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魔王様は猫である!  作者: 奥沢 秀水
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第二話 猫の死活問題

「にゃ〜ん」


夕暮れ時のとある路地裏。そこで俺は可愛らしい声を出した。


ターゲットは左腕に野菜や魚がこれでもかと入ったかごをさげたばあさん。ばあさんは俺の声に気づいたようで俺の下にしゃがみこんだ。


「まぁ、可愛らしい猫ちゃんだこと。可哀想に捨て猫かしら。ごめんねぇ、あなたを飼いたいのはやまやまなんだけどウチの主人は猫嫌いなもんで・・・」


ばあさんは俺に同情の笑みを浮かべながら「ごめんね」と何度も呟き俺の頭や喉を撫でる。うーん悪くない。このばあさん旦那が猫を飼うのを許してくれないからこうして野良猫を可愛がっているのかもな、手付きが今までの奴らと比べても違う。


「にゃ〜お」


「ほんっ当に可愛いわねぇあなた。そうだわ!せめてこれだけでも・・・」


そう言ってばあさんはかごの中を漁ると一匹の小魚を取り出し、俺に差し出した。


「本当は夕食のスープに入れるつもりだったんだけど一匹だけあげるわ。大丈夫よ、また買えばいいんだから」


俺が手に持っていた小魚を咥えると、ばあさんはバイバイと手を振って立ち上がり、進んでいた方向へと体を向けて歩き出す。


その背中が見えなくなると、俺も待ちゆく人に背を向け路地裏の影へと姿を消した。





日はとっくに暮れ、月の光が雲に閉ざされた夜。俺は路地裏で一人、いや一匹小魚に貪りつきながら考えていた。


―クソっ惨めだ。


俺がこの姿になって一週間が経った。元の姿に戻る手掛かりは一切掴めてないが、おかげでわかったことがいくつかある。


まず一つ、ここはニールという国の王都らしくミルポ教が国教として根付いている。特徴としてはその宗教の発祥地ということぐらいだな。ミルポ教っつーのは俺も昔から知っているぐらい有名な宗教の一つで、魔族を絶対悪と見なし(これはほとんどの宗教に共通することなのだが、ミルポ教はその中でもかなり嫌悪している方だ)信仰すれば幸福と強い加護を得られるというものらしい。俺らにとっちゃいい迷惑だが、魔族の襲来に怯える時代を過ごしてりゃそんな教えも出来るわな。


次に魔族の連中がどうなったかなんだが、どうやら俺が倒されてしばらくした後、不可侵条約なるものが結ばれたらしく貧困層を訪れたときにはゴブリン共が元気に商売してやがった。


人語ペラッペラのゴブリンを見たときはマジで驚いたぜ。俺が知っているゴブリンは魔族の言語すら片言の低脳連中だったからな。


しかし困ったもんだ。俺が元の姿に戻ったら魔族を引き連れて再び世界を侵略しようと考えていたのだが、奴ら完全に丸くなっちまった。こりゃあ世界征服の道も遠いな。


最後に俺の体のことだ。何故猫になっちまったのかも気になるが、それと同じくらい重大な事に気がついた。


また、猫との会話はできたが、どうやら人間にも魔族にも俺の言葉は通じてないらしい。街を歩いていたガキに話し掛けてみた所、その辺にあった猫じゃらしを引き抜き「召し上がれ」とそれはもう満面の笑みで渡して来たので、猫パンチくらわせて泣かしてやった。あの野郎ぜってぇ猫じゃらしを食いもんだと思ってやがる。


魔族達は平和ボケし、言葉も通じねぇ。俺はこの辛い現状に思わず溜息を吐く。


「・・・まさに最悪だな」


俺は小魚を食い終えると、左側の通路を進む。あっちには俺の寝床がある。捨てられた紙ゴミや藁で作った簡素なものだが、冷たい地べたで眠るよりは何倍もマシだ。


さて・・・これからどうするか。この辺りのことや人混みのできる時間帯も把握できたしそろそろ盗みに出てもいい頃・・・何考えてんだよ俺、この俺は誰だ?魔族を統率し、世界を混乱に陥れた魔王マモン様だろ、いつからこんな考えの小さい男になっちまったんだよ!


そんなことを考えていると、ある気配を感じた。ふと俺のベッドを見ると見慣れない影が見えた。


人の影だ。そいつは新聞紙や藁を広げそこに横たわりいびきをかいていた。


俺の中にはある感情が込み上げてきた、怒りだ。野郎、ホームレスかなんだか知らねぇが俺の特等席を奪いやがって・・・懲らしめてやるわぁ!


右手の拳に力を込め、奴目掛けて思いっきり跳び上がる。喰らいやがれ、3日前に考えた伝説の技!


「猫パァァァァァンチ!!」


奴の顔面に俺の拳が届くと思ったその時、雲に隠れていた月が顔を出したのか、月の光が奴の顔を照らした。そして奴、いやその女の顔を見て俺は女の一歩手前で着地。そのまままじまじと女の顔を見つめていた。


顔つきは人間で言えば15〜16程の顔つきに肩まで伸ばしたショートカットの美少女、旅をしているからだろうか、季節外れのロングコートを羽織り、童顔とは不相応な豊満な胸を窮屈そうにしまっていた。


一見すればただの美少女、しかしその頭部には人間にはあるはずのない物・・・角が生えていた。そう、この女は魔族だ。だがそれだけの理由で俺の手が止まったわけではない。しっとりとした黒髪、無防備な寝顔。忘れるはずがない、愛おしくてたまらなかったあいつを―。


「アウ―」


そこまで言おうとしたとき、世界が反転した。違う、正確には反転したのは俺だ。直後に脳天に伝わる衝撃。俺が最後に見たのは仰向けで寝るあいつの横顔。さっきまでベッドに置かれていた体は冷たい地べたの上だった。


嘘だろ・・・この俺が寝返りだけでやられるなんて、これ程の力を持っているとすれば最早確定だろう。


「―ラ・・・」


そして俺の意識は暗闇の中へと吸い込まれた。






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