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男を見せろ


 現在、アレクは『中位悪魔』になった事で、新たに出来るようになった事を確認していた。


 当然、周囲の警戒は怠っていない。



 「『押す』、『持つ』、『動かす』、『砕く』」



 呟きながら、前方にある石に意識を集中。


 すると、石は押されたように前方に転がってから、何かに持ち上げれられ、暫く動いてから砕け散った。


 これがアレクの新しい力、『魔力』だ。


 炎や氷は、正式な詠唱が必要らしいため使用できないが、魔力を直接ぶつける形で動かす、『念動』程度ならアレクにも使える。


 まあ、『魔法師メイジ』であれば、簡単に出来ることも、『魔力』に対しての理解が無いアレクでは、このように現象を声に出してイメージしながらでないと出来ないが。


 ただ、ここで重要なのは、アレクが『斥候レンジャー』としての能力を残したまま、魔法を使えたという点だ。


 『魔法師メイジ』になっていない、それなのに『魔力』を使えるというのは、かなりのアドバンテージだ。


 『魔法師メイジ』は、魔力の代わりに近接戦闘を殆ど捨てている。

 というより、魔力を使う職業のほとんどは近接戦闘が出来ない。


 例外として、この世には、『魔法戦士マギアソード』や、『聖騎士パラディン』などといった、魔力の使用も、近接戦闘もこなせる特殊職業があるが、それらの職業の神を祀る神殿も、捧げるべき供物も不明なので、その職業を持っている人物は殆ど居ない。


 こう考えてみると、モンスターというのは本来、人間では根本的に勝てないものだと思い知らされる。


 人間が取捨選択で得る物を肉体が全て兼ね備えているのだ。


 全てのモンスターが知能を持ったとしたら、到底人間では勝てないだろう。


 そんな事を思考の片隅で考えながらも、アレクは自分の出来る事を把握し終える。

 


 (念動、思った以上に汎用性の高い力だ。これなら、これまで使えなかった罠も使えるし、倒せなかったモンスターも・・・)



 魔力という感覚は非常にわかりづらい。

 身体中を駆け巡っているようで、自分の周囲を漂っているようでもある。


 ただ、身につけれれば大きな力になる。


 アレクは無言でも念動を使えるようにするべく、今度は言葉を発さずに石を睨みつける。


 だが、無秩序に放たれた魔力の波動は目標とする石どころか、周囲に転がっていた石ころ、砂埃、木屑など、色々な物を吹き飛ばしてしまう。



 (要練習、だな・・・それに)



 《サーチ》でモンスターが近づいて来ていることを確認したアレクは、一度、その場から退却することにした。



♢☆♢☆



 アレクの狙う新たな獲物は『ウルフ・メレフ』、狼の魔物なのだが、体躯がかなり大きく、狭い遺跡の通路では基本的に見かけない。


 居るのは遺跡内にいくつかある大部屋などなのだが、大部屋にある罠はアレクには使いづらいものばかりで、こいつを討伐するのはだいぶ先になると思っていた。


 ただ、念動を覚えた今なら、使える罠の幅はかなり広がる。

 それに、今のアレクは最早、人間であった頃よりも高い筋力を持っている。

 また、魔物であろうと、職業補正も入るらしく、敏捷性だけなら、『ウルフ・メレフ』にも引けを取ることはないはずだ。



 そうと決めたアレクは一度、《構造把握グラスプ》で、大部屋の位置を探る事にした。


 《構造把握グラスプ》の効果範囲は半径100m。

 一見した限り、大部屋が見えなかったのでモンスターの位置に注意しながら、南側に歩いていく。


 とはいえ、今のアレクであれば余程の事がない限り《サーチ》圏内に入ったモンスターから、逃げ損ねるということはない。


 油断大敵、ではあるが、それでもその進行ペースは、『小悪魔インプ』であった頃よりもかなり早かった。


 そして、アレクは自分の頭の中に広げられた遺跡の見取り図、その右端に巨大な空間がある事を発見する。


 そこまでの道のりが、やたらと入り組んでいたのをみたアレクは一瞬、遺跡の壁をぶち抜いて直進しようかという考えが脳裏を過ぎったが、流石にそれを実行するほどアレクはバカではない。

 迷路のような道をキッチリと進む事にした。


 複雑な道を歩いて進んでいくと、段々と巨大な空間内部にモンスターがいるかどうかがわかるようになってくる。


 確認できるモンスターは2匹、部屋の罠を確認出来ていない以上、そいつらがどこかにいくのを待つか、他の場所を探すかしか出来ない。


 迷いながらもアレクが進んでいくうちに、その中で妙な事が起き始めた。


 モンスターの内、1匹がもう片方に襲い掛かったのだ。


 アレクはその様子を確認する為に、部屋へと急ぐ。

 モンスターの注意もしなければいけなかったが、今はこちらの方が優先だった。


 そして、アレクが空間に足を踏み入れるとそこでは、2匹の『ウルフ・メレフ』がお互いの血を撒き散らしながら戦っていた。


 牙に爪、だけではなく、雷と風の魔法も使用して、広い空間が狭く感じる程の速度で戦う様はまさに、神話の戦いだ。


 空間を支えるいくつもの柱は殆ど壊れてしまっており、空間が震えていることからいつ崩落してもおかしくない。


 アレクは逃げるべきか考えるが、そこでアレクとは別方向の入り口から現れた3匹目の『ウルフ・メレフ』が戦いに乱入、先程まで戦いを優勢に進めていた方の『ウルフ・メレフ』に不意打ちを加えると、もう片方の側に寄り添う。


 それを見て、不意打ちを食らった『ウルフ・メレフ』が吼えた。

 乗せられるのは疑惑と、怒り。

 そして、『ウルフ・メレフ』が吼えるのと同時に、アレクの頭の中へと直接声が響いた。



 『一対一では無かったのですか!』


 「こ、これは・・・あいつの声、なのか?」



 アレクは頭を抑えて、吼える『ウルフ・メレフ』に視線をやる。


 何の根拠も無いが、今の声があのモンスターの物だということだけはわかる。



 『雌との約束を守る必要があるか!ここに放り込まれた時点で、俺らは終わっているんだよ!』

 『そうだ、現実を見ろ。お前が俺たちの力を手に入れるより、俺たちのどちらかがお前を食った方が、あの化け物に勝てる見込みは高くなる』

 

 「まさか、こいつら全員が、意思を持っているのか?」



 アレクはうわごとのように呟く。

 その胸中は決して穏やかでは無い。


 何故なら、意思を持つという事は、既に何匹ものモンスターを食らい、『魔物』へと進化したという事だからだ。


 魔物はモンスターとは根本的に違っており、知性があるだけでなく、その力や能力も大幅に変わっている。


 確かに、気づいてしまえばあの『ウルフ・メレフ』達は、通常の物よりも大きいし、細部が異なっていた。



 『ふざけるな!私に負けそうだった奴ら如きが!』

 『うるせえ!今のはお前が不意打ちをかましたせいだ!でなければ、俺が雌如きに負けるか!』



 そこまで聞いて、アレクは逃げ出す事を決意した。


 元々、アレクは一対一で通常の『ウルフ・メレフ』を罠にかけて倒そうとしていたのだ。

 流石に、これは手に負える案件では無い。


 いくつか気になるワードも出てきたが、それも命あってだ。


 新しい空間を探そうとアレクが立ち去ろうとすると、頭の中に直接声が響く。



 『恥を知れ!卑怯者共が!』



 だが、関係は無い。

 アレクは部屋から遠ざかるように走り出した。

 《サーチ》でも、あの三匹の衝突を恐れてか、モンスターの姿は見られないため、速度を上げる。


 まだ、声は脳内に響く。



♢☆♢☆



 『卑怯者だと?恥を知れ?この、雌如きが!それはお前の方だ!俺にこんな傷を負わせやがって!』

 『そう熱くなるな、所詮は知能の足りない雌の言葉、力ばかりが強い奴に私達は負けないのだから』

 『この・・・!!!』



 「へえ、だったら・・・あんたらは力も無ければ知能も無い馬鹿狼二匹ってところか?」



 


 少年のような声が聞こえる。

 それと同時に、最初一対一で戦っていた魔物の内、現在は二体で手を組んでいる方の頭上から、6本の柱が降ってきて、その魔物を閉じ込めた。



 『何!?おい、ドーレフ!これは何だ!」


 『慌てるな、すぐに出して・・・っ!?』



 捕らえられた方の魔物が、ドーレフと呼んだ『ウルフ・メレフ』はその石柱を退かそうと腕を伸ばすが、目に見えない結界によって腕を弾かれてしまう。

 更に、少年の声は続く。



 「知能の足りていないお前らに教えてやるよ、それは『六芒結界セイスオブシールズ』って言われる結界魔法。一度入れば、外側にある6個の六芒星を砕かない限りは脱出不可能の特殊トラップだ」


 『誰だ!』



 声のする方、彼らのいる巨大な空間にある四つの出口の西側をドーレフが振り向いた。


 そこに居たのは一匹の小さな悪魔。


 その場にいるのが、場違いな程に弱い『中位悪魔デーモン』だ。


 ただ、それでも彼は今、この場にいる誰よりもはっきりとした存在感を示しながら答えた。



 「アレクだ」



 




 

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