01話 アクセル
「……セル、アクセル、ねぇ、おきて!アクセル」
そんな声と共に身体を揺すられ、意識が覚醒していく。
ゆっくり目を開けると、そこには栗色の長い髪を左右で2つに束ねた、可愛らしい女の子が覗き込むように座っていた。
この集落に始めて来た時、助けてくれた女の子、セリアだ。
「んん?セリア…」
「お手伝いしに行く時間だよ。ほらいこ」
そう言い、差し出された手を取り、共に歩き出す。
この集落にあの時の少年が落ち延びて、約一年の月日が流れていた。
グレイとネーラから治療を受けた少年は、最初こそ怯え、警戒していた様子だが、徐々に心を開いていき、アクセルという名をつけて貰った。
そして集落から少し距離を置いた場所に小屋を構え、三人で共に暮らしている。
少ない時間ではあったが親と暮らしていたはずだ。しかしこの少年には名すら与えられていなかったのだ。
それには父であった者の狂った価値観がそうさせていた。
“破壊の使者に名を付けることなど烏滸がましい”
そんな理由から名ももらえず、外にも出してもらえない。もはや監禁状態だ。
一方で母はそんな父の隙を見つけ、色んな話を聞かせた。話してやることしか出来なかったがしっかりと愛情を注いでいた。
そして今、アクセルはグレイからは剣術と生き抜く術を、ネーラからは魔力の制御の仕方を教わり、愛情を一身にうけ暮らしている。
もともとこの集落に居たのはわずか七人。よそものを嫌う村が合わなかったのか、単純に人を避けてか、理由は定かではないが皆で助け合い、森の恵みを受け暮らしていた。
アクセルの朝は早い。早朝から訓練である。
グレイに起こされ、ぐぐぅっと伸びをした後、追いかける。
「よし、じゃあやるぞ」
グレイのその言葉と共に訓練を始める。
まず集中、その後あらかじめ決めた動作をゆっくり、しかし力を抜かず行なっていく。
そして最終的には動きの無駄を限界まで削ぎ落とす。さらに自分の身体がどこまで動かせるのか現状を確認する。
これを行うことで自分の体を完全に制御し、そして自身の成長を知ると共に可動範囲を拡張する。これがこの訓練の本質である。
「ふぅ……まだ全然師匠みたいに出来ない」
「当然だ!毎回言ってるが、焦って雑にやると意味がない。これは日々の積み重ねが大事だからな」
「うん、わかってる」
そうか、と言いながらグレイは内心驚いてた。たしかにアクセルは言うことを真面目に聞き、真剣に訓練に取り組んでいるが、すでに本質を捉え、基礎は完璧なほど仕上がっている。
(…優秀すぎるってのも寂しいもんだ……)
冒険者をやめて剣術指導などで生計を立てていたグレイは過去の弟子達を思い出し、苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、次は剣術だ」
「うん」
元気よく返事したアクセルは訓練用の木剣を手にするが、グレイがそれを止める。
「今日からは実剣でやるぞ。刃は潰してあるから安心しろ」
そういい、刃の潰れたショートソードをアクセルに手渡す。
「といっても使い方は今まで教えたものと変わらない。あとは慣れと積み重ねだ」
グレイが教える剣術とは人により完成形が異なる。ある程度、基礎と技術を教えると、そこからは自分の身体を把握させ、それにあった動きを自ら模索し技術と組み合わせ技に昇華させる。これがグレイの考え出した剣術だ。
「好きに打ち込んでこい」
こうして無限の可能性を日々模索しながらアクセルの剣術修行は続いていく。
グレイとの訓練を終え、地面に大の字のアクセルに今度はネーラが近づいてくる。
「よし、じゃあ次は私とね」
うん。と返事をしながらも、いつものことであるが流石にきつい。そう思いながらネーラの正面に座る。
「じゃあこっちの訓練も次の段階に進みましょうか」
その言葉に顔を歪ますアクセルを見ながら、ネーラはにっこり微笑む。
「今まで一定方向だったものを、その逆も加えてやるわ」
この訓練は魔法を使う元となる魔力を制御する訓練。こちらも無駄をなくしていこうというのが趣旨である。
身体の内にある魔力を感じ取り、一箇所に集め、頭から順に巡らせる。これを繰り返し行う。
今回からは一箇所ではなく二箇所に魔力を集め、時計回り、反時計回りにそれぞれ同時に巡れせていくようだ。
魔力操作が上達すれば、魔法がより緻密に操れるようになるわけだ。
しかし、アクセルに対しては違った意味もあった。
この訓練を始めて、アクセルに莫大な魔力が宿っていることにネーラは気付いた。それは常人にはとても扱いきれるものではないほどの魔力だ。
破壊の使者などと言われることが納得できる程の規格外である。
この魔力が暴走すれば現状でもこの辺り一帯は簡単に更地になるだろう。そして魔力は今も大きくなりつつあった。
アクセルも自分の中に凄まじい力がある事は認識しており、そこから莫大な魔力が溢れ、漏れ出すのをなんとか押さえつけているのが現状であった。
恐らくずっと押さえつけるは不可能。この莫大な魔力をどうにか出来ないか、方法を模索する時間を稼ぐ為、アクセルの不安を和らげる為にもネーラは熱心に指導していった。
アクセルに宿っている力。
これこそがかつて多くの文明を滅ぼし、世界を破壊したといわれる超破壊魔法と呼ばれるものであった……