわけ……」
「まぁ世界を見て回るんだろ?まずは人間の力を体験してみろよ」
アクセルはそう言いながら女の持つ串焼きを指差す。
そして女も串焼きにされた魚をじっと眺めた後、意を決したのか、恐る恐る口にする。
「……初めての感情だ。なんと言えばいいか…」
「あ、そうか…美味しいとか不味いとかも分からないのか……初めてだもんなぁ。じゃ色々食って好きな味を探してみるか!」
そう言うとアクセルは、チュチュ袋から様々な食材を取り出し、少量ずつ串焼きにしていく。
そして出来上がったものを女にどんどん渡していく。
こうして女は美味しいという感情を理解し、食べる喜び、満たされる喜びを知っていく。
「まだまだ、ここからが本番だ!」
アクセルはそう言うと複数の木の実を粉状にし、混ぜ合わせたモノを串焼きに振り掛け、女に手渡す。
「ん!!!!これは…」
「美味いだろ?これが人間の力、工夫することだ。人間は弱い…食べ物を食べないとすぐ死ぬし、その食べ物も火を通さないといけないくらいにな…だけど、ただ食べるだけじゃなくて、より美味しくしよう、日持ちさせようと工夫する。振りかけたこの粉もそうやって作られたんだ」
「工夫する……」
「それだけじゃない、まだまだいっぱいある。お前はまだ知らないだけで、他にも色んなことが出来るんだ。まぁ他のドラゴンにも出来るだろうけど、それをやろうと思えるのは、お前に人間の血が混ざっていて、より人間に近いからだ。その1歩を踏み出すことが多分他のドラゴンには出来ないと俺は思うぞ?」
その後も食事をしながら他愛ない話をしていたが、この女も名前はなく、それだと不便だということで、名前ではなく、仮の呼び名をつけることになった。
「じゃあ……ドラだな」
「えー!!!マスター、安直~」
「ステラ、そう言うな。それに名前ではなく呼び名なのだ。ドラもそれで良いか?」
「好きに呼べばいい…」
「ドラちゃんも、ボクみたいにマスターに付けてもらえば良いのに」
「ステラ、君の時とは状況が少し違うのだ。名前というのは本来、他人が好きに付けて良いものでは無い。名前を付けることで新たな存在となり、力に目覚めるものもいるほどだ。ドラには種族の者達、更には祖父もいるわけだしな」
ネロと同じ魔天狼、その初代も名前を付けられ、新たな力を得た例もある。
「なぁドラ、世界を見て回るんだろ?俺達と一緒にこないか?1人よりいっぱいいた方が楽しいぞ?」
「………よろしくお願いします」
こうして新たな旅の仲間、アグレクトルドラゴンと人間の混血であるドラと共に旅をすることになった。
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