21話 新たな旅立ち
いつもより1.5倍長いです。
「随分浮かない顔だな」
「………」
ベヒモスを討伐し、夜になってもアクセルはどこか沈んでいる。
ふむ、と頷くとミラはチュチュ袋から一本の瓶を取り出し、それを銅で出来たジョッキに注ぐ。
そして、それを二つ用意し、一つをアクセルに手渡す。
「これは?」
「酒だ。これはワインという酒の一種で、祝い事の際に飲むらしい」
「いや、そうじゃなくて、何でいま……」
「ほら、乾杯だ」
無理やりアクセルのジョッキに自分のをぶつける。
そして互いに見合い、口にする。
「うぇー、大人達はこんなモノが好きなのか…」
「たしかにこれは慣れが必要かもしれないな…」
これを皮切りにアクセルの表情も段々と穏やかになっていく。
そして心の内を語り始めた。
「なぁ、ミラ…俺の旅、終わっちまった…」
「あぁ、いい事だ」
「ここまで、俺の復讐の旅に付き合って貰って感謝してる。でもさ、俺…もっとさ…俺はまだお前と旅を続けたいんだ。もっとこの世界を知りたい。もっと見たこと無いもの見たい。それには俺一人じゃダメなんだ。お前にいて欲しいんだ。だから今度は復讐の旅じゃなくて、世界を見て回る旅をしよう。だから…付いて来てくれないか?」
全て吐き出した。どのような答えが返ってきても良いように、しっかりとミラを見つめる。
もうアクセルは旅の虜なのだ。
今更、平穏無事な場所に引きこもり余生を過ごすことなど考えられない。
それこそリーレストでなら、かなりいい生活が約束されるだろう。
しかし、それでは満たされない。
そして仇をとったからといって、昔抱いた感情は消え去りはしない。忘れもしない。
しかしそれを糧にすることはできる。
その糧を活かし、自分なりにこの世界を理解したいのだ。
今まで黙って聞いていたミラが口を開く。
「そんなものすでに答えは出ている。もちろんついて行くさ」
「へ?…いいのか?」
「断るとでも思っていたのか?…ふふ、なかなか可愛い所もあるじゃないか」
「茶化すなよ…俺は真剣なんだぞ」
「茶化してなどいないさ。私も真剣だ。私だって君との旅は楽しいんだ」
思い悩んでいたのが馬鹿らしくなるほど清々しく言い切るミラに呆気に取られるアクセルだったが、この時、久しぶりの感情が身体の底から溢れ出た。
ミラに背を向け、それが落ちないように夜空を見上げる。
そしてそれを腕で乱暴に拭い、再びミラと向き合う。
「…ありがとう!これからもよろしくな。ミラ」
「私からもよろしく頼む。頼りにしているぞ、マスター」
こうして手を握り合い、決意を新たにする二人。
その後しばらくお互い何も言わず、ただただ夜空を見上げていた。
そして二人同時に声が出る
「「あっ」」
以前、二人が出会った夜に見た、燃える鳥が遠くの空を悠然と飛んでいたのだ。
「あいつ、ミラと出会った夜に見たやつだ」
「君も見たのか。私もあの鳥に導かれ君の故郷にたどり着いた」
お互いの顔を見合わせ笑い合う。
「ちょっと追い掛けてみようぜ」
「付き合おう」
二人が出会って、今日でちょうど五年。
▽▽▽
「おぉ!!ここがアシュリットかぁ。街を囲んでる壁も大きいなぁ」
子供のようにはしゃぐアクセル。
「はしゃぐな。全く…」
ミラと新たな旅を始めたアクセルは最近では常にこんな感じだ。
旅をする目的が変わり、気持ちも変わった。
今では建物に使われる材質などにも、いちいち興味を示し、周囲からは生暖かい目で見られている。
しかしそれをどこ吹く風と全く意に介さず、アクセルは興味があるものに全力なのだ。
やっと着いたアシュリットでもそれは変わらず、これは何だ?これは何だ?と走り回っている。
(やれやれ…ふふ、しかしこれが本来の彼なんだろうな)
などと思いつつ渋々アクセルに付き合うミラの表情もどこか晴れやかだ。
金を支払い、街に入り、イリナという薬師を尋ね、教えて貰った建物の前に来た二人だが。
「なぁミラ、イリナって人、多分魔族だな」
「私にはわからないが、君がそういうなら、そうなんだろう」
そして、建物に入ると一人の女性が出迎えてくれた。
そして
「いらっしゃ…い…貴方、もしかしてクレアの…」
「母をご存知なんですね。リーレスト国のミレリア王妃から貴方のことをお伺いしました」
「驚いた。本当に昔のクレアそっくり…」
しばらく話し込む二人を少し距離をあけ見守るアクセル。
▽▽▽
「ミラちゃん、貴方、魔族としての力が目覚めてるんじゃない?」
「……」
「心当たりはあるのね」
しばらく会話のあと話題が変わり現在に至っている。
そして、ミラの代わりにアクセルが質問する。
「どういうことだ?」
「ミラちゃんはクレアと魔族の子。つまり人間と魔族の混血なの」
「それは知ってる」
「そう?なら話は簡単。今までミラちゃんは魔族としての力を使えなかったってことよ」
「んん???」
「つまりこういうこと」
そういうとイリナの頭部に角が、背には翼が、腰には尾が生えてくる。
これには流石のアクセルも度肝を抜かれた。
「どう?」
そういってまた人間の姿に戻るイリナ。
「あんたが魔族なのはわかってたけど…つまりあんたも混血で、人と魔族、両方の姿になれるってことか?」
「あら。なかなか鋭い坊やね。正解よ」
「ミラもそれが出来るようになったってことか…なんでそんなに難しい顔してんだよ」
「それはね坊や、これはそう簡単じゃないからよ。私みたいに先に魔族としての特徴が現れていたら楽だったでしょうけどね」
つまり現状のミラは過去のアクセルと似た境遇にあるわけだ。
そしてその苦労はアクセル本人がよく知っている。
イリナは先程から黙っているミラに向き、肩に手を置く。
「だけど心配しないで。それぞれ違う力といっても、人としても、魔族としても、その両方があってミラちゃんなんだから。慣れればなんの問題も無くなるわ」
ドランと出会った時、ミラの体調が優れなかった。それは魔族の血が覚醒を始めたことがきっかけだったのだ。
そして先日、人型との戦闘で腹を貫かれながも生きていたのもまた、覚醒していたお陰と言える。
「それは直ぐに出来ることなのでしょうか?」
「うーん、すぐに、とはいかないかな。でも放っておいたら魔族の血に飲み込まれて性格変わっちゃうかもしれないわよ?そうねぇ、早くても最低一年はかけて慣らしたほうがいいでしょうね。余裕をもって二年ってところかしら」
「二年……」
「大丈夫よ。その間私が訓練も面倒も見てあげるから。クレアにもお世話になったことだしね」
そしてミラはアクセルの方を向き、真剣な表情を見せる。
「すまない。私はここで学ぼうと思う。旅の続きは二年待ってはもらえないか?」
アクセルはニカッと笑い
「おう!いつまでも待つよ」
こうして話が纏まりミラは二年間、イリナのもとで仕事の手伝いをしながら魔族の力の使い方を学ぶことになった。
そして諸々の準備が終わったあとミラはアクセルに尋ねる。
「君はどうするのだ?」
「うーん、それなんだけどさ、俺もさっきから考えてたんだ。でさ、答えが出た」
「是非とも聞かせてくれ」
「冒険者になるよ」
「冒険者…君のそだて…君の親もそうだったな」
「余計なこと気にしなくて良いんだよ。まぁでも、そうだな。影響はいっぱい受けてるけど、それだけじゃないんだ。冒険者になったら街に入る身分証ってやつ貰えるみたいだし、なにより色んな所にいけるって師匠は言ってた。それにこれからの旅は街にもよく行くだろうからさ、人との付き合いも勉強しないとな。あ、あと文字もちゃんと覚えるぞ」
楽しそうにこれからのことを話すアクセル。それをミラも楽しそうに聞いている。
そんな中イリナも話に混ざってくる。
「そんなアクセル君にお姉さんから助言をあげる。この街は冒険者には向かないわ。だから別の街に行った方が良いわね」
「へぇ、そうなのか。分かった。ありがとう」
「あっさり信じるのね。理由も聞かないし」
この街は昔から王族、貴族の子供達が通う学校があり、警備もしっかりしている。そして土地としても恵まれており、冒険者の仕事は貴族や王族の小間使いのような仕事しかないのだ。よって冒険者は面倒事の多い貴族を避け、他所の街に移っていく。
「まぁ、どのみちここに留まる気が無かったからな。それにすぐに帰ってこれるし」
こうして、旅はしばらく休みにし、それぞれの二年間が始まるのだった。
ここで1章が終了となります。
次回からはアクセルに焦点をあてた冒険者編となります。
よろしければ表情、感想等よろしくお願いします。