18話 解き放たれる力
本日2本目!!
少し長いです。
嫌な感覚だ。
全てを飲み込み、無かったことにしてしまう。そんな感覚。
身体の中に昔からあるそれは、日を追うごとに、成長と共に大きくなっていった。
鍛え、必死に抑え込んだ。
方法を教えてくれる人がいた。
辛さを分かち合ってくれる人がいた。
受け入れ、共に歩んでくれる人がいた。
しかし、すべて奪われた。
「ミラァーーーー」
腹を貫かれ今もまだ宙に浮いてるミラを見て、アクセルの悲痛な叫びが辺りに響き渡る。
魔獣はその声を聞き、振り払うように乱暴に腕を引き抜いた。
そして、アクセルの方を向くと口角を上げ、ニヤっと笑ったのだ。
魔獣に感情は存在しない。
殺すことに快楽を覚えることもないはずの魔獣が笑ったのだ。
あるいはそう見えただけかもしれない。
だが、それで充分だった。
「があああああああああ」
今まで必死に抑えていた物が爆発した。
今までは、手で水を目一杯掬ったような状態だった。
少しでも不安定になると溢れそうになる。
それが溢れるだけではなく、手諸共弾け飛んだのだ。
咆哮と同時に人型に肉薄する。
人型も腕を槍状に変化させ、迎撃しようと伸ばしてくるが、アクセルは大して避けもせず、左肩を抉られながらも人型を殴りつけた。
何度も、何度も、何度も。
次第に身体にはより深く傷が刻まれ、拳も砕け、まともに握ることも出来ないような状態だ。
それでも無理やり握り込み、殴りかかる。
人型もその拳目掛け、自身の拳を打ち付けた。
当然、アクセルの拳は完全に砕け、腕は有らぬ方向にいくつも曲がっている。
いや、そもそも腕が付いていないかもしれない。
すでに感覚もないのだ。
そのまま大きく吹き飛ばされたアクセルだったが、それでも立ち上がり、左拳を握りこみ人型に迫らんとしていた。
その時だ。
目の前に僅かだが、赤みを帯びた閃光が走った。
瞬間、アクセルは我に帰り、ミラの方を向いた。
動きはしないが、こちらに向かって腕が伸びていたのだ。
「生きてる...」
そう呟いた後、我を忘れて飛び出したことへの後悔が襲ってくる。
我を忘れ、ただ人型の命を奪おうとした行為に。
ミラと誓いあったはずだ。
奪うのではなく、奪われないために戦うのだと。
「くそ、俺はまた...待ってろミラ。すぐに、助ける!!」
そう口にした時だった。
今までの手で掬った様な状態だった水が、その手に染み込む様に吸収されていったのだ。
それと同時に顔にあったアザも消えていく。
(今のままじゃダメだ...もっと速く、もっと強く!)
アクセルは左手で右の頬を弾く。以前教わった"とっておき"だ。
直後、瞬時に人型の目前に"現れた"アクセルはそのまま殴りつける。
人型も突然現れたアクセルに反応が遅れ、直撃を受け殴り飛ばされた。
そのまま追撃するアクセル。
即座に体勢を立て直した人型と激しい攻防を繰り広げるが
、無情にも左手も右手と同じ運命を辿ってしまう。
既に両手は感覚すらなくなっている。それでも諦めないアクセル。
(まだだ、まだ足りない。もっと速く!もっと強く!)
すると今まで自分の中で暴れまわっていたモノがその表情を変え、身体を優しく包み込む。
パチパチと僅かな音を立て閃光が走る。
そして人型に迫る。先程よりも明らかに速い。
その勢いのまま人型の顔を蹴り飛ばし、追撃を仕掛ける。
体勢を崩したままの人型目掛け、宙に舞い、そのまま身体を前方に回転させ、踵を振りおろす。
人型は腹部に直撃を受け身体がくの字に曲がり、地面も軽く抉れている。
効いている。明らかに動きが悪くなっている。
反撃をする暇を与えず、一気に攻め立てる。
そして、人型がヨロヨロし始めた。
(これが最後だ)
それを見たアクセルは目一杯の力で空に飛び上がる。
もう脚にも限界が来ていた。
次で決めなければ歩く事も出来なくなるだろう。
全ての力を出し切る為、落下の速度も利用しようと考えたのだ。
そしてかなりの高さまで上がり、頭から落下するように降りてくる。
(これでも足りない。もっと!)
そしてふと思い立つ。
地面を蹴れるのだ。空も蹴れるだろうと。
やれるかどうかなど、最初から考えてもいない。
ただ実行するのみ。
そして、アクセルは空中でさらに加速する。
(もっとだ!もっと、もっと、もっと!!)
加速し続け人型に迫るなか、風圧が襲ってくるがそれでも目を見開き、血を流しながらも人型を捕らえ続ける。
迎撃しようと人型も両手を槍状に変え伸ばすがアクセルは回転するようにそれを避けていく。
そして人型に届く所まで接近したアクセルは身体を前方に回転させ、右足を振りおろす。
「だあああああああ」
凄まじい衝撃と共に砂埃が舞い、地面が大きく陥没するなか、人型の頭部を捉えたアクセルの踵は、人型の頭部を陥没させ、身体をもひしゃげさせた。
受け身もとれずそのまま落下するアクセルだったが、その最中、人型が塵になっていくのが確認できた。
砂埃が徐々に晴れていくなか、ズルズルと地面を這う音だけが周囲に響く。
アクセルは唯一動く左足で地面をけり、顎で地面を掻きながらミラの元に向かう。
(....あとはミラを助けるだけなんだ...もっと、動け)
すでにボロボロだった身体で捨て身の一撃を放ったアクセルにも限界が来ている。
両手と右足は感覚がなく、目は開かず、耳も聞こえない。
すでに動けている事自体が不思議だ。
そんな状態でもミラのいる場所がハッキリとわかる。
感覚がより研ぎ澄まされているからだろうか。
なんとかミラの元に辿りつき、そして僅かに見える目で右手があるのが確認できた。
(ついてんだから、動けよ)
無理やり自身の背にミラを引き込み、背負いながらまたズルズルと地面を這っていく。
(...あっちに人がいる)
確証はなかったが、なんとなくわかる。
そして必死に這い、進んでいると地面から振動が伝わってくる。
(...これは...四足...大きい...一杯いる)
伝わってくる振動から推察していると、それはやがてアクセルの直ぐ側で止まった。
その中の一人、隊長と呼ばれていたものが馬を降り、指示を出す。
「酷い怪我だ。直ちに帰還する」
人型の戦闘の時、撤退していった騎士達が援軍を連れ戻ってきたのだ。
「君、しっかりしろ。」
(こいつを...仲間を助けてくれ...)
もはや声を出す事も出来ないアクセルだが、必死に訴えかけた。
ただひたすら仲間を、ミラを救ってくれと懇願する。
そして隊長が言う。
「死なせはしない」
その言葉だけがアクセルの耳に届き、アクセルは意識を手放した。
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