65話 ステラ
「よし!じゃあ次はお前の名前を教えてくれ」
女の子の近くに全員が集まり自己紹介を済ませた後、アクセルがそう言うが、女の子は黙って首を横に振る。
「ん?嫌か?」
「ちがう…なまえ、ない…」
「ない?それは困ったな。ずっとお前とか呼ぶのも嫌だしな…」
「ならば君が付けてあげれば良い」
椅子に座って足を組み、紅茶を飲みながらミラが言う。
「え?うーーん、お前はそれで良いか?」
女の子に尋ねるとコクっと頷いた。
それを見たアクセルは目を閉じしばらく考え込む。
「……………よし!ステラだ。それがお前の名前。どうだ?」
女の子はコクコクと頷いた後、ステラ、ステラと嬉しそうに自分の名前を呟いている。
「ふふ、いい名前だ。やはりマスターには名付けの才能があるな」
「へへ、ロアもロイもネロも俺が付けた名前だしな。よし!ステラ…色々聞きたいことがあるんだけど、その前に教えてくれ…お前はこの街に残りたいか?」
「…………」
「俺達は世界を旅してるからずっとこの街には居られない。お前がこの街に残りたいなら出来るだけ協力はするし、ここが嫌なら別の街も紹介出来る…どうだ?」
「……一人は…怖い…一緒が良い………」
「さっきも言ったけど旅には危険がいっぱいだ。怪我もするし、死ぬこともあるかもしれない…会いに行くくらいならすぐに出来るしわざわざ危険なことに……」
そう言ったところでミラがアクセルの言葉を遮る。
「待て待て、そう結論を急がせることもないだろ」
「……そうだな、悪かった。ステラ、これだけは覚えておいてくれ。もうお前はこれから先、自分のことは自分で決めないといけない…ちゃんと自分で考えるんだ。良いな?」
「…………」
「難しく考えなくていい。お前はもう自分の好きな事が出来るんだ。やりたいことをやればいい。俺達もまだこの街に用事があるから、すぐに出ていくわけでもないしな」
黙って俯いているステラの頭を撫でながら、先程とは違う柔らかな言葉でそう告げる。
「………うん」
この時、アクセルは過去の自分とステラを重ねていたのかもしれない。
幼少期、復讐心に囚われ旅に出た。復讐心は視野を狭め、それしか道が無いように思えた。
しかしそれを選択したのは紛れもないアクセル自身だ。
仇をとり、復讐心が消えたこと、加えて未知を知る楽しさも知ったことで視野が拡がり、考え方も物事の見方も変わった。
ステラを旅に誘うのは簡単だ。現にステラも付いてきたいと言っていたが、それはそれしか選択肢を知らないからだ。
アクセル達に付いて行く以外にも選択肢があり、また、それを決めるのは自分自身なんだと分かって欲しかったのだ。
その後、場の雰囲気を変える為、アクセルとミラはステラとロア達を宿に残し、買い出しに出ることにした。
宿を出た途端、アクセルが大きく息を吐いた。
「はぁーーーー」
「ふふ、過去の無知な自分と重なりでもしたか?」
歩き出しながらミラがそう口にした。
「何でもお見通しか?……そうだな、俺は師匠と先生に拾って貰ったけど、暁に狙われてもいたからな。生き残る術を学ぶのに必死だった。でもステラは違うだろ?仮に命を狙われているとしても、今の俺なら遠くに運んでやれるし、匿ってくれるヤツにも心当たりはあるしな…」
「君の気持ちは良く分かる。だが、過去の私がそうであったように、社会に送り出すことだけが正しいとは限らない。特に獣人などはな……」
「あぁ、そうだな…でもこの街にいる間に文字の読み書きくらいは出来るようにしてあげたいと思ってるんだ」
「と言っても教えるのは私なのだろ?」
「へへ、頼むよ……それにしてもステラはホントにただの獣人なのかな?」
「確かに獣人特有の顔付きや身体の特徴も少ないな…」
獣人の多くは多少の違いはあるが、動物の特徴が色濃く出ている者がほとんどだ。
犬の獣人なら顔付きも犬が元になり人に近付いた顔付きで、身体も毛に覆われていたりといった具合だ。
しかし動物の特徴が色濃く出ている分、人間より優れた身体能力を有している。
だがステラは白い毛の耳と尻尾はあり、髪色も雪の様な銀髪だが、それ以外人間と変わらない。顔付きも人間と変わらず、それどころか、たちまち人気者になれるほど可愛らしい顔をしている。
「それにだ、獣人てのは身体能力が高い代わりに、魔力適正が低いってのがほとんどだろ?あれだけの呪法に耐えるのは普通の獣人には無理だと思うんだよな…」
「まぁ、それは今考えても仕方ない。とりあえず買い物を済ませるか」
その後、ステラ用の衣類、文字を勉強する為の簡単な物語本、筆記用具などを買い込んでいく。
明日は武闘大会だ。
ステラの過去の話を少し聞いたあと、アクセルも身体的には問題ないが、呪法を取り除く為、神経をすり減らしていたのだ。精神的疲労があるだろうとこの日は早めに休むことにした。
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