20話 再会
「アクセル様、アシュリットでは少し滞在したいのだが良いだろうか?」
「そりゃ良いけどよ…この間からなんなんだよ。様とかさ…」
「良いではないか。私が君を主と決めたのだ。まぁたしかに主というのもおかしくはあるが」
「だから、なんで主とかになるんだよ…俺は王様とかじゃないんだぞ」
リーレストを出てから毎日のようにこんな会話が続いてる。
ミラとしては単純にアクセルの器に惚れたのだ。
そしてその直向きさに尊敬もしている。
なのだが、当のアクセルは敬称で呼ばれるのは王族や貴族だけだと思い込んでおり、また貴族達に対して良い印象を持っていない。そして主とは誰かに命令する人として認識しているためとても嫌がっている。
全てが間違った認識ではないのだが、今まで見てきた人間の醜い部分を目の当たりにしているため、このような認識になってしまったのだ。
「とにかく、様はやめろ」
「ふむ…そういえば、街の酒場の店主のことを皆がマスターと呼んでいたな…それでどうだ?」
「はぁ…もうそれで良いよ…だけど俺は部下とか奴隷とか嫌いなんだ。だから俺たちの間に上も下もない。これまで通り、これから先も。これは譲らないぞ」
「ふふ、さすがは私が見込んだ主だ。それでこそだ」
(ふふ、マスターも主という意味があることは知らなかったようだ)
「なんか、疲れた…」
「まぁ正直なところ、この旅をする一行の代表としての主で構わないさ」
「はいはい」
こうしてマスターという呼び名で落ち着いたのだった。
「で、アシュリットだったか?お前の母親がいた街なんだよな?」
「あぁ、ミレリア王妃からはそう聞いている」
「まさか王妃とお前の母親が知り合いだったとはなぁ」
「といっても、顔見知り程度らしいがな」
意外な所で母との繋がりを見つけたミラは、王妃に色々と話を聞いていたようだ。
そしてイリナという人物がミラの母と特に親交が深く、今もアシュリットで凄腕の薬師として滞在しているとのことであった。
「まぁ、まだ遠いみたいだし、のんびり行こうぜ」
「それはそうと、魔力の方は問題なさそうか?」
「あぁ、顔のアザ消えてからは物凄くスッキリしてるな。前みたいに抑え込む必要もなくなったし」
「それは良かった。これでもう暴走の心配はなくなったわけだ」
これが最近の一番の変化である。
人型との戦闘以後、長年アクセルを蝕んでいた魔力はアクセルと完全に融け合い、今ではその莫大な魔力の恩恵を受けるだけになってる。
リーレスト滞在中は治療に専念していた為、魔力にどのような変化があるのか検証出来ずにいたが、今ではこの莫大な魔力をどう使えるのか日々研究をするまでになっている。
そして以前、ミラが推察した通り、この魔力はアクセルの感情と深く結び付きがあったらしく、今では使えると信じ、魔道具を使うと使用出来ることも判明している。きっかけはチュチュ袋であった。
さらに魔法を打ち消す力は失われてはおらず、アクセルにとってメリットだけが残り、デメリットだけが失われたのだ。
▽▽▽
こうしていつになくのんびり旅を続けていたある日、突然アクセルの雰囲気が険しいものに変わる。
「どうした?」
「くる…あいつだ…この魔力、間違いない」
ミラには何も感じなかったが、すぐにアクセルを信じ周囲を警戒する
そしてそれは姿を現した。
アクセルの故郷を滅ぼし、全てを奪っていった憎き仇の魔物。
リーレスト滞在中、王の計らいで情報提供の協力を得た。
そして今、この魔物はベヒモスと名付けられ、各国で恐れられている。
それが今、目の前にいる。
薄れていたドス黒い感情が湧き上がる。
しかしこの魔物は散々世界を荒らし、奪い過ぎているほどである。
これ以上、何も奪われないようにする為。
そう自分に言い聞かせ、剣を抜き、ベヒモスと対峙する。
「手を出すなとは言わないでくれよ」
「あぁ、頼りにしてる」
その言葉のあと、アクセルはベヒモスに向かって走り出す。
ベヒモスは姿を現した瞬間からすでに臨戦態勢だ。
ベヒモスが腕を伸ばせばアクセルに届く位置まで一瞬で距離を詰める。
そしてベヒモスもアクセルを引き裂かんとその太い腕を振りかぶった。
突如ベヒモスに激痛が走る。ミラの雷が頭上から襲いかかったのだ。
一瞬ミラに視線を移し、再びアクセルに視線を戻すが、その姿はすでになく、代わりに頭上を影が覆っているのがわかった。
視線を影に向けるとすでにアクセルの剣、その二つの刃が目前まで迫っていた。
そして、何の抵抗もなくベヒモスは三つに分けられ、そのまま地に伏した。
呆気ない。
その後もアクセルはベヒモスから少し距離をとったまま動かない。
ただ呆然と立ち尽くしている。
見兼ねたミラが声をかける。
「念の為、もう一発落とすか?」
「え?あ、いや、もう大丈夫だろ…」
ようやく剣を収めるアクセルだったが、またもや立ち尽くしている。
「終わったな…」
「あぁ、終わった」
長年追い求めた相手。そしてそれを無傷で仕留めた。
嬉しくないわけではない。
しかし様々な感情をぶつけたかった。
様々な方法で痛めつけ、惨めに、無様に殺してやると長年思い続けた。
しかし、いざ目の前にすると、そんな事よりもミラに被害が出ることの方を恐れ、速殺をしていた。
様々な感情がアクセルに渦巻いていく。
これで旅が終わる。
しかし、まだミラと旅を続けたい。
しかし理由がない。あったとしてもそれにミラが付き合ってくれるか分からない。
答えが出ないまま魔物の死体が燃え尽き、灰になるまで見守った。
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