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嘗めんなよ


 アレクは一瞬、自分が何をしているのかわからなかった。


 どうして、自分はこの場に立っているのか?

 どうして、たかだか一匹の魔物の為にこんな死地に戻ってきてしまったのか。


 アレクは自分の実力はわかっていたし、こんな戦いに割って入れる訳がない事もわかっていた。


 ただ、それでも見逃せなかったのだ。


 筋の通らない話も、そんな事を平気で行うような奴らも。


 

 『魔物にもなりきれていない半端者如きが・・・今、私達を何だと言った?』



 それは気迫、とでも言うべきか。


 魔力を伴わず、ただ、怒りを乗せて凄んだだけ。


 それだけで、弱いモンスターなら死んでしまうほどの威圧感が、恐怖が、暴威となって吹き荒れた。


 ただ、生憎とアレクは弱いモンスターでは無い。


 魔物にこそ至ってはいないが、それでもただのモンスターとは一線を画す。



 「知能の足りない獣だと言ったんだ、聞こえなかったか?ワンコロ」


 

 暴風に抗うように、嵐の中で自らを奮い立たせるように、口を開く。


 それと同時に、アレクの身体から魔力の嵐が吹き荒れ、ドーレフの毛を逆立てた。


 

 『ふふ、ふははは、はーはっは!!面白い、面白いぞ!愚か、実に愚かだ!あのまま、意識を失っていれば見逃してやったものを・・・貴様、楽に死ねるとは思うなよ』



 ドーレフは高らかに笑うと、これまでの脅すような、馬鹿でかい殺気では無く、鋭利な刃物のような、突き刺す殺意を向けてくる。


 勝負は一瞬、敵の速さにアレクがどこまで対抗できるか。


 『斥候レンジャー』の『スキル』、『危機察知アドレイク』を全開で使用。

 軽く腰を落とし、身体の力は全て抜く。


 大事なのは動き出した瞬間をどれほど見極められるか、どうかだ。


 敵の筋肉の動き、体毛の揺れ、全てを見逃さない。

 

 アレクは、モンスターになった事で底上げされた動体視力と、反射神経、その両方を極限まで張り詰めさせ、その一瞬を見極めた。


 体毛の揺れ、それは動き出す為に弛緩させた筋肉によるもの、そう判断した瞬間、アレクは全力で横に飛び跳ねた。

 空気が弾けるような感覚、遅れてやってくる轟音。


 次の瞬間、アレクは遺跡の壁に叩きつけられた。



 「ガハッ・・・!!」



 壁にめり込んだアレクの視線の先には、腕を振り下ろし、遺跡の床に放射状のヒビを入れたドーレフの姿がある。


 腕だけでアレクよりもデカイ体躯を持つドーレフは、その巨軀からは想像も出来ないような速度でアレクへと詰め寄り、腕を振り下ろしたのだ。


 アレクは最早、ボロボロ。


 だが、ドーレフは憤怒の形相でアレクを睨みつけた。



 『貴様如きに、私の一撃を避けられるとは・・・』



 そう、アレクは攻撃が直撃したわけでは無い。

 アレクは衝撃波で吹き飛ばされたのだ。


 ドーレフの動作、詰め寄って腕を振り下ろす。


 たったこれだけの動作でも、音速の数倍の速度で行われた場合、空気を叩く衝撃は計り知れない。


 全身がバラバラになったかと思うほどの衝撃を食らったアレクであったが、悠長に壁に埋まってはいられない。


 このままでは、何も出来ずにドーレフに殺されてしまう。


 だが--



 「う、うおおおおおお!!!」



 深く壁にめり込んだということは、それ程の衝撃を食らってしまったという事。


 今のアレクでは、どれほど力を込めようと簡単には壁から抜け出せない。


 それを見たドーレフは不機嫌そうな顔から一転、愉快そうに笑う。



 『はっはっは!!避けたはいいが、そのざまか。無様無様、そこで大人しくしているがいい。貴様如き、殺す価値も無い。見逃してやろう』



 アレクから視線を外して、ドーレフは後ろの『ウルフ・メレフ』達に振り向く。


 未だに囚われている方と戦っていた彼女は、全身から血を流しており、息も絶え絶え、今の一連の流れで、ドーレフの隙をつくことすら出来ないほどに弱っていた。



 『さて、このまま殺させてもらうぞ』


 

 ドン、と前足を広げて、前傾姿勢となるドーレフ。

 そして、一瞬で姿が消えたかと思うと、二匹の獣は再び、戦闘を開始した。

 アレクでは目で追うことが精一杯の速度でだ。


 つまり、先程、アレクに向かってきた時はまだ全力では無かったのだ。


 アレクは壁から抜け出そうとしつつも、歯をくいしばる。


 自分は何と無力なのだろうか。


 戻ってきておいて何も出来ない。


 アレクが自分の無力さを呪ったその時、アレクの脳内に、突然声が響いた。



 『おい、そこの『中位悪魔デーモン』。聞こえているか』

 

 「っ!?・・・これは・・・」


 『返事はするな、心で思うだけでいい。時間が無いから、一つだけ聞く。お前がそこから抜け出し、私がドーレフの注意を引けば、この状況を打開出来るか?』



 視界の先では、争う獣達。

 到底自分では入り込めない領域だ。


 だが、目で追うことだけは出来ている。


 そして、先程、『ウルフ・メレフ』の内、一匹を捕らえた罠を見るに、ここの罠は起動と殆ど同時に発動する。


 だとすればだ。



 『出来る。殺す事や捕らえる事は不可能だが、手傷を・・・奴に隙を作るくらいなら、出来ると思う』

 『そうか、可能性は?』



 アレクはここに来るまでの間に確認したこの部屋の罠から、即座にドーレフへと通じそうな物を、そして、そこまでの手順を考える。


 その間約2秒、アレクは冷静な結論を伝えた。



 『20回に1回、成功するかどうか。ただ、あんたが俺の指定した場所にドーレフ、とかいうやつを誘導できるなら、5回に1回』

 『成る程、いいだろう。5回に1回ならばかけて見る価値はありそうだ。今から、そこに鎌鼬を一本飛ばす。脱出したら、20秒で準備を終えろ。それ以上は、私の体力が尽きる』

 『十分だ』



 アレクが思考を返した瞬間、流れ弾のように飛んできた鎌鼬がアレクの埋まっていた付近の壁を破壊した。


 ドーレフは目の前の相手との戦闘に気を取られており、気づいていない。


 そして、アレクは直ぐにこの広場の7箇所に意識を集中させる。


 大事なのは起動する順番と、タイミング。


 魔力でそれぞれの位置にあるトラップをアレクのタイミングで起動させるのだ。


 唯一の気がかりは、未だに捕らえられたままの『ウルフ・メレフ』であったが、奴は頭が弱いのか、はたまたアレクの事など脅威にも思っていないのか、こちらに気づいた様子は無い。



 (まあ、そちらの方が好都合だが)



 アレクが思って、戦っている彼女にドーレフを誘導する位置を伝えようと思ったが。



 (・・・よく、考えたら俺から、あいつに思考を送る方法がねえ!)



 焦りかけたアレクであったが、幸い彼女の方から声が届いた。



 『いいか!』



 突然の事に少し驚くが、すぐに気を取り直す。



 『ああ、いける。俺が思考で3秒数える間にドーレフを広場の天井、西側にある柱の残骸』

 『一本だけ残っているやつか!』

 『ああ、その柱の下にまで誘導してくれ』



 返事は無い。

 それでも、アレクは心の中で数え始める。



 『3』



 未だに彼女は血を流しながら、戦いを続ける。



 『2』



 目まぐるしく互いの位置を入れ替える二人の周囲では、風と雷が鳴り止まない。


 が、広場全体を使っていた動きが、西側により始めた。



 『1』



 ドーレフの爪が彼女の胸部を切り裂き、美しい白い毛と鮮血が舞った。

 そして、飛ばされた彼女にトドメを刺すべく、ドーレフが天井を蹴って彼女に向かって飛ぶ。



 『0』



 アレクが魔力で床にあった罠起動用のスイッチを押し込む。

 それと同時に、壊れかけた柱の周りから、無数の槍が打ち出された。


 そして、その槍は丁度、ドーレフの背中に向かって降り注ぐ。


 ドーレフがそれに気付こうが関係ない。


 彼らがいくら速く動こうが、どれほど瞬発性に優れていようが、結局は狼の延長でしかない。

 翼も、飛ぶための力もないまま空中にいる以上、動く事は出来ない。


 そして、無防備な背中に槍が突き刺さり、ドーレフが苦悶の声を上げると、勢いを殺しきれず、そのまま雌の『ウルフ・メレフ』ごと壁に突っ込んだ。



 『次!』



 ドーレフと一緒に壁に突っ込んだ彼女から思考が飛んでくる。

 アレクは伝わることを信じて、叩きつけて欲しい方向に腕を向けつつ、彼女に伝える。



 『床に叩きつけて!』



 これからの時間は無い。

 位置を正確に指定する事は出来ない。


 彼女がアレクの意図を呼んでくれることを期待するしかない。


 そして、彼女はアレクの期待に応えた。

 

 アレクがドーレフを置いておきたい場所、殆どピンポイントにドーレフが飛んでくる。


 それを確認したアレクは即座に3つの罠を起動。


 ドーレフの頭上から、黒い液体が降り注ぐ。


 ドーレフは避けようとするが、足元が突如爆発し、足場を失ったせいで避けられない。


 そして、黒い液体が降り注ぐのと同時に、周囲から炎の魔法が発射された。


 アレクがこの部屋に来る前、確認した罠は10。

 

 《罠看破ヴェスティス》で見ることが出来るのには罠の範囲だけでなく、罠を構成する素材も含まれる。


 そして、今、ドーレフの頭上に降り注いだ液体は『黒水』と呼ばれる可燃性の毒の水だ。




 炎がドーレフの身体に殺到した瞬間、爆発が起きたかのような音と同時に、アレクの身体を炎が焼いた。

 

 


 

 


 



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