64話 奮闘
久しぶりに夢を見たんだ…
私を殴ったり蹴ったりして喜んでるあの人が出てくる夢。
夢の中でもあの人は、私と同じような事を他の人にもして、手を叩きながら笑うの。
他の人達はだんだんと静かになっていって、身体から赤い水をいっぱい出して動かなくなっちゃう。
動かなくなった人は何処かに運ばれていって、もう殴られたり蹴られたりしなくなるんだ。
だから私も静かにして、動かないようにしてた。
でもどんなにじっとして静かにしてても、あの人は私を殴るのを止めないし、別の場所に連れて行ってもくれないの。
あの変な杖から出た光に包まれると、今度は身体にブクブクがいっぱい出来て、少しでも動くとそれが破れて凄く痛い。
だからいっぱい痛いって言ったのに、今度は棒で私を殴るの…
もう何も考えられなくなって、声を出す元気もなくなって、水だけは毎日貰えてたのにそれもなくなって…
そのあとは私の周りに壁がいっぱい出てきて私を閉じ込めちゃうんだ。
でも、でもね…最後にその壁を壊して手を差し出してくれた人が出てきたんだ。凄くカッコよかったんだよ?
その後のことは良く覚えてないけど…夢は夢だよね。
目が覚めたらまたあの人に殴られるのかな…
もう私も動かなくなりたい。
目を開けるのが………怖いな…
………………
……………
………
「良かった、目が覚めたか…」
宿のベットの上で目を覚ました女の子にミラが声をかける。
だが、女の子は表情も変えず、死んだ魚の様な瞳でミラを只じっと見ていた。
「良く頑張ったな…」
そんな女の子にミラは優しく声をかけながら、そっと頭を撫でる。
なすがままだった女の子は、次第に自分がベットに寝ていることに気付いたのか、目だけをキョロキョロと動かしている。
そして身体を起こそうとした時、やっと自分の身体の変化に気付いたのか、ゆっくりと身体を起こし、恐る恐る手や腕を動かし、顔を触ったりしていた。
「ふふ、彼が起きたら礼くらい言ってやってくれ…まる二日、君に寄り添い呪法を解いていったのだ」
そういうと床で大の字で寝ているアクセルに視線を向けた。
少し時間は遡り、ミラは街に呪法を取り除いたあと必要であろう、食べやすい食料や、裸の女の子の身を包む大きな布などを買い、アクセルの元に戻ってきた。
女の子は相変わらず意識を失ったまま動かず、アクセルもはぁ、はぁと呼吸を荒くしている。
だが、確実に女の子の水ぶくれは消えていっている。
アクセルはミラが戻って来たことにも気付かないほど、女の子を救うのに必死で、ミラも声をかけることが出来ず、ただアクセルの汗を拭ってやることしか出来なかった。
そして日が暮れ、さらには夜が明けても手を休めなかったアクセルの頑張りのおかげで、女の子の水ぶくれは表面上は綺麗になくなった。
ここでやっと手を止めたアクセルにミラは飲み物を手渡し声をかける。
「君も少し休め…終わったか?」
「いや………まだだ………まだ身体の芯に……絡みついた魔力が……取り除けていない…これをとらないと、またすぐに新しい、呪法が浮いてくる」
言葉も途切れ途切れになるほどアクセルも疲労している。
そんなアクセルだったが、ミラから受け取った飲み物を一気に飲み干すと、親指程もない小さな小瓶を取り出し、その中身を女の子の口を開き、2滴ほど垂らした。
すると女の子の殴られ出来たであろうアザや真新しい傷がみるみる消えていく。
それを確認するとすぐに女の子を背負いフラフラした足取りで歩き出した。
「待て、何処に行くつもりだ…それにその子は私が背負おう」
「宿に戻る…それにコイツは俺が背負うよ…少しでも俺の近くに居させて呪法の発現を抑える…」
アクセルの強い意思を感じ取り、ミラはもう何も言うまいと決め、女の子に布を被せ、アクセルと共に宿に戻った。
「おいおい、あんちゃん、その背中の……面倒事は勘弁してくれ!」
アクセルは宿の受付の男の言葉に、机に金貨を叩きつけ一言黙ってろと言い放ち部屋へと戻っていく。
「何も見てない、聞いていない。それではダメか?」
ミラが男にそう言うと、男は金貨を懐にしまい、わざとらしく顔を背けた。
部屋に戻ったアクセルは女の子をベットに寝かせ、すぐさま身体の奥深くに根付いた呪法を取り除くべく魔力を流し込んでいく。
そして日が落ちた頃に、やっとの思いで奥深くに根付いた呪法を取り除き終わった。
その後も手を止める事もなく全身に残った呪法を取り除き、全ての呪法を取り除いた事を確認すると気を失うように床に倒れ込み、アクセルは眠りについた。
女の子が目を覚ました少し後、アクセルも目を覚ます。
重く感じる身体をなんとか起こし座り直すと、女の子が視線を向けているのが分かった。
「ん?おぉ、元気になったな」
そう言いながら女の子の元に向かうと、ミラと同じ様に優しく撫でてやる。
すると女の子はアクセルに抱き着き、絞り出すように声を出した。
「あり…がと」
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