05話 もう一つの世界
いつもと違う時空間の渦に飛び込んだアクセル。
(…空が少し赤い?まだ昼ぐらいのはずなのに…)
そこは変わらず森の中であったが、空はやや赤く、周りの木も見たこともない種類だ。
そして視線をふと上げると見たこともない鳥がこちらを凝視している。
視線が合うと飛び立ってしまった。
(…闇雲に動き回るよりまずは周囲の確認だな…)
すぐにアクセルは浮かれた心を消し、状況把握と周囲警戒に神経を研ぎ澄ませる。
背の高い木を見つけ、枝に跳躍する。
少しして変化があった。
何者かがこちらに近づいてくるのだ。
その者たちは先ほどまでアクセルがいた場所に到着すると、辺りを見渡している。
「いねぇじゃねぇか、人間のガキなんて…」
「もっと良く探せ…まだ俺たちしか知らないんだ…さっさと見つけて頂こうぜ」
「イヒヒヒヒ…考えただけでヨダレがでるぜ」
これはかなり不味いと内心焦るアクセル。
幸い、まだこちらに気づいていない。そして見たところ勝てない相手でもない。
(…不意打ちで確実に一人、もう一人は動揺の隙を突く…)
そう算段をつけ、飛びかかろうとした瞬間…
(………ッ!?)
突然、後ろから頭を鷲掴みにされたのだ。
息が止まる。
気配も感じなかった。
警戒を怠ってはいなかったはずなのに、もう一人いることに気づけなかった。
「大人しくしろよ…お前のことは王に報告する」
そう言いながら腹に腕を回し、抱えられ地面に降ろされたあと、白いロープのような物で手足を縛られる。
「…な…!?お前も来てたのかよ」
「チッ…ついてねぇ」
そうボヤく二人をアクセルは拘束されたまま睨みつける。
(…こいつらが魔族…)
以前グレイから聞いた特徴と一致する。目は鋭く釣り上り、口は大きい。そして皆同じ顔だ。
額から二本の黒いツノが生えており、背中には蝙蝠のような小さな翼がある。
そして何より魔力が異質だ。
「お前たちは先に戻り、王に報告しろ」
そう言う魔族も姿はほぼ同じだが、翼がやや他のものより大きい。
同じ容姿でも力関係があるようだ。
そしてアクセルは為す術なく連行されていく…
森を抜けた辺りからアクセルは更に絶望する。
向かっていく方向から凄まじい魔力を感じるのだ。しかも無数に…
(…クソ、なんとかしないと…こんなところで死にたくない)
必死に踠き続けるアクセルだったが、無慈悲にも目的地に着いてしまう。
そのまま落とす様に地面に降ろされた。
「魔王ジーク様、人間を捉えて参りました」
魔族は膝を付きそう言うと、少し下がりまた跪く。同じように跪く魔族達も無数にいるが王は沈黙を保つ。
アクセルもジークと呼ばれた者に視線を向ける。先ほどの魔族達とは違い、ほぼ人だが他の魔族同様にツノや翼がある。ただしツノは紅く、翼は鳥のような翼だ。
そして圧倒的な魔力。可視化していると錯覚してしまうほど強く感じ取ってしまう。
明らかに生物としての格が違う。視界に入れるだけで身体が震え上がるアクセル。
そしてジークの近くには同じく人に近い容姿をした魔族が五人ほど立ち、この五人からも凄い力を感じる。
(…クソ、何か、何か生き延びる方法は…)
ジークを睨みながらも、必死に頭を動かす。
そして最初に沈黙を破ったのはアクセルだった。
「お、俺と一騎打ちしろ。俺が勝てばここから帰してくれ」
「「「……………」」」
一同は少し沈黙の後
「「「ギャハハハハ」」」
「人間のガキが魔王様と勝負!?」
「気でも狂っちまったか」
などと大声で笑っている。しかし王は
「……ふん!面白い、良いだろう。付いて来い。拘束を解いてやれ」
すんなり聞き入れられた状況に困惑しながらも、拘束を解かれたアクセルは魔族に周囲を囲まれながら魔王の後を追う。
そしてすぐに闘技場の様な場所に着いた。
「本当に俺が勝ったら帰してもらえるのか?」
「…安心しろ。貴様が勝つことなど、万に一つもない」
「やってみないと、分からないだろ…」
そう言ってみたものの、勝てる見込みなど一切ない。ただの強がりだ。
そうでもしないと向かい合う気力さえなくしてしまいそうなのだ。
そして剣を構え相手を見据える。
(…大きいな…俺二つ分くらいある…)
改めて対峙してわかる。魔王はアクセルの二倍ほどの大きさがあり、四肢もアクセルの胴回りほどもある。
(…やるしかない…)
アクセルは剣を下段に構え、最大の力で地を蹴り肉薄する。
そして薙ぎ払う。
「……ッ!?」
魔王はアクセルの放った剣を指一本で受け止めたのだ。
「人間にしては良い動きだ」
そう言った瞬間、視界がブレ、身体が浮遊する。
「…がっ…」
魔王はただ胴を蹴り飛ばしただけ。だが、アクセルは小石を蹴っ飛ばしたのかと思うほど吹き飛んだ。
なんとか立ち上がるアクセルであったが、視界は激しく揺れ、足は震え、剣も持つ手にも力が入らない。
「ほう、まだ立つか…」
その声に何とか視線を上げ睨みつけるアクセルだったが、
「冥土への手向けだ」
魔王をそういうと、左手を天に掲げる。そしてその直後、手の周りに“紅い雷”がバチバチと荒れ狂う。
そして腕を振りおろした。
「…っ!?」
天から轟音を響かせ、一本の紅い雷が降り注いだ。
声を上げることさえ許されない一撃。
紅い雷を受け、そのまま意識を刈り取られ地に伏した。その後もビクン、ビクンとわずかに身体が波打っている。
「…ほう…原型を留めるだけでなく、まだ息があるか…面白い。おい…この小僧を“門”に投げ込んでこい」
「はっ」
そう言い放ち、その場をあとにする魔王。
(…あの顔のアザ、もしや…)