60話 島洋剣
アートランを出て三日、懐かしい湿原が広がっている。
そしてその湿原からさらに三日、平原の先には海と栄えた街が見えている。
東大陸に渡るための玄関、ポロだ。
「アリーの言っていた通り港街というだけでなく、行楽地としても人気のようだ」
「だな、こんだけ綺麗なら無理してでも来る価値はあるかもしれないな」
見晴らしの良い平原、白い砂浜海岸、綺麗な建物、整った街並み、独自の海路、さらには貿易により他国、他大陸より仕入れた物珍しい物が多数あり、まさに行楽、保養を目的とするにはうってつけの場所だ。
だがあくまでそれは富裕層に限っての話だ。
当然持たざる者は肩身の狭い暮らしを強いられているのだろう。
街の中に入ると、綺麗な建物や綺麗な服を着ている人達とはうってかわり、擦り切れボロボロになった服を身に纏う者達が忙しなく動き回っている様子が分かった。
そしてそんな者の中には獣人が多く混じっている。
「……奴隷か…」
「分かっているとは思うが、昔、出会った者達のように無理矢理、奴隷に堕とされた者達ばかりとは限らない。無茶はしてくれるなよ」
「分かってるよ…」
小さな村や貧しい街には労働力をタダで得ようと奴隷狩りが横行している所も存在した。
アクセルはそれに激怒し、奴隷の解放に尽力していた。
だが、それは結局目先のことしか見ていなかった。
解放された奴隷達の後の生活や、中には犯罪奴隷や、正式に契約を交わされ奴隷となっている者達も少数混じっていたのかもしれない。
そんな者達の解放後を考えていなかったのだ。
奴隷という制度を嫌うあまり、思考がひどく短絡的になってしまっていた。
だがそれも成人前の話だ。身体も心も成長したアクセルなら分かって貰えるとミラは釘を刺していた。
ポロの街の奴隷達は身なりこそ汚れているが、極端に痩せ細っているわけでもなく、忙しなく動き回ることが出来るくらいには元気そうだ。
「ふふ、君も成長したな…とりあえず宿へと向かうか。東大陸に渡る方法も聞いておきたいしな」
ミラのことを自分のワガママで相当振り回してたんだと反省しつつミラの後に続くアクセル。
宿はどこも綺麗で高額だが、その中でも冒険者達が多く利用しているという宿に泊まることなった。
「なぁ、おっちゃん、東大陸に渡るには誰に話をしたらいいかな?」
宿の受付が終わるや宿の店主であろう人物に聞いてみる。
「何?それは残念だったな。ちょうど少し前に航海から帰って来たのを最後に、しばらくは船の修理に専念するらしい。次の暖期頃までは船は出ないらしいぞ」
「えぇ!!?次の暖期ってまだまだじゃねぇか。クソォ運が悪かった」
ガックリと落ち込むアクセルの肩をポンポンと叩くミラだった。
「それに今は武闘大会も目前だからな。どの道、船はしばらく出なかったと思うぞ?」
そういえば武闘大会なるものの存在を忘れいていたと、そちらの情報も手に入れた。
そして受付をしているという場所に赴いた二人だったのだが、人が想像以上に多い。
「大会前日まで受付しているって聞いたからそんなに人いないと思ってたけど、これは多すぎだろ」
「三日かけて行うらしいからな、そこで振るいにかけるのだろう」
ここには大会に参加する為ではなく優勝賞品の珍しい武器についての情報を集めるためだ。
そして受付をしていない関係者であろう人物に話を聞くことができ、とある武器屋を教えて貰った。
教えて貰った武器屋に着いたのだが、看板が外された痕が目に付き、そして一人の男性が店先の掃除をしていた。
「あんたがこの店の店主か?」
「あぁ、元、だがね。もう店は畳んだんだよ」
「そうか…じゃあ大会の優勝賞品の武器を作ったのはあんたか。それをちょっと見せて欲しくてさ…」
そう口にした瞬間、スパーンと快音を鳴らしミラに頭を叩かれる。
「誤解を招くような言い方をするな。まるで押し入り強盗ではないか!!!」
その後はミラが詳しく事情を説明し、理解をしてもらうことが出来た為、店に案内してもらった。
「でもさぁ、実際その武器を奪おうとするやつもいるんじゃないのか?なんで店にまだ置いてるんだ?」
「奪ったところですぐに出処は分かる。この街でカタナを打っているのは私だけだからね」
「「カタナ?」」
集めた情報では島洋剣という呼び名だった筈だ。と疑問に思っていると、男は微笑んだ後席を立ち、部屋の奥へと行くと一つの武器を持って戻ってきた。
「これがカタナ。そして大会の賞品だ。この街では島洋剣という呼び名が一般的だがね」
手渡されたのは鞘に収まった一振のカタナ。
それはまさに現代で言うところの刀その物だ。
アクセルは手に取りじっと眺めた後、半分ほど刀身を抜いてみる。
「……………これ、俺が貰う!!!大会で優勝すればいいんだよな?」
「何!?一体どういう……」
ミラの言葉も聞かずカタナを男に返すと受付してくるとアクセルは店を飛び出して行ってしまった。
「………申し訳ない。彼はすぐに周りが見えなくなってしまって…」
「はっはっはっ、お気になさらず。恐らく彼はこの武器に込めた私の想いを理解してくれた。彼の手にこのカタナが渡ることを私も祈りましょう」
男二人だけで分かりあっていることに、どこか納得のいかないミラだった。
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