59話 ユカタ
「それでは再会を祝して、カンパーイ!!」
アリーの音頭と共に、明日への光の一室、英雄の間での宴が始まった。
この世界、このご時世に、望んで世界を旅して渡り歩く者はほとんどいない。
それには魔獣の存在が大きく影響し、また領土の奪い合いなどの争いが戦争に発展し、様々な面倒事に巻き込まれる確率が高い為だ。
一定の範囲を定めて移動する冒険者や、村や街を渡り歩く商人などは勿論存在するのだが、一方でアクセル達のように未知を求めて旅立つ者達には再会するのが非常に難しいのだ。
だからこそ再会をした際には大いに祝ってくれる。
顔馴染みの冒険者や、ギルドマスターも英雄の間に集い、改めてミラが自己紹介をし、続いてロア達も人間の姿の成長した身体をお披露目した。
そして最後にネロの挨拶をした際には皆を大いに驚かせた。
伝説と言われた天狼、それだけでも充分に珍しいのだが、それが更に増えたのだ。驚くのも無理はない。
当然、ネロが魔界から来たこと、ミラが魔族であることは内緒にしている。
アクセルやミラも慣れない酒に四苦八苦しつつも料理を堪能し宴を大いに楽しんだ。
そしてポツポツと帰路につくものが増え始めると同時に、逆さにされたジョッキが同数増え始める。
「なぁ、なんで逆さにして皆帰ってるんだ?」
こうして大々的な宴は初めてのアクセルとミラ。
ミラも書物での知識だけでは知り得ないこともあると知り、アクセルに問われたアリーに視線を向ける。
「あぁ、これはね、色んな意味があるんだ―――」
アリーは酔っているのか、顔をすこし赤らめながらも説明してくれる。
ジョッキを逆さにする。これはもう飲まないから酒を注がなくて良いという意味合いが主なのだが、冒険者に限らず、この中には協力して何かを成すことがある者もいる。
その成果を共有し、苦難や達成した喜び、様々な感情を零すことなく飲み干し、逆さにしても零れるものがないという意味も含んでいるのだ。
さらには器に注がれた酒と共に、その時の想いを飲み込み、逆さにすることで、その想いを零れた水のように伝えていこうという、ちょっとした洒落っ気もあるのだ。
しかし中には敵同士になる者達も存在する。
そうなった時、しっかりと関係を割り切る為、関係を断ち切るという意味合いも含む。
故にいつ死んでしまうかもしれない者達の間では広く伝わっていることなんだとアリーが力説してくれた。
「へぇー、なるほどなぁ」
「こんなことが拡がるくらい厳しい世界ってことなのかもしれないけどね…」
最後にそう締めくくるアリーはどこか悲しげだ。
そして宴も終了となり、皆が帰路についたあと、何故かアリーもこの宿に泊まることになり、アリー、ミラ、ロア、ネロはアクセルの作った魔力風呂へ向かった。
宿代をタダにしてもらって、二部屋とるのは気が引けると一つの部屋にアクセルとミラで泊まることにし、のんびりしていると風呂上がりの女性陣が見慣れぬ服装で戻ってきた。
「ん?なんだ?その服…」
「あぁ、この宿を泊まりで長期利用する客達に貸し出している寝巻だそうだ。今回は特別に私達も貸して頂けた」
それは言わば浴衣だ。
「これはね、東大陸から伝わったものでユカタっていう服なんだよ。あまり動き回るのには適さないけど、部屋で寛ぐにはとっても楽なんだ」
アリーがそう付け加える。
そしてこのユカタはモーラがこの宿を更に拡大する際に、アクセル達の次の目的地、港街ポロに直接赴き、買い付けたそうだ。
「おばちゃんもなかなか思い切った行動するなぁ」
「魔力風呂はいざこざの種になることも多いからモーラさんもアートランの領主様と諸国に挨拶して、予め釘を刺しておいたってことだよ。領主様が一緒にいるんだから下手なことはしてこれないしね」
「なるほど…」
「そういえば、アクセル君達もポロに向かうんだよね?もう少ししたらポロで大きな武道大会が開かれるって知ってた?出てみたら?」
「いや、興味をない…」
「アハハ、だよねぇ。でも今回の商品は凄いらしいよ。東大陸発祥の武器、それをポロ周辺に拡めた名工が作る最後の一本なんだって」
「へぇー、まぁ見てみたい気はするけど、戦ってまで欲しくは無いかな…どの道使わないし」
その後は仕事を放り投げたモーラとアリーを交えて東大陸にまつわることや、ポロについて情報も交えて語り合った。
結局その日はアリーもモーラもアクセル達の部屋で雑魚寝となり、翌日も更に発展したアートランを観光したり天然魔力風呂にいったりと久しぶりのアートランを楽しんだ。
そしてまた別れの時がきたのだが、前回と違ってアリーもモーラも笑顔で送り出してくれた。
ポロに向けて道中、空を見上げながらアクセルがポツリとこぼした。
「なぁミラ…」
「うん?」
「やっぱり帰れる場所があるって良いよな…」
「あぁ、そうだな」
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