第一話 魔王の復活
「これで終わりだ、魔王!!」
俺の心臓部に勇者の聖剣が突き刺さり、そこから大量の血がふきでる。
―あぁここまでか・・・
強欲の魔王マモン。歴代の魔王を遥かに超えるスピードで世界を蹂躙していく俺を人間共はそう呼んで恐れた。だが、世界の大半を支配下に置いた頃俺達に反旗を翻す奴らが現れた。それが勇者だ。
そいつは聖剣片手に下流のモンスターから上流の魔族、さらには信頼を置いていた幹部までも片っ端からなぎ倒していった。
そして残ったのは俺一人。序盤は俺の魔剣や魔術で勇者共を押していたが、次第に勇者共の連携に押されはじめ、しまいにはこのザマだ。
クソ、後もうちょっとだったんだけどなぁ。まぁしかしかなり時間は稼げたはずだ。後はアイツらの無事を祈ることしかできねぇ。
そう思いながら、俺の血しぶきを浴びながら佇む勇者を前に俺の意識は遠のいていった。
★
―何やら騒がしい音が聞こえる。なんだ、あの世ってのはこんなにも騒々しいのか?
それだけじゃねぇ。変な匂いもする。まるで生ごみみたいな・・・いや生ごみだなこれは、ひでえ匂いだ。ひとまず自分の目で見ないことには何もわからない。俺はゆっくりと閉じていた瞼を開いた。
最初に映ったのはレンガでできた壁。さらに上を見上げると、窓と赤瓦が見える。材質を見る限りどうやら人間の住宅のようだ。
しっかしでけぇな。向かい側にも同じような景色が見えることから庶民が暮らしてそうなモンだが、ここらの街は平民でもこんなに贅沢しているのか?
いや、それよりも問題はなぜ俺が人間の暮らしている街にいるかだ。
ひょっとしてどこか別の世界に転生されたのか?それともなんらかの事故で《テレポート》が発動したのか?
まぁどっちにしろ外に出てみればわかることだ。まずはこの路地裏から出るのが先だな。
俺は立ち上がって光の指す方へと歩く。すると、ある違和感を感じた。
「・・・なんか物がデカくねぇか?」
そう、レンガやタイルの一つ一つもそこらに散らばっている生ごみも、何もかもが巨大だ。まさかここは巨人族の住処か?いや、だからって生モノまでも大きいのはおかしい。ここに落ちてる魚の骨だって俺が普段食ってた物の5倍はある。
他にもおかしなところがある。さっきから歩くのが辛い、四足歩行の方が楽だと思える程だ。後、足の裏がすごいフニフニする。俺の素足ってこんなに柔らかかったか?
そう考えていると、路地裏の出口が近づいてきた。きっとこれで全てわかるはず。そんな希望を抱いて俺は路地裏の出口へ駆け出した。
そして、次に目に入った光景は俺を驚愕させるには十分なものだった。
まず目に入ったのは巨大な人間共。やっぱりここは巨人の国か、しかし奴らが着ている服、随分としゃれてんな。魔族でもこんな服着ていたのは城で仕事をしていた連中くらいだな。ここの技術がすごいのか、この辺りの地域が上流層の人間の居住区かのどっちかだろうな。
そう考える俺の足下に紙が当たる音がした。ふと、そちらを見ると、誰かが捨てた内の一部が飛んできたのか一枚の新聞紙が見えた。どうやらこれが俺の足にぶつかったらしい。
紙か、俺達魔族は魔法が使えて当たり前の種族だったからな、時間こそかかるが錬金術でどうにでもなるし、別に紙が落ちてても大して気にすることではなかったんだがそれ以外の種は違って紙は希少だったはずだ。なのにそれが普通に落ちているとは、やっぱりこの国の技術がいいからなのだろうか?
しかしちょうどいい、こんな紙切れでも多少の情報源にはなるだろう。俺は新聞紙を手で抑えながら、紙面の字をじっくりと眺める。
「この言語は・・・人語だな。よかった、とりあえず字は読める。言語までわかんねぇと色々苦労するからな。日付けは・・・3月の21―っておいおいおいおい!西暦1474年だと!?50年以上も経ってるじゃねぇか・・・。そんだけ経ってりゃあの動く鉄塊を作る技術があってもおかしくはないな。さて、それじゃあそろそろ内容を―」
次の瞬間、俺は思わず新聞から手を話してしまった。俺の手から解放された新聞紙は風の流れにしたがってふわりふわりと舞う。だが、それを追うことを考える余裕を今の俺の脳みそは持っていなかった。
・・
俺の手、いや厳密には前足と言うべきだろうか。とにかく、俺の前足は栗色の毛に覆われ、短い指と肉球も相まってとても可愛らしい造形をしていた。試しに右の方を上げて見ると、それに従って栗色の右前足が上がる。間違いない、俺の足だ。
まさかと思いさらに下を見ると、これまた栗色の毛に覆われた腹と可愛らしい足が見えた。後ろを振り返ると、足や腹と同じ栗色の尻尾がだらしなく垂れている。
この足についた肉球、若干小柄な体躯、おいおいまさか―!!
そう思ったが早いか俺は猛スピードで人と人との間を駆け抜けて行った。もちろん四足で。
間違いないねぇ。建物全体やコイツらがでっかく見えたのはコイツらが巨人だからじゃねぇ、単純に俺の方が小さくなっただけだ!
門を曲がると、ガラス張りの喫茶店が見えた。俺はそこで足を止めると、一枚のガラスを除き込んだ。
「嘘だろ・・・」
そこに映っていたのは両前足でガラスを向こう側から押さえつける一匹の栗毛の猫。
それは紛れもなく俺自身だった。