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20年後 その3 とおまけ


 礼拝堂前の中央広場。

 そこがカナンとアルトリウスとの話し合いの末に決まった、ショーとしての講和を行う場所だ。


 この日の為にわざわざ設営された大仰な舞台の周りには歴史的瞬間を見ようと、この街どころか近隣の町に住む人間まで集まっている。


 「確かに人がたくさん集まった方が良いが・・・」

 「これは予想外だったな」


 カナンの言葉をアルトリウスが引き継ぐ。

 これだけの人が居ると、仮に悪意を持った輩が何かをしようとしてもそれに対抗出来ない。


 それにその結果として、人が死ねば、それはそれで講和に不穏な影を落とす可能性だってある。


 「これが何者かの意思によるもので無ければ良いんだがな・・・」

 

 カナンが不安げに呟く。

 だが、それでも式典は行わなければならない。


 カナンは決意を固めて、礼拝堂のドアを押した。


♢☆♢☆


 礼拝堂のドアが開き、中から二人の男女が出てきた瞬間、民衆の騒めきは一瞬で収まった。


 それはあるいはその存在への尊敬、あるいはそれが内包する力への畏怖、あるいはそれらが持つ美貌への注目か。


 男性の方は、白に近い金髪の下にある優しげな瞳と少女のような可愛らしい顔。

 高すぎず、小さ過ぎない身長に、美しい、と形容されるに相応しい立ち姿を見せるのは、アルトリウス・ジャック。

 世界最強の騎士だ。


 しかし、それの隣を歩く女性もまたそんなアルトリウスの存在感に決して負けない物を持っている。

 かつては灰色だった髪の毛は成長と共に、銀の輝きを放ち始め、整った目鼻立ちと完璧なプロポーションは、神々の造形に近い。

 その女性はカナン、かつて誰も成し得なかった奇跡を実現させた奇跡の女傑だ。


 二人は広場中央に設営された壇上に登ると、まず最初にアルトリウスが民衆に語りかけた。


 「私が喋る事は一つだけだ」


 そして、彼はカナンの方へと向き直ると、ただ一言。


 「彼女の言葉をしっかりと聞いて欲しい」


 たったそれだけで、アルトリウスは一歩下がり、カナンに舞台を譲った。

 カナンはそれに対して、なんの気遅れもする事なく、民衆の前に立つ。


 そして、彼女は『シュルティ』によって民衆へと語りかけた。


 「皆様、こんにちは。私はカナンという者です」


 カナンの首から下げられた小さなネックレス、それはこの日の為にアルマが用意してくれた神の祝福を受けた道具だ。

 これを掛けていれば、魔物であるカナンでも『シュルティ』を喋る事ができる。


 「ご存知だとは思いますが、私は魔物です。かつてはモンスターでありながら、数多の同族を殺し、知性ある存在への進化を果たした・・・そんな化け物の子孫です」


 何故、あえて不利な事を言うのか?

 そんな疑問が民衆達の間でざわめきに変わる。

 

 「この言葉に深い意味はありません。ただ、知っておいて欲しかった。これから、共に歩んでいく者たちの原点ルーツを」

 

 静かな呟き。

 だが、それは不思議な程に民衆へと伝わり、ざわめきは収まる。


 「実を言うと、20年前の私は人なんてどうでもいいと思ってました。ああ、勘違いしないでください。人を殺したりはしてませんよ・・・まあ、殺す程の価値も無いと思ってたので、褒められた理由ではありませんが。そんな私が何故、こんな風に『人族{ヒューマン)』達との講和を目指したのか。少しだけ耳を傾けて下さい」


 そう呟く彼女の声に耳を傾けない者は居ない。

 そして、彼女の言葉を邪魔する者も居なかった。


 「始まりはとある遺跡でした。彷徨ってしまい、出る事も出来なかった私は共に彷徨っていた同胞の二人と争い、命を落としかけたんです。

 もうダメだなとか、頑張ったよなあとか自分を慰めて一度は諦めました。

 けれど、そんな時、とある悪魔に助けられたんです。

 悪魔、といっても私達からしてみればもう、塵みたいな・・・皆様からしてみると、羽虫とかその程度の力しか持ってない、そんな悪魔だったんですけど・・・それでも、私を助けてくれたんです。

 たった一人、その場にある全てを使って、私を助けてくれたんです」


 感慨深げに目を閉じて、溢れそうになる涙を堪える。

 人々もまた彼女の話の続きを待っていた。


 「彼は、アレクという名前を持つ悪魔でした。モンスターでありながら、知性を持つ彼は私に自分は元々人間だったのだ、と言ってきたんです」


 人々のざわめきが再び大きくなる。

 神々の何人かも驚いたような表情を作っており、カナンの耳には『伏魔殿』という言葉もちらほらと聞こえてきた。


 「まあ、当然そんな話を信じてたわけじゃないんですけど、でも、彼は確かに人と同じように、同胞を慈しみ、友愛を持ち、死者を悼み、死を悲しむ、そんな当たり前の心を持っていたんです。


 当時、誰よりも魔物らしい生き方をしていた私にとっては中々に新鮮な経験でした。

 強さだけじゃない、もっと大切な物だってこの世界にはあるんだという当たり前の事を教えてもらったんです。


 そして、多分私はそんな当たり前を教えてくれた彼を愛していたんだと思います。


 皆様もご経験があるのでは?新しく世界を広げてくれた人との出会いが」


 小さく微笑む老年の夫婦、手を取り合った恋人達、恋を知らぬ小さな子供、そんな彼らは少しだけ互いに向き合う。


 「ですが、私はもう彼には会えないのです。死んだ訳ではありません、喧嘩別れした訳でもありません。


 事情を詳しく説明するには少々話が長くなってしまうので、省かせて貰いますが、今、彼はこことは違う世界に取り残されています。

 彼が言うには後2万年程は出てこれないのだとか。


 悪魔であった彼がどうかは知りませんが、私は少なくとももう1000年も生きれば死んでしまうでしょう。


 ですから、私はもう彼には会えません。


 けれど、だからこそ、私はこの講和を成そうと誓いました。


 2万年後の世界が、魔物でありながら、人の心を持つ彼がより過ごしやすい世になっているように。


 詰まる所、私の行動は高貴なる使命に根ざしたものでなければ、なんらかの謀略でもありません。

 恋をした乙女の小さな恩返しなのです。まあ、乙女という年齢でもありませんがね」


 クスリ、とそんな小さな笑い声が聞こえて、人間達の間にあった緊張が無くなっていく。

 

 「私を恐れている人も、私を奇跡の魔物だと言う人も居ます・・・ですが、忘れないでほしい。

 私もまた心を持った一つの命です。


 私が出来ることは余りにも少ない。


 この講和は私なんかより、皆様の意思が要なのです。

 だから、皆様の力を貸して下さい。


 私の小さな望みの為に」


 カナンが頭を下げれば、一拍の沈黙。

 そして、次の瞬間には万雷の拍手が広場に巻き起こった。


 止まない拍手、それを見守っていた神々もまた小さく、けれど確かにカナンを認めた表情で拍手を送る。


 しかし、そんな中で不穏な動きをする者が七人。


 懐を探るようなそんな動きをした彼らの腕には小さな黒い欠片が握られていた。


 そして、彼らがそれを地面に叩きつけようとした瞬間。


 「見えた!『ジャジメント・ライト』!」


 アルトリウスが叫び、『カリブルヌス』を抜き放つ!

 黄金の輝きを纏った劔は光の波動を360度に向かって放った。


 その光は悪意を縛る妖精の祈り。


 純真なる人々を素通りして、7つの邪悪を光が縛り上げた。


 「なんだこれは!?」

 

 誰かが叫ぶのと同時に、民衆達が何事かと騒めく。

 

 「みんな!そこに縛られて居るのは悪意を持つ者だ!危険だから離れてほしい!」


 流石は圧倒的なカリスマを持つアルトリウスと言うべきか、混乱した民衆は直ぐに事態を把握して、広場から離れていった。


 「クソォ!なんだこれは!?聞いていないぞ!」

 「君達が誰かは知らない・・・けれど、記念すべき日を壊そうとした報いは受けてもらうよ」


 アルトリウスが聖剣を腰に収めながら、ゆっくりと近づく。

 神々はその様子を興味深げに眺めていたが、状況は急変する事になった。


 「か、かあ、ガハッ!ガアアアァァ!!!」

 「っ!?なんだ!」


 縛られたままの七人が苦しみ始めたのだ。

 アルトリウスは何もしていないし、『ジャジメント・ライト』にそんな効果も無い。

 一瞬、動揺してしまうが、すぐに危険だと判断してそのまま殺そうとする。

 だが、少しばかり遅かった。


 全身に黒い刺青のような物を走らせた七人はアルトリウスの拘束を打ち破り、ドンドンと肥大化していく。

 更に、筋肉の塊とでも言うべき姿になった彼らの懐から落ちた黒い欠片が地面にぶつかるのと同時に、21匹の化け物が生まれた。


 それらは例外なく理性を失っており、悍ましい姿をしている。


 そして、その内の1匹は聞く者に不快感を与えるような奇声を発すると、目についていたアルトリウスよりも先に、背後の市民に狙いをつけ、襲いかかった。


 だが。


 「危ないな」


 襲われた市民の前に回り込んだカナンが、蹴りを化け物の腹部に叩き込み、広場の中央へと押し戻した。

 そして、化け物が飛ばされた先に居るのは、アルトリウス。


 彼は聖剣の一振りで化け物を斬って捨てる。


 「感謝する、カナン殿」

 「それはいいが・・・この数、二人では対処しきれないぞ?」


 神々が動く様子は無い。

 たった一柱を除いて、彼らは気まぐれに人を助けるが、気まぐれに人を見捨てる。

 そして、現在その神がいない以上、助けは期待出来ない。


 「それは・・・」


 アルトリウスが困ったように、それでも何かを言おうとした瞬間、空から光の剣が降り注ぎ、化け物達の数を一気に7匹、人が変化して出来た化け物だけにした。


 「な、これは!?」

 「まさか!?」


 アルトリウスとカナンが驚き、空を見上げる。

 すると、フードを被った何者かが勢いよく空から落ちてきた。


 広場の石畳が砕け散るほどの勢いで落ちてきた謎のフードを化け物達が警戒対象として睨みつける。


 しかし、化け物達が何かをするよりも早く、更に追加で七つ、フードを被った何者かが降り立った。


 そして、7匹の化け物はそれぞれ、光の剣で切り裂かれ、魔力で象られた巨大な龍の顎門に食い千切られ、石にされて砕け散り、死の刃で貫かれ、水の檻に押し潰され、フードから覗く巨大な腕に叩き潰され、剣の一振りにて身体を切り裂かれ、この世から姿を消した。


 そして、一番最初に降りてきた何かがそのフードを脱ぎ去る。

 そこにあったのは白く、絹のように滑らかなツーサイドアップに纏められた髪の毛。

 少女のあどけなさを残した可愛らしい顔立ちをした少女であった。


 その少女は最強の一角を担う究極の一。

 『天使』の中で最強の神のみに与えられる称号、『天使長』を一度たりとも譲った事のないトップオブトップ。

 その名は『ルシファー』。


 そして、彼女は満面の笑みを浮かべる。


 「我ら『天譴騎士団ジャッジメントレギオン』!ただ今参上!皆の者、隠匿されしその素顔を今こそ曝け出すべき時なり!」


 その掛け声と同時に、彼女の背後に立つ七人がフードを脱いだ。

 

 そこに居たのは神代よりその存在を隠匿され続けてきた、神々と、この場に居るはずのない堕天使。

 彼らこそは、化け物に変えられ、6つに分けられた『伏魔殿パンデモニウム 』に封じられていた神々である。


 「あらあらまあまあ」

 「天使長!?」

 「おいおい、テューポーンまで居るじゃんかよ」

 「ガイア・・・なのか?」

 「ペルセポネちゃん!」

 「あっはっは!ネプトゥヌスかよ!」

 「軍神マルス様、お帰りなさいませ!」

 「あ!メデューサよ!お姉様!」


 フレイヤ、サンダルフォンに始まり名だたる神々が久し振りに出会った旧友達に声をかけて、歩み寄る。


 しかし、そんな中、どの神々よりも先に走り寄ってたった一人の堕天使にカナンが抱きついた。


 片や20年、もう片方は2万年もの時を超えてもなお、その存在を忘れる事は無い。

 だから、きっとこれは必然なんだろう。


 これは愛する二人が結ばれる、ただそれだけの物語だったのかもしれない。


 「お帰り、アレク」

 「ただいま、カナン」



♢☆♢☆



 「んー、失敗しちゃったけど、これはこれで面白いからいいかな。ゼウスおじさまに怒られる前に退散するとしようか」


 仮面を被り、子供のような事を呟いて眼下の光景から目を背けるのは戯神ロキ。


 自分の残った眷属をあっさりと切り捨てた彼の前に少女が現れた。


 「あら、混じっていかないの?」

 「おやおや、これはウルズちゃん。ご機嫌麗しゅう、ご飯でも奢ろうかい?」

 「結構よ、それより、貴方ともあろう神が随分とあっさり諦めるのね?貴方の悪戯、退屈を紛らわすには丁度いいから、好きだったんだけど」

 

 紅き女神は、妖艶に微笑んで遠回しにもっとやれと、ロキに言ってのけた。

 しかし、ロキはやれやれとばかりに首を振る。


 「わかってないね。撤退を見誤った道化ほどつまらないものは無いんだよ」

 「ふーん、聞かせてみなさい」

 「簡単だよ、あの『エンド』を崩すのはもったいないって話」

 「・・・そう、ならいいわ。次なる悪戯、期待してるわよ」

 「仰せのままに」


 ロキは戯神である。

 自らの快楽を追求し続ける為に、現世を謳歌する者なり。


 だから、悪にもなりうるし、善にもなりうる。


 「『伏魔殿パンデモニウム 』の時間軸をわざわざ、現世とずらしてまでこのエンドに持ってきたんだ。精々楽しんでくれよ」


 現世と『伏魔殿パンデモニウム 』の存在する空間は時間の流れ方が少しだけ違う。

 それは大したものではなかったのだが、ロキはそこに少しばかり手を加える事で『伏魔殿パンデモニウム 』側の時間の流れを加速させていた。


 ただ、こちらの方が後で面白くなると思っただけで、だ。


 「まあ、君が居てくれた方が楽しいから、そういう意味では貸し借り無しって所かな・・・今度は直接遊ぼうか、アレク」


 呟くロキは、漆黒の花を残してその場から姿を消した。








 おまけ


 これは講和の式典が始まる少し前、『伏魔殿パンデモニウム 』の存在する空間から、アレク達が脱出した後の話である。


 アレクとメデューサは、5000年を掛けて、何とか『伏魔殿パンデモニウム 』の魔力の操作をある程度可能にし、同じ空間を流れていた他の『伏魔殿パンデモニウム 』へと飛ぶ事に成功した。


 そして、そのついでとばかりにその全てに眠っていた神々を化け物から元に戻したのだ。


 そして、化け物から戻った神々も現世に戻りたいという事で、協力、アレクとメデューサだけだと、下手したら10万年くらいかかりそうだった脱出を何とか2万年で終わらせることができた。


 そして、現世へと脱出したアレク達の元に、とんでもない速度でやってきた一人の天使が居た。


 そう、ルシファーである。


 有望な天使の気配を察知した、と言ってアレクの腕を取った彼女は、その周りにかつての友神達が居たことで、ビカムハイテンション。

 折角大きな式典が行われるのだから、派手に登場してやろうと、七人に提案したのだ。


 「で、私が『天譴騎士団ジャッジメントレギオン』参上って叫ぶから、みんなはそれと同時にフードを脱ぎ去るんだよ!」

 「やだよ!何で俺がそんなダセー事しなきゃいけないんだ!」

 

 メデューサの言葉に他の神々とアレクも賛同、流石にそんな恥ずかしい事はしたくは無かった。


 ただ、抵抗する相手が悪かった。

 この2万年で神と同等の力を身につけたアレクを含めて、7神分の戦力が集まっていようが、ルシファーは一柱で20神をなぎ倒す力を持っている。


 地形が変わる程の戦闘が行われた末に、ルシファーがこれまで幾度となく夢想した夢の騎士団、『天譴騎士団ジャッジメントレギオン』が完成する事になったのである。

 

 「天譴、悪を裁くんだよ!さあ、みんな!世界の平和の為に戦おう!」


 無邪気におー!と手を天に伸ばしたルシファーこそが一番の悪であるとその場の7名は思ったが、勝てるわけが無いので、無気力に手を天に伸ばした。

いらっしゃいまほ。


最終回でございます。

こんな駄文を読んでくださった方々に感謝を、ブクマ、評価をくれた方々には私の手作り殺人料理を振る舞います(適当)


さて、賢い皆様はもうお気づきだと思いますが、タイトル詐欺、あらすじ詐欺でございます。


友人にこのタイトルでやる意味無いよね?と言われ、何も言い返せなかったので、お詫びに死にます(嘘)


さて、こんな話ですが読めばわかる通りまだ終わっていません!


え?こんなクソ文章は二度と見ない?


そんな事を言わずに新作を書いたら読んでください。

新作では、同じ世界線の話を主人公は別にして書きます。当然、今作の主人公やヒロインも出しますし、ばら撒いた挙句に全く回収する気の無かった伏線や、広げまくった風呂敷を畳みます。


てなわけで、それを出したら読んで頂けたら嬉しいです。

では、またお会い出来たら〜

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